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斯波武衛家顛末記  作者: 神山
元亀2年(1571年)
29/53

斯波武衛「にじょ~ん!」畠山播磨守「武衛殿、いくらなんでもその奇っ怪なる手の動きの説明もなしでは無理があります」


 元亀2年(1571年)。この年に東西の両巨星が落ちた。


 西国では大内と尼子を喰らい、安芸に数多ひしめく国人のひとつでしかなかった毛利を十数カ国の太守にまで成長させた毛利陸奥守(元就)。東国では後北条氏の3代目にして両上杉を滅ぼし、古河公方を傀儡として関東に覇を唱えた北条左京大夫(氏康)である。


 両者は実権を握り続けていたとは言え、既に第一線を退いている。死去したからといって、それぞれの家に何か大きな騒動が起きるということはなかった。


 しかしこの二人の存在感の大きさは死しても、いや死したからこそ、今に生きる者に影響を与えざるを得なかったともいえる。


 それを思い知らされたのが織田弾正大弼であり、徳川三河守であった。



 さて同年正月の二条城は、まさに室町幕府の再興を天下に広く知らしめるものであった。


 久しぶりの安定政権として成立してから今年で3年目。朝倉征伐の失敗で危うくなるかと思われたものの、勅命講和で危機をなんとか凌ぎ切った。荷留め(経済封鎖)により一時的な景気後退に襲われたものの、都から畿内、そして全国各地へつながる物流や水運は全体としては大きく改善され、空前の好景気が訪れようとしている。


 そのおこぼれに与ろうと全国各地から当主や代理の使者が二条城に押し寄せたのだ。将軍にとってはまさに我が世の春であるといってもよいだろう。


「地方から銭で物資を吸い上げて、飢餓と貧乏を輸出しているに過ぎんのだがな」

「これは手厳しい。しかし中央に服属すれば、この流れに組み込まれますので問題ありませぬ」

「銭金で天下を統一するときたか。足利の大樹と織田は本当の馬鹿者よの」


 正月の石山本願寺で、御屠蘇の残りを啜っていた太閤の近衛前久は、唐突に訪問してきた斯波武衛に呆れたように尋ねた。


「ところで武衛よ。こんなところで何をしておる」


 石山本願寺があるのは摂津東成郡。先の野田・福島の合戦場は目と鼻の先、そして幕府と反幕府勢力が未だに軍事衝突を続けている紛争の最前線地帯である。


 そこを片手で数えられるお供と共に抜けてやってきたのだというのだから、呆れるしかない、


「何、私は今は謹慎中ということになっておりますので。居なくなろうと誰も気にもしません。置き手紙も残してきましたし」

「……貴様の事だ。どうせ本願寺に遊びにいくとでも書いてあるのだろう」

「ほう!何故わかったのです?」


 頭痛をこらえるかのように、右のこめかみを右手人差し指で抑える近衛太閤。その様を愉快そうに見物しつつ、勝手に御屠蘇を手酌で自らの杯に注ぎながら、武衛は前置きをせずに切り出した。


「ひとつ太閤殿下の御意見を伺いたいと思いまして」

「ほう、今をときめく斯波武衛家の当主が、私に聞きたいことがあると?」

「その通り」


 自分の嫡男と大して年齢の変わらない太閤からの嫌味を、武衛は受け流した。


「実は上様から正月の一連の行事が終わったあと、慰労したいということで招待をうけておりましてな」

「結構なことではないか」

「それが結構なことかどうか。畠山播磨守(高政)殿と一緒なのです……どう思われます?」


 近衛の顔を覗き込むように顔を寄せる武衛に、太閤は「さてな」と首をひねった。


「普通に考えれば、空席となっている管領人事であろう。播磨守殿を後任としたいので、前任者たる武衛殿の内諾を得たいという根回しと考えるのが自然ではないか」

「この1年近く空席でしたのに?それを今更……」

「それはそうだな。いくら播磨守が側近とはいえ」


 特別意見にこだわりがあったわけではないので、近衛は武衛の指摘に頷く。


 畠山播磨守(高政)。大永7年(1527年)生まれなので、今年44歳となる畠山尾州家の前当主である。


 3管領のひとつ畠山尾州家は、応仁の乱で東軍に属した畠山はたけやま政長まさながの流れを汲むが、領国が紀伊や河内という国人勢力が強いことや同族との抗争で、家運は傾きつつあった。播磨守自身も家督を相続した直後から細川・三好の権力闘争や近江の六角、そして守護代の遊佐氏からの下克上の脅威にさらされ続けた。


