薄氷村殺人事件17
「金井さんが殺害されたのは、昨日の夜十時くらいから早朝にかけてです。竹原さんの遺体を発見した騒動があった時、金井さんは確実に生きていましたから」
「金井さんはどこで殺害されたんだ?」
「村じゃないかしら?」
「どういうことですか?田辺さん」
「須藤さんが蔵の騒動から戻ってきて私と入れ違いになる時に、金井さんを空き家に閉じ込めておくって言ってたから」
「そうなんですか?」
「あの男ひどく怯えていて、私が村の空き家を貸したんだよ。そのことについては、村長にもお伝えしましたよね?」
「ああ、そうじゃったな」
「それに、あの男は鍵を持って籠ってたんだ。鍵は一つしかないから外から侵入して殺害することはできないはずだ!」
「おい、鏡花、どういうことだ?これじゃあ、金井さんを殺害して山の山頂まで運ぶことはできないじゃないのか?」
「乃木くんの言う通りだよ。仲間が殺されているんだ。自分から出てくるなんてことはあり得ない!」
「本当にそうでしょうか?そもそも、金井さんは怯えていたのでしょうかね?」
「何が言いたいんだね?」
「昨日の段階であれだけ虐げられたのにも関わらず、蔵を覗いたり悪魔像の写真を撮っていました。そんな人が呪いなんて信じますかね?取材に対する執念は恐ろしいものでしたよ。まるで、このチャンスを逃すと終わり、とでも言わんばかりに」
「じゃあ、須藤さんの言っていることは嘘だってことなのか?」
「いいえ、乃木さん、全てが嘘なわけではないと思います。調べれば、金井さんがその空き家を使っていたことはわかると思いますよ」
「でも、金井さんが怯えていなかったとして、それと事件とはどう関係あるんだ?どちらにせよ、鍵が閉まっていたんだから殺害はできないんじゃないか?」
「乃木さん、それは勘違いです。金井さんが殺害されたのはこの村の中ではないんですから」
「え!?」
「ですよね?須藤さん」
「…………」
「金井さんが怯えていなかったとするならば、誘き出すことはさして困難ではないでしょうから」
「誘き出すって、どこに?」
「殺害現場となる氷門山の山頂ですよ」
「なんじゃと!?あの男は自ら殺されに行ったというのか?」
「そうなりますね。須藤さんは金井さんを氷門山の山頂に誘き出し、殺害したのです」
「ばかな、なんの根拠があって言っているんだ!?」
「あら?気付かれていないのですか?」
「な、何がかな?」
「これです」鏡花は首に掛けたカメラを持ち上げる。
「はっ、そのカメラに何があるって言うんだ!?」
「あなたはひらめき力などにかけては、とても優れています。しかし、もう少し注意深く見るべきでした」
鏡花はカメラを操作している。
「鏡花、何が写っていたんだ?」
「乃木さん、金井さんの手には何かが握られていた、と話しましたよね?」
「ああ、証拠か何かだって話したよな」
「その証拠がこれです」
鏡花はカメラに写された写真を見せる。
「あっ!?ど、どうして…」須藤は焦りに顔を歪めている。
「この写真に写っている紙は、正に金井さんが握りしめていたであろうものです。しっかりとあなたの名前が書かれていますよ」
「私は何か証拠が写っているかもしれないと思い、確認したんだ」
「本当だ。『深夜十二時、この村の秘密を教えます。氷門山の山頂まで来てください。 須藤』って、書いてあるぞ」
「このカメラには複数のフォルダが存在していました。この村の写真が入っているフォルダも。しかし、この写真が入っていたのは他のフォルダだったんです。意図的なのか間違えて入ってしまったのかはわかりませんが、ほかのフォルダも確認しておくべきでした。もう言い逃れはできません。直に警察の方もこの村へ入られるでしょうから」
「なんなんだ、君は…」須藤は崩れ落ちる。
「蔵の中の血が、悪魔の目にだけ飛び散っていなかったのも何か関係があるのですか?」
「まぁ、そうだね。神聖な道具だからね。私は、この村のしきたりを軽視するあの男たちを許せなかった。いや、許してはならなかった。私は幼い頃から村のしきたりを決して破ってはいけない、と言われ続けた。私自身もそう信じてきたんだ。十年前の雪嶺祭で一人亡くなっただろう?」
「はい。私は呪いだと思っていました」彩香が答える。
「彩香ちゃんはまだ小学生だったからね。でも、村の人は知っている通り、あれは殺人事件だった。警察もこの事件を解決することはできていない。でも、もう言ってもいいかもしれない」
「どういうことなんじゃ?」
「私は父を早くに亡くし、母と二人でこの村に暮らしていました。その事件のことを知っているのは今となっては私しかいません」
「須藤さん、あなたは何を知っているのですか?」
「十年前の事件の犯人は、私の母なんだよ…」
「なんじゃと!?愛子が犯人だと言うのか!?」
「ええ、私は母にそれを告げられてひどく動揺しました。しかし、一人で私を育ててくれた母を警察に突き出すなんてことできない。私は黙ってることを選んだんです。その時点で私はもう犯罪の片棒を担いでいたんですよ…」
「じゃが、なぜ殺すなんてことを…」
「須藤家は悪魔の家系なんですよ。この村の家は殆どが昔からある家系です。十年前の雪嶺祭までは穏やかでした。観光に来た人も何人かいましたが、みな儀式を受け礼儀正しい人たちでしたから。しかし、十年前の雪嶺祭で面白半分で勝手に村に入って来た者がいたんです。母は須藤家としての使命だと言い、しきたりを破る外部の人間に天罰を与えました。須藤家は密かにそのようなことをしていたんですよ」
「わしですら、そんのことは知らんかったぞ」
「はい。皆さんを騙していたのは苦しかった。しかし、もう私はこの使命から解放される…」
「山頂まで呼び出したのはなぜですか?」
「雪嶺祭を控えていたんだ。氷門山なら信憑性があるだろう?山頂に隠れて、後ろから刺したんだがあの男は岩のところまで歩いてしまったからね。私としては穢れた血で汚したくはなかったが、仕方なかった…」
「なるほど、だから所々に血が落ちていたんですね」
すると、森の方から複数の光が見え、すぐに人の姿が現れた。
「おーい、大丈夫ですか!?」
警察官がこちら側に渡って来たようだ。
「ようやく来ましたね。後のことは警察に任せましょう。私の依頼はこれで終わりですね、彩香さん」
「はい!ありがとうございました!」
須藤は事情を聞いた警察官に逮捕された。
「今日はもう遅い、みなそれぞれの家に戻るんじゃ。今後のことについては、また話すことにしよう」
鏡花たちは棚菊家に戻る。
乃木は布団を敷き、寝る準備をしていると、鏡花が乃木の部屋にやって来た。
「乃木さん、もう寝るところでしたか?」
「ああ、今日は疲れたからな。どうした?」
「あ、大したことではないんです。ただ、今回も私のお手伝いをして頂いたので、そのお礼を言いたくて」
「そっか。でもやっぱ、お前の推理には陶酔しちまうな」
「真実は必ず一つですが、事実は複数あるものです。その事実からいかに真実を導き出すか、それが快感なんですよ」鏡花は嬉しそうに言う。
「…………」
「引かないでくださいよー」
「お前はある意味変態だな」
「そんなことありません!」
「冗談だよ。それが結果的に人のためになっているんだから、俺はその手伝いができて嬉しいよ」
「これからもよろしくお願いします!」
「ああ!」
「では、お休みなさい」
「お休み」




