日本神話殺人事件9
「私は毎日、朝の九時から見回りを始めるんだ。拝殿の前を少し掃除して、それから鏡ヶ池の方へ行ったんだよ。そして、池に顔を突っ込んだ状態の人を見つけたんだ」
「昨日、最後に鏡ヶ池を見たのはいつですか?」
「うーん、いつだったかな…」
「覚えていらっしゃいませんか?」
「多分、夜の八時〜九時の間くらいだと思う」
「なるほど、その時にはまだ何もなかったんですね?」
「ああ、何もなかったよ」
「………」鏡花はまた考え込んでいる。
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「何か変わったこととかあったりしませんでした?」
「そうだね、昨日はさっき言った時間くらいに…あっ!」神主は何かを思い出したように声を上げる。
「何かあったんですね?」
「忘れてたよ。昨日は池の水を抜いていたんだ。毎週、同じ曜日に水を抜くんだ」
「なるほど、確かに不自然ですね」
「え、何がですか?」小春が聞く。
「昨晩水を抜いたはずなのに、朝発見した時には水が張っていたと言うことですよね?」
「その通りだよ」
「定期的に水を抜くことは公表されていますか?」
「公表をしているわけではないけど、聞かれれば答えているし、知ってる人も多いんじゃないかな」
「どうやって水を抜くんですか?」
「池の側にあるレバーを引くんだ。見えるかな?あれだよ」
神主が指した先には水車と連動するレバーのようなものがあり、そのレバーによって水車を止め、それから水を抜く。
「水車を回している間は水が流動しているってことだよな?」
「そのようですね」
「そうだ、このことを警察の方に言わないと」
「あ、でしたら私たちが伝えておきますよ。知り合いがいるので」
「そうなのかい?じゃあ、よろしく頼むよ」
神主は神社の境内へ入って行った。
「鏡花、何かわかったか?」
乃木の質問に少し考えた後、鏡花は答える。
「平島警部は直に犯人は捕まると言っていましたが、今回の事件、一筋縄では行きそうにありませんね…」
「あ、藍華、なんで清志が殺されたんだ…」
「知らないわよ!あんたがそんなんだからじゃないの!?」
「ご、ごめん…」
「どうして清志が殺されたのかはわからないけど、ここで止めるわけにはいかないわ。こんな美味しいネタ、みすみす逃す手はないしね。隆彦と友美には踊ってもらうわ」
「………」
鏡花たちが夕焼けの畦道を歩いていると、『きさらづ会』の柴田が歩いてきた。
「あら、鏡花ちゃんたちじゃない。帰るのかい?」
「ええ、あの…」
「話は聞いたよ。災難だったね。久しぶりに戻ってきたのに」言葉に詰まる鏡花を見て、柴田は鏡花の気持ちを忖度する。
「ありがとうございます。事情を知っているということは、祖父母の家を訪れたのですか?」
「そうよ。午後になって会長を訪ねたら、河本くんと友美ちゃんが昼前に来たって聞いて、事件のことも知ったの」
「祖父の様子はどうでした?」
「体調を崩したのね。横になってたわよ」
「そうですか。よかった」鏡花は祖父が安静にしていることを聞き、安心した様子をみせる。
「じゃあ、私は失礼するわね」
「はい。さようなら」
柴田の姿を見送ると、三人は鏡花の実家に戻る。夕暮れの木更津にはひぐらしの鳴き声が響き渡っている。
「ただいまー」
返事をする声は聞こえない。
「おばあちゃん?おじいちゃん?」
鏡花は祖父が寝ている部屋を覗く。
「おばあちゃん、いる?」
扉を開けると、布団で寝ている祖父とそばの椅子でうたた寝している祖母がいた。
「よかった、寝てただけだったんだ」
「どうした?」乃木が後ろから声をかける。
「いえ、祖母も寝てしまったようです。そっとしておきましょう」ゆっくりと襖を閉める。
鏡花たちは居間に戻る。
「事件について纏めるか」
「ええ、お茶を用意しますね」
「鏡花さん、私も手伝います」
「ありがとうございます」