 そうした中でも彼は厄介者揃いの紀伊の国人や守護代を統制することに一定の成果を上げ、対外的には六角家と同盟を結んで三好長慶を一時京から追放。久米田の合戦で三好実休を討ち取るなど、三好家と一進一退の攻防を続けながら、守護家の権威を回復させた。


 永禄の変(1565)により13代将軍が暗殺されると、播磨守はいち早く義昭擁立に賛同。家督を弟の次郎四郎に譲り、自らは単身で義昭の下にはせ参じた。こうした政治的な博打にも思える行動と引き換えに、義昭からは厚い信頼を寄せられている。


 当然ながら義昭政権発足後は、彼が管領に就任するものと誰もが認識していた。


 しかし実際に管領に就任したのは、斯波武衛家の当主であった。この人事は将軍義昭が上洛軍の中心となった織田家に対する配慮を天下に知らしめるためのものであった。


 義昭(義秋)は播磨守の弟である四郎次郎に偏諱を与えて「畠山はたけやま秋高あきたか」と名乗らせ、河内半国と紀伊守護に任命した。それでも斯波一族の『優遇』に比べると見劣りしていた。


 しかし播磨守はこれという不満を表立って言うこともなく、幕府への変わらぬ忠誠を尽くしている。その点に関して言えば、近頃の幕臣には珍しい人格者であると近衛も評価していた。


「和解の場所を設けたいというわけでもなかろうしな」

「そもそも喧嘩などしておりません」

「武衛殿がどう思っているのかは知らぬが、相手がそう思ってくれるかとはまた別の話だ。足利の大樹が私を裏切り者と思っておるようにの」


 ふほほほっと、近衛太閤は奇妙な笑い声を上げた。


 年が明けても、相変わらずこの元の藤氏長者が京の政界に復帰するめどは立っていない。本願寺の居候として法主顕如の長男である教如きょうにょを猶子(家督相続権のない養子)にして箔付けに協力するほかは、これという政治行動を起こせていなかった。


「まぁ。深く考えぬことじゃの。命まではとられまいて。この情勢下で武衛殿の命をとるほど、先が見えぬ大樹でも播磨守でもなかろう。タダ飯を食べるいい機会だと思えばよいのだ……それにしても、こんなところにまで態々私の見解を聞きにくるとはな。」


 今度は近衛が顔を寄せた。


「そんなに大樹が恐ろしいかね?」

「怖いですな」


 武衛は即得したが、直ぐに自らその発言を修正した。


「……いや、上様が怖いというと語弊があります。おそらく私は足利の血が恐ろしいのでしょう。そして私自身に流れる武衛の血が」


 足利あっての斯波武衛、斯波武衛あっての足利。60近くになる老人の紛れもない真情の吐露を、太閤は黙って聞き入った。


 こればかりは織田弾正大弼には理解出来ない感覚だろう。何世代にもわたって権力闘争と忠誠と和解を繰り返してきた主従関係というものは、身内たる摂家の間で何百年と政争と和解を繰り返してきた自分だからこそ理解出来るのかもしれない。


「普段の私であれば好き勝手に振舞えるでしょう。しかし自らの中の血が勝った場合、私が何をどう判断するのか。正直、私ですら想像出来ないのです。応仁の乱以降、京を離れて尾張の主で満足していた我が家に、足利大樹とどう向き合えばいいのか。どのように将軍と接すればいいのか。そんなことすら伝わってはいません」


 斯波武衛の話を聞きながら、近衛は内心「妙なことで悩むものだ」と呟いていた。


 利害が一致すれば組めばいい、しないのなら戦えばいい。単純な話なのに何を悩んでいるのか。摂家の場合は自分の代で勝てなくでも子供の代、もしくは孫の代にでも勝てるようにすればよいものを……


