薄氷村殺人事件18
薄氷村の悲惨な事件が幕を閉じ、出発の朝が来た。
「皆さん、おはようございます」鏡花は眠そうに下りてくる。
「あ、おはようございます」
「あれ?小春さんだけですか?」
「今、佳乃さんがご飯を作っています」
「そうなんですか。でも、私が起きた時、彩香さんはいませんでしたが…」
「そ、それは…ト、トイレじゃないでしょうかね?」
「?」
すると乃木も居間に入って来た。
「おはよう…」
「あ、おはようございます。まだ、眠そうですね」
「お前もな。寝癖付いてるぞ」
「え?本当ですか?」鏡花は長い髪を手で整える。
「それにしても、今回の事件は悲惨だったな」
「そうですね」
「本当に殺さなくちゃいけなかったんかな?」
「……」
「わかりません。しかし、迷信は迷信であって、結局はそれを信じる人間の心の弱さが悪魔を生み出してしまったのだと思います」
「そうだよな…もしも、須藤さんが母親の悪事と向き合うことができたなら、自分も悪魔にならずに済んだのかもしれない」
「そうですね」
「でも、お前はまた事件を解決した」
「はい。しかし、本当に私はこの村のためになったのでしょうか…」
「え?」
「私は悪事を見抜いただけです。根本から解決したわけじゃ…」
「いえ、鏡花さんはこの村のためになりました!この事件を通して、この村の皆さんがしきたりのあり方について考えてくれるはずです。どう捉えるかは、この村の人たち次第なんですから」
「小春さん…」
「小春ちゃんのいう通りだわ。この事件を通して、村全体の意識が大きく変わった。本当に感謝しているわ」
「佳乃さん!」
「ご飯の用意ができたから運ぶの手伝ってくれるかしら?私は、お母さんを起こしてくるわ」
「わかりました」
「な、お前は事件を解決することで誰かを救ってることになるんだよ。しっかりとお母さんの意思を受け継いでるんだ。自信持てよ。お前らしくないぜ」
「乃木さん、ありがとうございます。やはり、私には皆さんがいないとだめなのかもしれませんね」
朝食を終え、帰る支度をしていると、村長が部屋に入って来た。
「お前さんたち、帰る前に少しいいか?」
「なんでしょう?」
「村を出る前に洞窟へ来てくれ。わしは洞窟の前で待っておる。荷物は村の入り口にでも置いておくがよいわ」そう言って、部屋を出て行った。
「なんでしょうね?」
「さぁ…?」
支度を済ませ、佳乃に挨拶を済ませる。村の入り口に荷物を置いて、洞窟へ向かうと洞窟の前には村長と彩香がいた。
「あれ?彩香ちゃん。こんなとこにいたのか?食事が終わったらすぐに出て行っちゃったから、どうしたのかと思って」
「はい。少し、用事がありまして」
「そうなんだ」
「では、洞窟に入るぞ」
「皆さん、懐中電灯をどうぞ」彩香は三人に懐中電灯を渡す。
「え、雪嶺祭は終わったのに入っていいんですか?」
「ああ、あんたらには見て欲しいものがあるんじゃ。特に事件を解決したそこの娘にはな」
「………」
洞窟の最深部まで行く。
「ここは儀式をした場所ですよね?」
「そうですよ」
「村長さん、ここに何があるんですか?」
「そこの壁に穴が見えるじゃろ」
三人は目を凝らして穴を探す。
「確かに覗き穴程度の大きさの穴が空いていますね」
「娘よ。そこから中を覗いて見ておくれ」
「はい」鏡花は言われた通りに穴から中を覗く。
「どうじゃ、そこに甕があるじゃろ?」
「ええ、ありますね」
「彩香から聞いておるじゃろうが、それが薄氷村の由来ともなった甕じゃ。今は夏だというのに薄氷が張っておるじゃろ?」
「確かに見えます!」
「鏡花、俺にも見せてくれ」乃木も中を覗く。
「本当だ、薄氷が張ってる」乃木は半ば驚きながら言う。
「ここの洞窟は外よりも気温が低いのは感じられていると思いますけど、氷が張るような温度ではありません。にもかかわらず、薄氷は溶けないんです」
「お主にわかるか?」
「……残念ですが私にもわかりそうにありません。ですが、またいつかこの謎を解くためにこの村に戻って来ます!」
「待っておるぞ」
「はい!」
鏡花たちは洞窟を出て、村の入り口へ向かう。すると、村の入り口の前には村人が集まっている。
「え!?みなさん、どうされたんですか?」
「彩香ちゃんに村をあげて見送りをしようって、提案されたのよ。あなたたちには本当にお世話になったしね」
「幸子さん…」
「鏡花ちゃん、乃木さん、小春ちゃん、これ帰りの途中にでも食べてね」佳乃が手作りのお弁当を渡してきた。
「え?よろしいんですか?」
「勿論よ!また、いつでも来てね」
「ありがとうございます、佳乃さん」
鏡花たちは挨拶を済ませ、村を出る。すると、落ちた橋には警察官がいた。
「そういえば、この橋落ちてたんだったな…」
橋の近くまで行くと警察官が気付き、話しかけて来る。
「君たちは事件を解決した子たちだよね?」
「え、ええ」
「向こう側に行きたいのか?」
「はい。通れないんですか?」
「橋は通れないけど、川を渡ることならできるよ。僕がボートで向こう岸に運ぶよ」
「ありがとうございます!」
「そこに梯子がかけてあるから下に降りてくれ。結構高いから注意するんだよ」
「はい」
鏡花たちは警察官に向こう岸まで運んでもらい、渡ることができた。
「ふぅ、なんとか渡れましたね」
汗を拭っているとバスが到着しているのが見えた。
「あっ!あれバスじゃないか!?」
「本当ですね」鏡花はいつも通りの落ち着いた様子で喋る。
「いや、落ち着いてる場合じゃないぞ。ここのバスは数時間に一本しか来ないんだったろ。俺が止めに行く」乃木は荷物をその場に置いて、バスを止めに行く。
「すいませーん!乗りまーす!」
バスが少し動き出したところで、運転手が乃木に気付き止まった。
「なんとか間に合ったー」
「すみません。発車時間遅れてしまいましたよね?」
「いいよ、乗客なんてほとんどいないからね。君たち、村の子かい?」
「いえ、少し用事がありまして」
「パトカーが停まってたけど、何かあったのかい?」
「さぁ、どうしたんでしょうか。もしかしたら、心を失った悪魔を退治しに来たのかもしれませんね」




