日本神話殺人事件18
「………」
「俺と同じミス?」
「鏡花、どういうことなんだ?」
「乃木さん、今朝、縁側でお話しした時のこと覚えていますか?」
「ああ、事件について話したな」
「その中で藍華さんの首に付いた不自然な索条痕について言及しましたよね?」
「抵抗した痕もなかったんだろう?」
「ええ。殺害されるとわかっていて抵抗しない者はいません。大抵の場合、紐などを外そうと自分の首を引っ掻いたりします。ですが、藍華さんの首には引っ掻き傷はありませんでした。自身に対する抵抗痕が無いのであれば、それは犯人側に残っている可能性は高いです。信濃さん、警察で身体調査でもしてもらいますか?」
「…………そんなことしなくたって、私は認めるわよ。隆彦だけに罪を背負わせるなんてことできない」
「じゃあ、寺門藍華の殺害を認めるのか?」
「ええ。文句の付け所がないわ」
「信濃さん、わからないんですが、太田山公園の駐車場から藍華さんの車が見つかっています。ですが、何故か藍華さんは駐車場ではない入り口の防犯カメラに映っていました。これはどういうことなのでしょうか?」
「えっ?藍華って車持ってたの?」
「知らなかったのですか?」
「うん…」
「殺害する前に藍華さんは何か言っていませんでしたか?」
「財宝探しの話しかしてないわ」
「…………」鏡花は腑に落ちていない様子だ。
「信濃友美、河本隆彦、二人を殺人容疑で逮捕する」平島は信濃に手錠を掛けた。
「乃木くん、河本が逃亡しないように見張っててくれ」
「わかりました。でも、河本さんに逃亡する意思はないと思うので大丈夫だと思います」
「そうか。すぐに向かうから、一応監視を頼む」
「はい」
平島はその場を後にしようとした。
「平島警部、待ってください」
「なんだ?」
「藍華さんの遺留品リストを見せていただけないでしょうか?」
「わかった。今はないから後でメールで送ろう」
「ありがとうございます」
平島はパトカーに信濃を乗せ、吾妻神社へ向かった。
その後、平島は吾妻神社で河本を逮捕すると千葉県警に身柄を引き渡した。
現場の警察官も引き上げ、事件は解決した。
鏡花たちは鏡花の実家で落ち合うことになり、その場を後にする。一抹の不安を抱えて。
「ふぅー、なんとか事件が片付いたな」
鏡花と乃木と小春は、鏡花の実家の縁側でお茶をしながら話している。
「お二人のおかげですよ。やはり、現実は本の中とは違って難しいものです。私は本の中の主人公のように、一人で全てをこなすなんてことはできそうもありません」
「私はそれでいいと思います。人は一人では生きていけないものですから。一人でもいいって思ってても、心の底では誰かに認めてもらいたいと思ってたりするものです。だから、これからも私たちに頼ってくださいね」
「それにしても、河本さんと信濃さんはなんで今回の事件を企てたんだろうな?」
「それは警察に語ってくれると思います。今回の宝探しイベントも嘘の企画でしょうし」
「やっぱ、そうだよな。俺も思ってたんだよ。なんか、胡散臭かったしな」
「知り合いの学者というのも存在しない人でしょう。しかし、藍華さんたちがこの話を信じたのには理由があると思っています」
「理由ですか?」
「ええ、誰が聞いても信じ難い話です。しかし、河本さんたちは藍華さんたちを信用させるに値する情報を提供していたに違いありません。そう考えるならば、動機もその財宝関係なのかもしれませんね…」
鏡花の携帯にメールが来る。
「あ、平島警部からです」
「さっき言ってたやつか?」
「そのようですね」
鏡花はメールに添付されていた写真を見ると、血相を変えた。
「これは!?」
「どうしたんだよ?」
「お二人とも太田山公園へ行きましょう。まだ、事件は終わっていません」
「なんだって!?」
「でも、鏡花さん、犯人は河本さんと信濃さんなんじゃ…」
「はい。清志さんと藍華さんを殺害したのは間違いなくあの二人です。しかし、私はずっと引っかかっていました。あの防犯カメラの映像が」
「藍華さんが駐車場のカメラとは別のカメラに映っていたことですか?」
「そうです。しかし、遺留品リストを見てわかりました。とにかく、今は公園へ戻りましょう!」
三人は急いで家を出る。
太田山公園には、遺留品や遺体があった場所に線が引かれている。しかし、既に警察官の姿はなかった。
鏡花は公園に着くと、走って駐車場に向かった。
「あっ!や、やられました…」鏡花は息を切らし、膝に手を置いている。
「おい、どうしたんだよ」乃木も少し息を切らして追いついてきた。
「の、乃木さん、あ、あれを見てください」鏡花は指を指す。
「お前、大丈夫か?それに、なんなんだ、あれは」乃木が鏡花の指し示した方を見ると、カラーコーンが倒されており、黄色と黒の規制線が破られていた。
「はぁ、はぁ、乃木さん、私たちは遅かったようです」
「わかった。とりあえずそこのベンチで休もう」
乃木は鏡花を近くのベンチへ連れて行く。すると、遅れて小春がやって来た。
「鏡花さん、乃木さん、待って…はぁ、はぁ。私、運動苦手なんです」
乃木は遅れて来た小春を鏡花の隣に座らせる。
「お前ら、ちょっと休んでろ」
「す、すみません…」
鏡花と小春がベンチで息を整えていると、乃木が飲み物を買って来た。
「ほら、飲めよ」乃木は買って来た飲み物を鏡花と小春に渡す。
「あ、ありがとうございます」
「いいって。それより、この状況どういうことなんだ?」
鏡花は飲み物を口にすると、大きく深呼吸して息を整える。
「先ほど来たメールは、私が頼んだ遺留品リストです」
「藍華さんのだろ?なんで、そんなもの頼んだんだ?事件はもう解決したのに」
「何度も言いますが、私はどうしても、車で来た藍華さんが別の入り口から公園に入った理由が理解できませんでした。ですから、少し見方を変えてみたんです。その車は藍華さんが乗って来た車じゃないんではないかって」
「でも、それじゃ、警察が間違えてたってのか?」
「いえ、警察はその車を藍華さんのものだと断定するに値する根拠があったのだと思います。ですから、そこにあった車は藍華さんの車で間違いないです」
「じゃあなんで、今はないんですか?」
「警察が引いた後に乗って逃げた人物がいるからですよ」
「誰なんだ?」
「この状況では、拓也さんしか考えられないでしょうね」
「ますます、わからなくなってきたよ…」
「藍華さんの遺留品リストに車のキーがありませんでした。財布などは抜き取られていなかったようなので、信濃さんが何かを盗んだとは考えにくいです。それに信濃さんは藍華さんが車を持っていることを知りませんでしたから、車のキーを盗んだとは考えられません」
「じゃあ、藍華さんは公園には車で来たわけじゃないんですね?」
「そうだと思います。歩いて来たのなら、他の入り口の防犯カメラに映っていても不自然ではありませんし」
「そうだったのか…」
「なぜ藍華さんの車を拓也さんが運転していたのかわかりませんし、そもそも藍華さんは拓也さんが公園に来ていたことを知っていたのでしょうか?正直なところ、これ以上の推理はできません」
「鏡花でも、限界か…」
「それにしても、暑いですね…」小春はハンカチで汗を拭う。
「帰りましょうか」
「いいのか?」
「拓也さんの方が一枚上手だったということです」
鏡花はこのことを平島に伝え、三人は鏡花の実家へと戻った。