 ……あぁ、そういうことか。


「そういえば武衛殿は武家でしたな」

「は?」


 「何をいまさら」という表情を浮かべる武衛に、近衛は笑いながら右手を胸の前で振る。


 そういえば目の前の老人は公家ではなく武士なのである。戦場において「次に勝てばいい」などと悠長なことを考えていれば命を落とすだけ。上杉不識庵に従い関東における戦でそれを学んだはずなのに、すっかり忘れていたようだ。


「いかぬな、私も感覚が鈍ってきたようだ」

「はぁ」


 訝しげに首を傾げる老人に、近衛は「少し待て」といい席を立つ。そして戻ってきた彼の手には文箱が握られていた。


「せっかく来たのだ。手ぶらで帰るのもなんだろう。ひとつ頼みがある……これをある人に渡してもらいたい。ただし直にではなく、武衛殿が考える最善の機会に」

「それは……別にかまいませぬが。一体これは何なのです?」


 当然の疑問を口にする武衛に、近衛は首を横に振った。


「今は知らぬほうがいいし、知る必要もないだろう。但し遅くてもいかぬし、早くても意味がない。それだけは言っておこう。無論、断ってもらっても私としては一向に構わない」


 「さてどうする?」と近衛が笑うと、斯波武衛はしばらく黙り込んだ後に文箱を両手で押戴く様にして受け取り、相手の名前を尋ねた。


「これは何方に?」

「あぁ、それは-



 京を追放された近衛前久卿は、丹波の豪族である赤井悪右衛門こと義弟の直正の黒井城と、石山本願寺を往復する生活を送っています。この間の彼の政治的な動向はよくわからないというのが実情ですね。京に前久卿の政治的な協力者がいたという説もありますが… - 近衛公爵家の公式文書編纂における研究者の発言より -



 話題はちょうど二条城で鉢合わせとなった大和における因縁同士の関係性へと移っていた。


「松永霜台は言うまでもないが、筒井の若造もどうして。中々、苦労してきたようではないか」

「さすがに感情は隠しきれていないようではありましたが」

「今はそれでよかろうて。応仁の乱の際に京に真っ先に火を放った筒井の一族とはいえ、少なくとも今の当主が殿中でいきなり切りあいを始めるほど短絡的でないことがわかればそれでよい。むしろ切りかかってくれたほうが色々と片が付いたやも知れぬが」


 征夷大将軍の足利義昭は、黒目の大きな目だけを動かして、斯波武衛に視線をやった。


 武衛が58歳、義昭は34歳、そして畠山播磨守は44歳。一世代が10年とすると、ちょうど3世代が、この二条城奥御殿の茶室に揃ったことになる。


 将軍が武野たけの紹鴎じょうおうの息子である堺の宗瓦そうがと親しいと武衛は聞いていたが、今回の趣向は紹鴎流のわび茶ではなく、8代将軍流の書院茶の湯形式であった。


 とはいえ拵えが妙といえば妙であった。


 そもそも書院茶の湯は、わび茶のような遊びの要素はない。宋や明の骨董を鑑賞し、各々がそこから大陸文化を根底とした幽玄の世界に遊ぶことを目的としている。いわば骨董品の鑑賞会である。


 ところが茶室の違い棚にはそれらしい壺も花瓶も見当たらない。それどころか掛け軸ですらかかっていなかった。


 その中で床の間に飾られた一振りの太刀だけが異彩を放っている。


 それも横向きの刀掛けではなく、縦掛けの太刀掛けなのも妙だった。畠山播磨守も武衛と同じことを考えていたらしく、義昭との会話の相槌にもどうにも落ち着きが感じられない。


