表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/62

〈六話〉次の処置への話し合い(一)

ブックマーク・感想・評価は執筆の励みになります。





「接触したSSTが何等かのウィルスや細菌に感染している可能性が高い、そのため安全が確認できるまで外部と隔離するのが適切だと考えます。同時に船内にあった新大陸の生命体の()()数体はサンプルとして密閉処理後、本土にある研究所に搬入するべきだと私は考えます」


 一清は淡々と話すが指令室にいる彼以外の人間は言葉を発さずに、先程までSSTから送られてきた映像が流れていたモニターから顔を背けている。もちろん隊員の見た大量の死体の映像も流れた。余りにも(むご)い死体の様子に吐く人間こそいなかったが、顔を背けている人間の背中を叩けば今にでも吐き出しそうだ。


 映像を最後まで直視した人間も顔が苦しそうだ。一清はというと眉一つ動かさず映像を最後まで見ていた。そして船が確保したという報告があってすぐに古賀に断りを入れ指令室から出て行った。そして戻って来て冷静にこれからの行動を提案していた。

 

「接触した隊員を隔離するのと死体を調査するのも分かります、ですが本土に入れるのは危険では?」


 せっかく水際で抑えたというのにわざわざ危険を招き入れるのか? 古賀ははひどく疲れた顔で提案にそう疑問を呈した。


「リスクは確かにあります、ですが新大陸に存在する生物の情報を収集出来るまたとないチャンスです」


「具体的にはどこの研究所に運び込むつもりですか?」

 

 真っ赤なスーツを着た女性、奥村(おくむら)佐紀(さき)内閣官房長官が質問する。佐紀はスタイルも顔も良く「政界の美女」とマスコミから呼ばれている。それもそのはず佐紀は政治家になる前は世界で活躍していた一流モデルをしていたのだから。

 

 モデルから政治家に転身という日本の政治家では異色すぎる経歴の持ち主のため、最初こそマスコミや国民の中年層からは人気取りの政治家と言われた。だが批判とは真逆に先はすぐにその頭角を現し、女性を中心に多くの指示を受けており初の女性総理大臣という呼声も高い。


「搬入先は筑波にある国立感染症研究所です。安全と調査の両面を考えればもっとも適切かと」

 

 国立感染症研究所とは国立研究開発法人理化学研究所(理研)が持っている研究施設の一つで、日本では二つしかないBSL-4を持つ施設でもある。BSLはバイオセーフティーレベルの略で、これは病原体や微生物などの危険性や管理方法の分類を表したものだ。


 レベル1 (病気を)発症する可能性が低い微生物。

 レベル2 発症するが予防や治療法があるもの。

 レベル3 発症させ生死に関わるが、友好な治療・予防法がある。 

 レベル4 生死に関わる病気を発症させ、容易に直接・間接感染を引き起こす。また有効な治療・予防法が確立されていない。毒性や致死性・感染性が極めて高いものをさす。


 レベル1~3は風邪や病院に行けば治療できる病気だだがレベル4は入院して治療、という次元の話ではない。直ちに感染者と接触者を隔離しなければいけない。さらには国ぐるみでの対策が必要とされる。レベル4に指定されてる中でも有名なのはエボラ出血熱や天然痘などだ。

 

 BSL-4を持っている国は二一か国しか保有しておらず、特に米英は多数を保有している。これは九七年に化学兵器禁止条約が発効されるまで、生物・化学兵器(BC兵器)を無数の国家が大量に保有していた名残だ。BC兵器は核兵器と違い誰でも容易に入手でき生産が可能だ、そして威力や生産コストも安く極めてコストパフォーマンスに優れている。


 だが兵器としては欠点が多い。


 まず生物兵器を戦場に投入す場合、戦場だけはなく広範囲に広がる危険性が伴う。そのため強力な生物兵器を投入する際は兵士や自国民に抗体などのワクチンを打たなければならない。さもないと自らが滅んでしまうからだ。なので生物兵器はワクチンがあって初めて兵器として成り立つ。そして矛盾するようだが致死性が高すぎてもまたダメなのだ。


 高すぎると感染範囲が広がらずに小規模で終わってしまう。そして最も生物の厄介なところは「生物」という所だ。ちょっとしたきっかけで変異する可能性が極めて高い。変異した伝染病には従来のワクチンでは効果がない。

 

 化学兵器にしても使用する際は風向きを間違えば、自軍に向かってきて自軍に被害がでる。ベトナム戦争でベトコンが潜んでいる森を消すためにヘリや飛行機から散布した。厄介な森は消えたが枯葉剤という有毒な化学物質は自然破壊にと止まらず戦後、両者共に後遺症を残した。

 

 余談だがナチスがユダヤ人を効率よく殺害するためアウシュビッツ収容所でユダヤ人を殺すのに毒ガスが使われた、とよく言われるが実際使われたのは元々は農薬に開発されたツィクロンBだ。ヒトラーはユダヤ人虐殺はおろか戦場へのBC兵器の投入を固く禁じていた。これは自身が第一次大戦時に一般兵として参加していた際、その身を持って恐ろしさを体験したからだ。むしろ苦境に立たされていたイギリスの方がBC兵器の使用を考えていた。


