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薄氷村殺人事件11

朝が来た。

乃木は外からする音に目を覚ました。

「ん?もう朝か…」

携帯の電源を点けると、画面には五時と表示されていた。

「まだ五時なのにもう準備してるのか…なんか目が覚めたし、外の様子でも見に行くか」

乃木が部屋を出ると、丁度大部屋から鏡花が出てきた。

「あ、乃木さん、おはようございます。お早いんですね」

「お互い様だろ」

「そうですね」

「いよいよだな」

「ええ。少し外の様子を見に行きませんか?」

「ああ、そのつもりで起きたしな」

二人が一階に降りると、佳乃に会った。

「あら、お二人とも早いのね!」

「あ、佳乃さん、おはようございます」

「俺ら、なんか目が覚めちゃって」

「そうだったのね」

「佳乃さんは何をされているんですか?」

「食事の用意よ。雪嶺祭での貢ぎ物とか、朝食の準備をしていたのよ。今日は量が多いから大変だわ」

「でしたら、私、手伝います!」

「え!?いいの?」

「勿論です!乃木さん、ごめんなさい」

「ああ、いいよ。俺も外の手伝いでもしてくるよ」

乃木が玄関の扉を開けると、既に数人の村人が村の装飾などをしていた。その中には村役場の須藤の姿もあった。

「須藤さん、おはようございます」

「あ、乃木くん!早いね。おはよう」

「はい。あの、俺にも何か手伝わせてくれませんか?」

「いいのかい?」

「はい!」

「ありがとう。じゃあ、洞窟の前に置いてある祭具を氷門山の入り口付近に運んでくれるかな」

「祭具って、昨日儀式で使ったやつですか?」

「そうだよ。昨日はあんなことがあったからね。祭具は洞窟の中に置いてきてしまっただろう?村の人が何人かで持ち出してるはずだから、お願いね」

「わかりました」

須藤は(せわ)しなく動いている。乃木が洞窟の前に行くと、数人の村人が祭具を洞窟から持ち出していた。

「あ、隆晴さん、おはようございます」

「君は…乃木くんだったね。どうして私の名前を?」

「あ、鏡花から聞いたんです」

「そうか。君はどうしてここにいるんだ…?」

「俺にも何か手伝わせて欲しいと言ったら、須藤さんに洞窟にある祭具を氷門山の入り口まで運んで置いて欲しい、って言われたので」

「そうだったのか。助かるよ、結構重いから…」

「そうですよね。俺も昨日持とうとしたんですけど、重くて」

「分けて運ぶから大丈夫さ…」

「はい。これ、運んじゃって大丈夫ですか?」

「よろしく頼むよ…」

乃木は祭具を氷門山の入り口まで運んだ。

「ふぅー、やっぱ重いなー」

すると、須藤ともう一人見たことない人が近づいて来た。

「乃木くん、ありがとう」

「いえ、大したことはしていませんよ」

「いやいや、助かるよ。あ、こちらにいるのは役場の田辺さんだよ」

「田辺清美よ、よろしくね」四十代か五十代くらいの女性だ。

「あ、乃木亮太と言います。彩香ちゃんの知り合いで、ある事情があってこの村に来ました」

「じゃあ、私は他の場所を見に行くから後のことは田辺さんに聞くといいよ」

「わかりました」

須藤は去って行く。

「乃木くん、私と一緒に少し装飾の方を手伝ってもらえるかしら?」

「いいですよ、どこのですか?」

「ここのよ。山の入り口を装飾するために来たら、あなたがいたのよ」

「そうだったんですね。あの、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「何かしら?」

「昨日の夕方、十七時半くらいなんですけど、須藤さんは役場に戻られましたよね?」

「ええ、あなたたちの儀式に使う祭具を洞窟の入り口まで運んでいたのよね?」

「そうです。須藤さんはいつまで役場にいましたか?」

「私は受付にずっと居たのよね。須藤さんは役場に戻って来たら、すぐに奥の部屋に入って行ったわ。でも、十八時くらいに村長の家に行ってくる、って言って出て行ったわね」

「じゃあ、昨日言っていたことは本当だったんだ」

「え?」

「いや、何でもないんです」

「事件のこと?」

「知っているんですか?」