 義昭は自分の悪戯が見事に成功した子供のような表情を浮かべると、種明かしを始めた。


「あれが気になるかね」

「ならないといえば嘘になりますな」


 太刀に視線をやる将軍に播磨守は正直に答え、武衛は黙って茶碗に口をつけた。


「あれは三日月みかづき宗近むねちかだ」


 その言葉に「ぶふぇふ!」と武衛が噴出して咳き込んだ。


 咳き込んで上半身を丸める武衛の背中をさすってやりながら、播磨守の視線は刀に釘付けとなっていた。


「あの三日月宗近ですか?一条の帝の時代にいたという伝説の刀工、三条さんじょう宗近むねちかが拵えたという、あの……」

「それ以外に三日月宗近があるとでも言うのか?」

「いや、それはないでしょうが」


 刃文はもんに三日月の模様が見られることからその名で呼ばれたというこの名刀は、平安時代に日本刀の形式が成立した頃に作られたとされている。刀身は細身で反りが大きいのにもかかわらず、鍔元の幅が広い。そして切先の幅が狭いために、造形的にもすばらしいとされる伝説の名刀だ。


 ほとんど誰も現物を見たことがないにも関わらず、武士であればその素晴らしさを語れるという代物である。


 そんな所在不明であった伝説の名刀が無造作に立掛けられていることに、播磨守のみならず武衛ですら仰天した。その反応が面白かったのか、義昭は「くっくっく」と喉を鳴らした。


「永禄の変の際、兄上……いや光源院(足利義輝)様は、九字兼定くじかねさだや、鬼丸國綱おにまるくにつななど足利伝来の刀を畳に突き刺し、松永や三好の兵を切り倒したという。あれもその中の一本だといわれている」

「そうでしたか」


 かろうじてそう返した斯波武衛に、義昭は先ほど自分が話した刀の由来に疑問を呈した。


「とはいえ乱戦の中で光源院様がどこまで奮闘できたものか。調べさせてみたが、あの刀はしばらく使われた形跡はないそうだ」

「そうでしたか。それは良かったのか、悪かったのか」

「刀は本来、人を切るための道具に過ぎんが、機能美の素晴らしさを突き詰めれば、芸術となるらしい。下手な今様の茶器などを飾るよりは、よほど武家の茶らしいとは思わぬか?」


 いまだにあっけに取られたままの播磨守に、義昭は青磁の茶碗に注いだ茶を滑らせるようにして渡した。その所作は如何にも様になっていた。


「げふっつ……失礼し、しました」

「ふふふ、三好の軍勢に本圀寺を包囲されても動揺しなかった武衛のそのような顔を見れただけでも、招いた甲斐があったというものよ」

「上様もお人が悪い」

「なに、人が悪くなければ、将軍など務まらぬでな」


 そういうと義昭は播磨守に視線を向けた。


「一乗院を訪ねて来た播磨が『将軍になれ』と言った時は、一体何を言っているのかと思ったものだ。おまけに既に守護を辞めてきたというのだからな」


 これには播磨守は困ったように首筋を掻く。


「光源院様に仕えていた奉行衆も、相次いで次々とやってきてな。これでは隠れていられないと近江まで逃げ出したのだ。その後は私の不徳で3年ほど苦労をかけたが、ようやく今日に至った」

「上様、決して上様が悪いわけでは……」

「よいのだ播磨。足利に力がないゆえに起きた事態なのだからな。だからこそ、そんな私を守り立ててくれたものには何か応えてやりたいのも事実。力がない将軍でも、いや力のない将軍だからこそだな。苦しい時に駆けつけてくれた者に報いてやらねば、将軍以前に人としてどうであろうか……例えそれが、実情人事と批判されようともな」


 畠山播磨守と斯波武衛は、大樹が何を言いたいのかを察した。察したがゆえに何も言わずに次の言葉を待った。


 彼らが何も言わないのを見て、義昭は小さく息を吐くと、自ら話し始めた。


「摂津掃部頭(晴門)が、辞意を申し出てきた」


 武衛と播磨守は「やはり」といった表情を浮かべた。


 就任当初から体調不良が囁かれていた政所執事は、最近では布団から体を起こすことすら困難な症状だという。それでも枕元に書状を持ってこさせ、震える手で筆を持ちながら決済を続けていたということだ。武衛のみならず、摂津の行政手腕を不安視する者ですら、彼の職務に対する責任感だけは認めざるを得なかった。


