〈五話〉常に備えよ
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※今話は人により不快感を持つ文章が含まれます※
巡視船から通報があってすぐに一清長官はSSTの出動要請を出し、海保もこれを承諾しSSTを出動させた。船のハイジャックや海上でのテロなどの凶悪犯罪を対処するため創設された関西国際空港海上警備隊が前身で、九二年のフランスから日本へプルトニウム輸送の警備強化に伴いSSTに再編された。
その際に装備の更新と特殊部隊としての能力向上のため米海軍特殊部隊Navy SEALsから訓練を受けており、再編後は数々の実戦を経験しており新大陸に向かおうとした冒険家たちの船を制圧するために何度も出動した。船舶での戦闘においては他に追随を許さないプロフェッショナル集団だ。
SSTを乗せた海保所属である白地に水色のラインが入った新型輸送ヘリのUH-2二機のパイロットは目標である不審船を目視する。『前方に目標を視認』。
「現高度を維持しつつ、一旦(不審船の)上空を通過してくれ」
『了解』
言葉通りに二機は高速で不審船の上空を通り過ぎた。通り過ぎる瞬間、チーム1の隊長はどうやって侵入するかを考えた。訓練や実戦で大小さまざまな船に突入してきたが、当然ながら今は廃れて等しい帆船は一回もない。
「ヘリで降りるのはマストが邪魔してムリだな」
「どうしますか?」
「巡視船に降下してボートで乗り込むぞ。パイロット、巡視船の後部に着けてくれ」
『了解』
ヘリは不審船の風上を航行している巡視船の後部に移動しホバリングすると両扉がスライドし、中から手と足だけで手慣れた様子で二人ずつ降下する。普段ならバラクラバで顔を隠し紺色のアサルトスーツに様々な装備を付けている。だが今回は未知の生命体と接触するのを考慮して、ウィルスや細菌の感染を警戒してガスマスクと、かなり目立つ黄色い防護服の上から装備を付けている。
もっとも防護服は薄いため、いざ戦闘になれば破ける可能性は高いので気休め程度だが。動きづらいはずなのにも関わらずチーム1はラぺリング素早く降下した。UH-2はすぐさま移動したかと思ったら、もう一機が同じようにホバリングすると同じ装備をしたチーム2が降下してきた。
殆どの出動は単独だが今回は不測の事態に備え突入するチーム1と、バクックアップのチーム2の二チーム(十六名)で行う。またUH-2には一人ずつ残り、銃床が古めかしく木製で、スコープの付いた六四式七・六二mm狙撃銃で重空から援護する。巡視船に降りたった十四名のSSTは前もって乗員によって用意されていた複合型ゴムボート二艇に乗り込む前に任務の再確認をする。
「チーム1は左舷、チーム2は右舷から突入する。質問は」
「交戦規程は?」
「いつも通りだ。敵対行動を取った場合、即射殺。他にはないか? ・・・・では行くぞ」
二艇の複合型ゴムボートに七名に別れ乗り込み全員が姿勢を低くし、不審船に銃口を向けながら出発する。さながら飛魚のように、時たま小さな波に乗り上げジャンプしながらボートは全速力で不審船へ接近する。ちなみに操縦しているのは巡視船に乗船している武装して臨検などを行う特別警備隊の隊員だ。
上手く不審船の左舷に取り付いた、チーム1の隊長がウォーキートーキーのボタンを数回クリック。すぐに反対のチーム2から、取りついたとの合図であるクリック音が帰ってきた。確認同時に一人の隊員が金属製の縄梯子を投げ手すりに引っ掛かった。不安定な縄梯子をできるだけ早く一人ずつよじ登る。
最初に甲板へ上り切った隊員が素早く腰のホルスターからP228拳銃を抜いて警戒する。すでに薬室には弾は入っており安全装置は外れている。数秒遅れで二人目の隊員が上がり八九式五・五六mm小銃を構える。同じように反対側でチーム2が次々と上がって来ているのが見える。
無事に全員が上り終えると、縦一列になって油断なく進む。報告通り甲板には誰もいない、一通り確認したが生物は皆無。後部の高い位置には海賊映画に出てきそうな大きな操舵があるが、主人のいない舵は小さく左右に動いているだけだ。無線を通じて「甲板オールクリア」と伝える。
「やはり下ですかね」
「階段の入り口は一つしかありません。中央にある荷物搬入用と思われる入口ですが、板でふさがれています」
「そこから下へエントリー」
「了解」
チーム2は甲板に待機。ふさがれた搬入口を見張り、チーム1は後方にある内部へ通じるであろう入口まで来た。扉も例に漏れず船体同様に古臭い木製だ。扉両脇の壁分かれてに張り付く。先頭の一人がノブに静かに手をかけ開く有無を調べるが案の定、鍵がかかっておりノブは完全には回らない。