「ええ、こんな小さな村だからね。すぐに広まるわ」

「そうでしたか」

「よし、これでここは終わりね。もう、殆ど終わったから戻っても大丈夫よ。本当にありがとうね」

「いえ、お役に立てたならよかったです」

乃木は棚菊家に戻った。既に陽は昇っていて、装飾された村を照らし出す。

乃木が棚菊家に戻ると、既に鏡花と佳乃は朝食の準備を終えていた。

「あ、乃木さん、お帰りなさい。お疲れ様です」

「おう、お前の方こそお疲れ」

「鏡花ちゃん、とてもお料理が上手なのね。いいお嫁さんになるわ」

「そ、そんな、買い被りすぎですよ、佳乃さん」鏡花は照れながら言う。

「あ、もうこんな時間。私はお母さんと彩香を起こしてくるわね」

「まだ六時ですが、私たちも小春さんを起こしに行きましょうか」

「そうだな」

小春はぐっすり眠っている。

「小春さん、起きてください。朝ですよ」

「ん、うーん」小春は目を擦っている。

「起きました?」

「あれ?鏡花さん?もう、朝ですか?」

「朝ですよ。朝食の準備も出来ています。顔を洗ったら居間に来てくださいね」

「はーい」

居間に戻ると、村長と眠そうな顔をした彩香がいた。

「あ、おはようございます」

「おはよう。お前さんたち、朝から手伝いをしてくれたそうじゃな。感謝する」

「いえ、大したことはしていませんので」

「俺も目が覚めちゃったんで、外の様子を見にいくついで、っていう感じなので大丈夫です」

「そうかい。飯を食って少し休んだら、村の者を呼びに行かせるから準備をしておいてくれ」

「わかりました」

襖が開き、小春が入って来た。

「おはようございます」

「小春ちゃん、おはよう」

「彩香ちゃん!もう、大丈夫なの?」

「うん。お陰様で元気だよ。ありがとね」

「彩香、運ぶの手伝って」台所から佳乃の声がする。

「はーい」彩香は立ち、台所へ向かう。

「あ、でしたら私も」

「お前さんたちは客人なんじゃ、座っておれ」鏡花を制止するように村長が言う。


食事を終えると、役場に行く、と言って村長は外へ出て行った。鏡花たちも部屋へ戻る。鏡花と小春と彩香が大部屋で話していると、乃木が鏡花を呼んだ。

「鏡花、ちょっといいか?」

「どうしました?」

「話したいことがあって。こっち来てくれるか?」

「……わかりました。小春さん、彩香さん、失礼しますね」

乃木の部屋へ移動する。

「事件の話、ですよね?」

「ああ。彩香ちゃんはまだ知らないからな。小春ちゃんの思いも無駄にはしたくないし…」

「それで何かわかったんですか?」

「村の装飾を手伝っていた時の話なんだけど、役場で働いている田辺さん、っていう女性に会ったんだ。で、昨日の須藤さんの話について聞いたら、須藤さんの言っていたことは事実だったよ」

「昨日の須藤さんの話と言いますと、鍵を戻しに行った時の話ですよね?」

「ああ。十七時半頃に役場に戻ってきた須藤さんは、直ぐに役場の奥の部屋に入って行ったらしい。十八時くらいになると、棚菊家に行く、って言って役場を出たらしい」

「なるほど。とても、有用な情報です。ありがとうございます!」

「言ったろ。俺はお前の助手だって」

「ええ、やはり、あなたは私の最高の助手です」

「それで、お前はどう思うんだ?」

「まだ、わかりません。少なくとも、儀式を行っていた私たち、そして洞窟の前にいた須藤さんと幸子さん、櫓で監視をしていた隆晴さんに犯行は難しいと思います」

「櫓に行っていた隆晴さんならできるんじゃないのか?櫓に行っていたっていうのが嘘の可能性もあるだろ?」

「無いとも言えませんが、実際、蔵の中には懐中電灯も落ちていましたし、その光を見た可能性は高いと思いますが………」鏡花は語尾に詰まる。

「どうやって、蔵に入ったかってことだよな?」「はい。犯人もそうですし、殺された竹原さんもです」

「わからないことだらけだな」

「ですので、お話を伺うために今から役場に行きたいと思います。おばあさんが行ったので、須藤さんもいるはずですから」

「俺も行くよ」

「ええ、行きましょう」

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