 しかし最早、それすら出来なくなりつつあるらしい。


「それで後任だが」


 義昭のその言葉に、畠山播磨はピクリと左眉だけを動かし、武衛は手にした茶碗の中に視線を落とした。


「伊勢熊次郎(貞興さだおき)の継承を認めようと思う」

「……は?」


 将軍就任以来、頑なに就任を拒否していた伊勢氏の相続をあっさりと認めたことに、畠山播磨守は再度あっけにとられた。


 13代将軍が三好氏との関係を理由に京の行政に深く関わる伊勢氏を追放したことで、都の行政は混乱した。義昭は摂津の政所執事の復帰にこだわり、行政の正常化のため伊勢氏の復帰を求める各所からの意見を受け入れようとしなかった。それが一体、どういう心境の変化なのか。


 元々は13代将軍と政所執事の伊勢氏が対立し、前者が後者を追放して新たに執事としたのが摂津掃部頭。そして13代将軍を殺した三好政権のもとで再度復帰したのが伊勢いせ貞為さだため-今は空斎と名乗る熊次郎の兄である。


 空斎も熊次郎も共に10になるかならぬかという少年だが、当主の年齢が問題ではない。幕政運営に伊勢一族とその郎党の協力が得られるかどうかという点が問題であり、現に伊勢一族の協力を得られていない摂津掃部頭の政所は機能不全を起こしつつある。


「摂津はこれ以上自分のためにまつりごとが停滞するのは忍びないと申し出てきた。このまま混乱が続くことは糸千代丸(晴門の嫡子で永禄の変で討死)の真意にも沿わぬとな……本来は私が言わねばならぬことを、掃部頭に言わせてしもうた」


 義昭はそう言うと顔を伏せた。


 武衛が何も応えないので、播磨守が疑問を指摘した。


「しかし上様。熊次郎殿はまだ幼少。代行を置かぬことには」

「わかっておる。私としても10歳にも満たぬ熊次郎に政所執事が務まるとは考えてはいない」

「政所代の蜷川(親長)を土佐から呼び戻されますか」


 政所執事次席の蜷川氏は、13代将軍暗殺後に縁故を頼って土佐の長曾我部氏に仕えていた。畠山播磨の言う通り、本来であれば蜷川氏を呼び戻すべきなのだろうが、義昭は「それでは間に合わない」と否定した。


「私にも責任の一端はあるが、幕府政所の一刻も早い正常化は焦眉の急である。蜷川の期間を待っている暇はない」


 そして義昭は再度、武衛に顔ごと視線を向けた。


「織田弾正大弼をもって代行としたい」

「それは……」


 今度は武衛が絶句した。


 幕府の財政と領地の訴訟を預かる政所執事の代行ともなれば、在京しなければ職務は務まらない。そして織田弾正大弼は昔のトラウマか何か知らないが、義昭政権発足以来、幕府の公式な役職(在京が条件)に就任することはことごとく拒否している。


 浅井・朝倉だけでなく東の国境や伊勢長島がきな臭くなってきた以上、岐阜から本拠地を動かすことは困難だろう。


 しかしたった今、「第三者」たる畠山播磨守の立会いの下、非公式にではあるが「政所執事代行」に指名したいという将軍の意向が示された以上、この場で正面から拒否することは武衛には出来なかった。


 岐阜と京の往復で最低でも7日から8日。もっと長くかかる場合もある。織田弾正大弼が在京を避け続けているために、幕府の行政が滞り気味なのは事実である。


 殿中御掟で様々な取り決めをしたにもかかわらず……いや、書名したからこそ義昭も動くことが出来ない。そのため信長の書状が必要となる公式文書の御教書みぎょうしょではなく、あくまで将軍の個人的な手紙でしかない御内書ごないしょを使い、各地の大名とやり取りせざるを得ない状況が続いている。


 「織田の傀儡」ではあっても「織田の名代」ではない武衛には、独断で答えるわけにはいかない案件だ。


 しかし将軍の意向がある以上、先延ばしにも出来ない。仮に受け入れたところで織田弾正大弼が拒否すればそれまでだが、名目上の主君たる斯波武衛家の面子は丸つぶれとなる。


 そうした葛藤を見透かしたかのように、義昭は不気味なまでに優しい声で続けた。


「なに、別に在京などしなくともよいのだ。実務は伊勢の郎党にまかせればよい。あくまで織田弾正大弼が何かの役職についているという事実が、幕府にとって必要なだけだからな。今の状況下では、幕府と織田の間に何か対立があるように思われるのが一番困るのだ」