 どちらにしろBC兵器は不安定な要素が多い。故に第一次世界大戦以降、表立って実戦投入されることがなかった。特に第一次世界大戦に参加した欧州各国は、BC兵器に対して日本人の核兵器アレルギー以上の嫌悪を持っている。だがその反面実戦にこそ使わなかったが第一次世界大戦以降、全ての国は密かにBC兵器を研究・開発・製造をしていた。

 

 話を戻すが、人間の手によって製造・改良されたBC兵器ならまだ対策手段がある。だが地球外の病原体ならその生態系や威力は未知数だ。感染源ホストや感染速度、症状、死亡時間。全てが未知の世界だ。


「海上での調査はムリなのですか?」


「可能ですが限界があります。時間が長くなる程我が国への新大陸からの脅威は高まります」


「どういう意味ですか?」


「十分前、情報分析室からの報告で新大陸の日本海に面している沿岸部全域で大量の死者が出ていると報告を受けました」


 その言葉に古賀は首を傾げた。国民に発表した通り新大陸の沿岸部では戦争が起こっている、故に死者など出るのは当たり前だ。


「戦争で死者は付き物でしょう?」

 

「ええ、ですが報告では戦争による死者ではなく、伝染病によるものだと推測しています」


「伝染病・・・・」


「こちらがそう判断した衛星画像です」


 一清長官は手元のタブレット端末を操作し、先程まで巡視船やP-1から送られてきた映像が消え代わりに静止画が表示される。映し出された画像には茅葺(かやぶき)屋根の建物が数十ある、おそらくは村なのだろう。


 だが問題は村の中心部にある広場らしき場所だ。かつては何かしらの行事をしたり、くつろぎの場所だったのだろう、だが今は大量の死体が山積みにされゴミのように燃やされ黒煙が立ち上っている。


 その周りにはクー・クラックス・クラン(KKK)を連想させるような全身白装束姿の人型が手に松明を持ちに立っている。白装束姿の人型がやったのは明らかだ。そして次に映し出された画像は同じ村だが、今度は村全体に火が放たれ燃やされている。


「この村以外にも今確認しただけで二〇以上の村が同様の状態です。そしてこちらがこの国の首都と考えている都市の画像です」

 

 モニターに石造りの円状に堀があり中には水が貯められている。そして高い城壁に囲われた城が映る、城と言っても日本のものではなく西洋風だ。城壁と城は白に統一されており洗練されたデザインなのが上からでも良くわかる。そして城の周りには建物が立ち並んでいる城下町というやつだろうか? 先程の村の惨状とは打って変わり平和そのものだ。

 

「別段変なところはないようですが?」

 

「これは()()()()に撮影したもので、こちらが最新の画像です」


 洗練された城と城下町から一転し、城の棟は崩れ去り至る所が炎上しており、城門近くには鎧や普通の服を着た死体が辺り一面に転がっている。城下町も同様に通りには死体や様々なものが転がっている。

 

 殆どの建物が炎上したのだろう火は見えず白い煙が城下町を覆っている。まるで七年前に日本中で起こった暴動の再現を見ているかのようだ。最も日本の地方都市よりも小さな都市だが。余りの変わりように呆然と眺めている大臣たちを横目に話を続ける。


「当初こそ戦争が発生していました。ですが、二か月頃からおかしな動きをするようになりました。西沿岸部の住人は内陸部へ移動を開始しました」

 

 新たな画像には人型の生物が列をなしてどこかへ移動しているものだ。どこかへ逃げる難民のようにも見え再び別の画像へ変わる。今度の画像は鎧を着た軍隊? が横に広がり難民と思われる集団をせき止めている。軍隊の姿は鎧姿が多いが最初に見た白装束姿も見える。さらに次の画像では軍隊が難民に向けて剣や弓矢で攻撃している、武器を持たない難民は次々に殺され死体の山が築かれている。


「これは国境線だと思われる地点の画像です、恐らく自国への伝染病侵入を止めるため国境を封鎖したものかと。先程の城も軍隊で攻撃されたのではなく、暴徒によるものだと思われます。この都市の陥落以降、沿岸部全域では治安が悪化しており、西沿岸は無政府状態だと分析局は考えています」


 報告が終わるのと同時に数人の出席者がその場に嘔吐した。スライドされた画像の半分は嘔吐するだけで十分なものだった。SSTから送られてきた映像ではまだ我慢出来ていたがついに我慢出来なかったのだろう。


「・・・画像を消してください。話はそれからです」


「ああ、失礼」

 

 苦い顔をした佐紀官房長の言葉に一清長官はタブレットを操作し元の映像に戻した。出席者は総じて画面から顔をそらしていたからだ。

 

「今ご覧いただいたのは()()()()()で伝染病だと判断するには十分な分析結果が出ています」


「そんな報告は今初めて聞きました。いつから分かっていたのですか」


「確信したのはあの船の惨状を見てからで、それまでは疑念に過ぎなかったからです。ともかく、少なくともあと数回は今回と同じように伝染病を運んでくる船が漂流してくる可能性が高いかと」


 佐紀官房長の皮肉めいた質問に無表情で答える。

 

「とにかく十分程休憩にしましょう・・・ここの掃除も兼ねて」古賀は自分も含めた人間の気持ちを落ち着かせるのと、部屋に広がる酸の臭いを消すためにそう提案した。


小修正 9/30 11/28 2/24

中修正 11/15 1/1 2/3 2/17 3/14 3/22 5/1 5/7 6/29

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