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薄氷村殺人事件16

「でも、待って。隆晴さんが光を見たのは櫓に上った夜八時だったんでしょ?さっき確認した通り、隆晴さんが嘘をついていないことが証明されたのなら、昨日の夜八時のアリバイを聞けばいいんじゃない?」

「田辺さん、そのアリバイに意味はありません。なぜなら、犯人は完璧なアリバイがある人だからです」

「えっ!?完璧なアリバイ?」

「はい。それに先程も申し上げましたが、あの蔵の中には誰もいないんですよ。犯人はある方法を使って、儀式をしていた夜八時に誰かがあの蔵に侵入していたように見せていたんです」

「じゃあ、昨日の夜八時にも…」

「はい。竹原さんの死体以外は誰もいませんでした」

「だったら、あの男はどうやって蔵の中に入ったんじゃ?懐中電灯も近くに落ちていたなら、隆晴が見た光はそやつが出した光じゃろ?」

「本当にそうでしょうか?よく考えて見て下さい。電池は使っていなくても自然放電します。乾電池内部では常に化学反応が起こっているからです。つまり、十年に数回、雪嶺祭の時期だけ使う懐中電灯が本当に点くのでしょうか?おばあさん、確認させて頂けませんか?」

「よかろう。待っておれ」村長は蔵の鍵を取りに戻る。

「私たちも蔵の前で待っていましょう」再び、蔵の前へ移動する。

「待たせたな」鏡花は鍵を受け取り、蔵の扉を開ける。

「鏡花、俺も手伝うぞ」

「乃木さん、ありがとうございます」

鏡花と乃木は協力して蔵の扉を開ける。

「ご覧の通り、蔵の中は昨日のままです。そしてこの懐中電灯」鏡花は落ちている懐中電灯を拾い、電源を入れたり切ったりするも、懐中電灯は光らない。

「そんな!」誰かが声を上げる。

「どうされました?」

「あ、いや、だとしたら隆晴さんが見た光は誰が出したものなのかと思って…」

「あなたじゃないんですか?」

「えっ!?」

「十年に数回しか使わないと思って、確認しなかったのが仇になりましたね」

「何を言っているのかわからないよ。どうしたんだ急に…」

「わかりませんか?私はあなたが犯人だと申し上げているつもりなのですけど、須藤さん」

「っ!?」

「な、な、何言っているんだよ。私は昨日の儀式の最中はずっと洞窟の外で見張りとしていたんだよ?幸子さんも見てますよね?」

「ええ、須藤さんはずっと居たわ」

「ほら、私に犯行は不可能だ!」

「いえ、そもそも竹原さんが殺害されたのは昨晩の八時ではありません」

「なんだって!?」

「でも、私は確かに光を見たんだ、櫓の上から…」

「はい。隆晴さんの見た光は本物です。しかし、それは蔵の中から発せられた光ではありません。隆晴さんが見た光は、洞窟の前から発せられた須藤さんの懐中電灯の光ですよ」

「そんなの無理だ!洞窟は櫓と同じ西側にあるんだ。洞窟にいた私の懐中電灯の光を蔵から出た光にするなんて…」

「そこまで豪語するのであれば、教えてあげましょう。皆さん、少し外へ出てもらえますか?」鏡花は蔵の外へ出て、蔵のすぐ横で止まる。

「これを見て下さい」鏡花はそこに落ちていた石を拾い、それを見せる。

「それは何なんですか?」

「小春さん、これは鏡石というものですよ。表面がツルツルしてますよね?」鏡花は小春に鏡石を渡す。

「本当だ。表面がツルツルしてる。でも、鏡花さん、これが事件と関係あるんですか?私には偶然落ちていた石にしか思えないんですけど…」

「偶然ではありませんよ。この薄氷村に鏡石は落ちていませんから。これは氷門山の至る所に落ちていた鏡石のひとつですね」

「それがどうしてこんなところにあるんですか?」

「これがトリックに使われた重要なものだったからです。そうですよね?須藤さん」

「さぁ?どうなんだろう…」

「まぁ、いいでしょう。しかし、あなたは瑣末でした。よく見たら、蔵の壁に傷があります。本当はもう少し大きな鏡石だったのだと思います。須藤さんはその鏡石を片付ける際に、この壁にぶつけてしまったんじゃありませんか?この鏡石は、その際に欠けたものだと思います。そこまで気を使わなかったことで、私にこのトリックを気付かせてしまいました」