「え?いや、それはしかし……」


 斯波武衛は立会人である播磨守に視線を向けた。


 織田弾正忠家の政権への貢献は認めたとしても、代理とはいえ幕府の役職につきながら在京しない状況が続けば、政権にいるものからすれば過剰配慮としか受け取れないだろう。実際に播磨守は、困惑しつつも眉をひそめてもいる。


 これに義昭は視線だけを播磨守へと向けた。


「……播磨よ。征夷大将軍たるこの私がそれで構わぬといっているのだ。何か問題があるのか?」

「い、いえ!ございませぬ!」


 畠山播磨守は慌てて首を左右へと動かした。表情はそれまでと変わらずニコニコしているのに、ひどく冷たい声色に、武衛も背中にじっとりとした汗が流れるのを感じる。この距離では視線を逸らすわけにもいかないので、実際の距離以上に圧迫感があった。


「ならばよいな……武衛も聞いたの。直には返答はいらぬ。岐阜からの解答を待ってからでよい」

「はっ」


 岐阜と相談してからの返答でよい。こう言われてしまうと武衛としても否定出来なくなる。


「難しい話はこのぐらいでよかろう」


 そしてこの件は終わったといわんばかりに、義昭は両手をたたいた。


 僧形をした年のころ30ばかりの男が干した柿らしきものを、流れるような所作で主人たる義昭の元に渡すと、ほとんど足音も立てずに退出した。


「今のが武野新五郎ですか?」

「武衛、よくわかったの。そうだ。あれが紹鴎の子である宗瓦そうがだ」


 義昭は干菓子を口に運びながら答える。


 わび茶の概念を作り上げたことで知られる武野紹鴎は、織田弾正大弼の茶頭となり最近名声を高めた堺の商人である田中与四郎の師匠だ。この他にも紹鴎は今井や津田といった大商人と親交があり、嫡子である新五郎は縁戚である今井に財産の管理を任せている。


 自分にも独自の情報網がある。それを誇示する狙いがあったのか、武衛はそのようなことを考えながら茶を啜った。


(美味いなこれは)


 茶の苦さが干菓子の甘さとよく合っている。苦さを右手、甘さを左手とするなら、それが柏手を打つように出会うことで調和と緊張感が絶妙な……


「勘解由小路(斯波しば義将よしゆき)は、武衛殿からすると何代前の当主なのかの?」


 唐突にそんなことを切り出した義昭に、干菓子の味に気を取られていた斯波武衛はとっさに答えることが出来なかった。


「ええ、たしか。そう、私の9代前ですか。武衛の家には家督を再度継承した例もありますので、いささか数えるのは難しいですが」

「そして今や、武衛殿の官位は勘解由小路のそれと並ぶ勢いだ。名門武衛家の復活だな」

「いえ、そのようなことは……」


 畠山播磨守の疑惑と困惑の入り混じった視線に居心地の悪さを感じていた武衛は、だからこそ義昭の語る言葉の意味がわからなかった。


「鹿苑院(足利義満)様も、勘解由小路とは親しかった。むしろ鹿苑院様の事実上の親代わりといっても過言ではない。それが失脚した時、鹿苑院様は私情を挟まずそれを受け入れた。そして信頼していた細川相模守(頼之よりゆき)を、勘解由小路の軍事的圧力によって政権から追った時もだ。後に両者は京に復帰し、揃って鹿苑院様の元で働いた。天下のためにな」


 「素晴らしいとは思わないかね」と義昭は床の間の三日月宗近に視線を向けた。


 播磨守が唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。武衛にはこの天下に名高き名刀が、何か禍々しいモノのように見え始めていた。


「私も将軍としては鹿苑院様のようにありたいものだ……のう武衛、そして播磨守。おぬしらの見解を聞かせてはくれまいか?」



畠山高政「管領に、なりたいです……」

足利義昭「あきらめたら?」


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