先頭にいた隊長がハンドシグナルで一番端にいた隊員を呼ぶ。隊員の手には接近戦では最高火力を誇る散弾銃のレミントンM870を携えていた。ドアから少し斜めに陣取ると上の蝶番に銃口を向けた。そして発砲、外しようのない距離で発射された十数粒の鉛玉が、蝶番を吹き飛ばしボロボロにする。素早くフォアエンドをスライド、次弾を装填し下の蝶番を撃つ。
仕上げのノブに狙いを付け吹き飛ばした。三つの支えを無くした扉をレミントンを持った隊員が力強く奥へ蹴り飛ばす。扉が倒れたのと同時に、入口の両側にいた二人が安全ピンが外した音響閃光弾を投げ込む。非殺傷兵器の一種で突入作戦時に、爆発時に爆音と閃光により対象が怯んでいるスキに突入する際に用いられる。
爆竹とは桁違いの音を合図に一斉に船内にエントリー。ハンドガード取り付けられているライトが暗い室内を照らす。フラッシュバンが爆発したせいで少し煙が立ち込めている。
展開しながら敵がいないかをクリアリングを行う。しばらくして「クリア」と各員から声があがり、隊長が「オールクリア」銃を低く構える。窓は内側から板で塞がれているが、小さな光の線が隙間から射しこみ暗い室内を照らしている。長く人の出入りがなかったのだろう突入の影響で埃が舞い光に照らされキラキラ反射している。隊員の一人が下に続く階段を発見し知らせてきた。下に続く入口を警戒しながら部屋の中を一通り確認する。
煙が晴れていくと、下へ続く階段が見える。人ひとり通れる程の階段だ。先程のように警戒しいつでも撃てるように銃口を低く構えつつ壁際に移動する。一人がポーチから棒状のケミカルライトを手に取りパキッと折り曲げる。シュウ酸ジフェニルと過酸化水素が混ざりボンヤリした緑色に発光し始め、いくつか付けると足元に落とす。階段下へと投げが反応はない。
緑色にピンクやオレンジに水色とネオン街のように照らされた階段を降りて行く。木材が軋む音、防護服の擦れ合う音、波に揺られ何かが揺れる音だけが支配している。だがチームの隊員たちの耳には、自分の出す荒い息使いしか聞こえていない。階段下には赤色に薄く照らされた扉があった。
上と同じ要領で先頭の一人がゆっくりとノブを回す。すると先程とは違い拍子抜けするほど簡単に回った。再びスタングレネードを用意、素早くドアを小さく開け二つ投げ入れ閉める。くぐもった爆発音を確認して勢いよくエントリー。その瞬間、開口一番に入った隊員の顔に無数の黒い粒が襲い掛かった。
「ッ!?」
反射的に引金を引きそうになったが、すぐに正体を把握した。無数の黒い粒の正体は尋常じゃない量のハエだった。鬱陶しそうに追い払うように左手を動かしながら広がる。部屋というよ甲板同様に広々とした空間で倉庫のようだ。少し進んだ先にスポットライトのように床が一点だけ照らされている。
なぜか足元には白い棒が大量に散乱している。そして中央に近づいたところで、何かがもぞもぞと動いていた。ライトで照らすと動いているのは先程驚かさせたハエになる前、蛆虫が大量にいた。そして蛆虫の下に見えた“それ”を見た隊員はその瞬間、顔を背け”それ”避けながら暗い空間にを進む。
少しして一人が再びケミカルライトを付け、周囲に投げると赤い光が暗闇を照らす。同時にいくつかの”それ”が隊員たちの目にハッキリと姿を現した。ハエは蛋白源を求めあらゆる物に集り(たかり)卵を産む。卵から生まれた幼虫が種床である蛋白源から栄養を取り成長する。そしてハエへと成長する。
このサイクルを繰り返せば一匹だけだったとしても、適切な処理をしなければ栄養源がある限り無限に生まれるだろう。では部屋いっぱいにいるハエは何を栄養源にして生まれ育ったのか? 少し考えればすぐに答えは簡単だ。同時にそこら中に落ちている白い棒の正体が分かった、骨だと。
一時間後、不審船の上から下まで隅々を捜索し船を完全に掌握した。動力源であるボロボロの帆はすでにチーム2がナイフで切り落とし、動力源を失った船は少し経ってから完全に停船した。動かなくなった船の周りには遅れてやって来た巡視船が数隻集まっており、上空にはRQ-5AやUH-2が旋回している。チーム1の隊長は今すぐにマスクを取って新鮮な空気を明一杯吸いたい衝動駆られた。
だがそれが叶うのはいつになるかわからないことも理解していた。専門の機材を積んだ船が到着するまでこの船に留まらないといけない、護服と防毒マスクをしても何らかの病気や菌に感染していないとは言い切れないからだ。
孤独だった日本人は七年目にして自分たち以外の生物と対面した。生者とではなく死者たちと。
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