「して、娘よ。その鏡石が何なのじゃ?」

「はい。このトリックは村の構造を利用したもので、短時間で思いつくようなものではないです。須藤さん、あなたは本当に頭のいい方です」

「褒めてもらうのは光栄だけど、私は何も知らない」

「おばあさんの質問に答えます。つまり、この鏡石を鏡の代わりにして、洞窟からの光を反射させたんです」

「待てよ、鏡花。だとしたら、なんで蔵の横に鏡石を置いたんだ?それじゃあ、少しずれて見えるはずじゃないのか?」

「いえ、寧ろ、この位置じゃなければなりません。それがこのトリックの最大の点です。それと同時に、自分のアリバイも手に入れるという正に悪魔のような発想です」

「どういうことだ?」

「乃木さん、光の屈折というものを聞いたことありますよね?」

「ああ、勿論だよ。中学の理科でやったな」

「はい、その通りです。光は空気中から水やガラスに入る時、そのまま直進するのではなく屈折するんです。そして、水やガラスから空気中に出るときもまた屈折します。屈折率はスネルの法則というものがありますが、厳密に角度などを測って計算することは難しいでしょうから、何度か試したのだと思います。櫓から蔵の方を見ると、どうしても悪魔像を通して見えてしまいます。悪魔像はガラスでできていますから、もし蔵の窓に鏡石を置いてしまうと、寧ろ、ずれて見えてしまうんです」

「そうなのか」

「はい。須藤さんは昨夜八時、隆晴さんが櫓に監視に行くのを確認し、私たちが洞窟に入っていくと、懐中電灯の光を細くしてこの鏡石に向けました。細い光にしないと、光りが分散されて見えませんから。そうすることで、昨日の夜のような現象を実現させたのです。そして、このトリックを使えたのは、洞窟の前で懐中電灯を持っていた須藤さん、あなたしかいません。幸子さんの懐中電灯はすぐに壊れてしまったようですからね」

「だとしたら、竹原さんはいつ蔵に入ったんだ?私は儀式の荷物を運んだ後、鍵を返しにいくまでの間は役場にいたんだぞ!」

「なるほど…その主張はおかしいですね」

「どこがおかしいって言うんだ!私は役場の奥の部屋にいたんだ。田辺さんも見ましたよね?」

「ええ、須藤さんが奥の部屋に入っていくのを見ました」

「私がおかしいと言ったのは、須藤さんの答え方の方ですよ?」

「え?」

「今、須藤さんも仰った通り、殺された竹原さんはいつ蔵に入ったのか、ということですよね?つまり、私たちは今まで竹原さんは自ら蔵に忍び込んだという方向性で話を進めていました。でしたら、あなたのアリバイは無関係ですよね?」

「はっ!?」

「と、するのであれば、竹原さんは自ら忍び込んだのではなく、須藤さんの手によって運ばれたことになります。しかも、私たちと別れて鍵を返すまでの三十分間で」

「そ、それは…」

「少し意地悪でしたね。正直なところ、それについても分かっていました。ただ、あまりにも不自然な答え方だと思ったので」

「だとしても、結局は役場にいた須藤さんには殺害して運ぶことはできないじゃないか」

「田辺さんが見たのは奥の部屋に入っていく須藤さんの姿です。須藤さんがずっとその部屋に居たかは確認しましたか?」

「それはしていないけど…」

「そういうことです。役場の奥の部屋には裏口がありました。そこから出て犯行を終えた後、再び裏口から戻って何食わぬ顔で鍵を返しに行く、と言い、表から出る。そうすることで、田辺さんは、須藤さんが当然奥の部屋にずっといたと思ってしまったのでしょう」

「鏡花、金井さんの殺害事件はどうなるんだ?」

「そうですね。私としてはもう十分な気がしますが、決定的な証拠はそちらの事件にあるのでお話ししましょう」










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