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薄氷村殺人事件10

蔵の中は荒れている。

「悪魔の目だけは無事なようですね」

蔵の中を歩く鏡花の足に何かが当たった。

「これは、懐中電灯ですかね?」

「どうした?」

「懐中電灯電灯が落ちていたんです」

「あんまり、触らない方がいいぞ」

「はい。あっ!」

「なんかあったのか?」

「隆晴さんが言っていたことはもしかして…」

「隆晴さんって?」

「あ、乃木さんは須藤さんと先に洞窟を出られていたんですよね。隆晴さんとは武井夫婦の旦那さんのことです。奥さんは幸子さんと言います」

「そうなんだ。で、その隆晴さんは何を言ってたんだ?」

「はい。私たちが儀式を受ける前に、隆晴さんは櫓に行きましたよね?」

「ああ。毎日、二十時になると誰かが監視のために登るんだろ?」

「はい。そして、私たちが洞窟を出た時、武井夫婦に会いました。その時、隆晴さんが、櫓から見渡している途中にこの蔵の中に光を見た、と言っていたんです」

「光だって?でも、蔵って閉まっていたんじゃないのか?」

「そうなんです。私がここにいるのもその話を聞いて来たからなんですよ。そして、この懐中電灯が落ちていた、ということです」

「じゃあ、この人はここで何かを物色している時に殺されたっていうことか?」

「その可能性が高いです。隆晴さんが見た光は懐中電灯の光だと思います」

「待てよ、だとしたら、この人はどうやって蔵に入ったんだ?」

「………」

「鏡花?」

「暗くてよく見えませんでしたが、竹原さん頸動脈を切り裂かれていますね。周りにも血が飛んでいます」

「そやつは悪魔に食い殺されたんじゃな」

「悪魔ですか?」

「それしか考えられんじゃろ。お前さんたちの会話を聞いている限り、こやつが蔵に忍び込んでいた二十時にはわしらは儀式を行っていた。それに須藤さんと幸子は洞窟にいたし、隆晴は櫓に居たんじゃろ。誰がこやつを(あや)めるんじゃ?」

「そうですよ。それに私は洞窟で君たちと別れた後、役場に行って少し仕事をしてから鍵を返しに行っんだ。その時間、蔵は空いていたことになるけど、君たちと別れてから三十分くらいしたら返しに行ったよ」

「確かに、須藤さんは十八時くらいに鍵を返しに来たぞ。この村は山間にあるから夏でも日が沈むのは十七時半くらいなんじゃ」

「だったら、この人はその三十分のうちにここに忍び込んだんじゃないのか?」

「乃木さんの説は一理あります。須藤さん、鍵を閉めた時、蔵の中を確認しましたか?」

「いや、しなかったかな。そのまま鍵を閉めて、返しに行ったよ」

「そうですか」

「じゃあ、この人はこの蔵の秘密を知ろうとして忍び込んだのかもしれないってことか?蔵の中も物色していたようだし…」

「確かに、何かを探していたようですが……」

「何か腑に落ちないことでもあるのか?」

「お前さんたち、そろそろ蔵を閉めててもよいか?明日は雪嶺祭じゃ。朝は早い。帰って飯にするぞい」

「私、あまり食欲がないです…」小春は相当ショックを受けている。

「小春ちゃん…」


「ごちそうさまです…せっかく用意までして頂いたのにごめんなさい」

「いいのよ。こんなことがあったんだものね、仕方ないわ」

「鏡花さん、私、彩香ちゃんの様子見てきますね」

「はい」

「あ、彩香にお腹空いたら降りてきなさい、って言っておいてもらえるかしら?」

「わかりました」

小春は彩香の寝ている部屋へ行った。

「小春ちゃん」部屋に入ると、彩香は目を覚ました。

「あ、彩香ちゃん。ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん。少し寂しかったから丁度よかったよ」

「そっか。具合はどう?」

「ちょっと疲れてただけみたいだから、寝てたらだいぶ良くなったよ」

「よかった」

「ねぇ、小春ちゃん。何かあったの?」

「え?どうして?」

「なんか元気なさそうに見えるから…」


「そっか、彩香ちゃんは知らないんだ。まだ、言わない方がいいよね」小春は心の中で合点する。


「ううん。そんなことないよ。私も儀式で疲れちゃったのかもね。明日は早いらしいから私も寝ようかな」

「本当に大丈夫?」

「うん!大丈夫!それより、彩香ちゃんこそ、明日の祭には出るの?無理しないほうが…」

「一日寝れば平気だよ。お腹すいたし何か食べに行こうかなー」

「あ、佳乃さんが、お腹空いたら降りてきなさい、って言ってたよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「じゃあ、私は部屋に戻るね…」

「うん。何かあったらなんでも言ってね。私は小春ちゃんの友達なんだから」

「ありがと」

小春が大部屋に戻ると、鏡花と乃木がいた。

「小春さん、おかえりなさい。彩香さんの様子はどうでしたか?」

「…………」小春は(うつむ)いている。

「…乃木さん、少し席を外して頂けますか?」

「え?……あぁ、わかったよ」

乃木は部屋を出て行く。

「小春さん、よく頑張りましたね」

「…………」

「私の前では無理しなくていいんですよ。彩香さんは同学年ですから、弱音を吐かなかったんですよね?」

小春の涙腺は破裂した。

「鏡花さぁぁん!私、死体なんて見たの初めてで、どうすればいいのかわからなくて。でも、彩香ちゃんはこのことを知らないから悟られないようにして」

「うんうん」

「鏡花さんに憧れてこのサークルに入って、私も困っている人を助けたいって思ってて」

「そうですよね」

「でも、私は鏡花さんみたいに強くないし、殺人事件だなんて…」

「小春さんは小春さんです。私みたいになる必要はないんですよ」

「私は鏡花さんに助けられて、些細なことかもしれないですが、私は鏡花さんについて行きたいって思ったんです!」

「私も小春さんには感謝しているんですよ」

「えっ!?」

「だって、ずっと一人だったんですもの。小春さんが『ヘルプ』に入ってくれて、とても活気付きました。私はずっとこのような日々を望んでいたんです」

「じゃあ、私は鏡花さんのためになっているんですか?」

「勿論ですよ。小春さんも乃木さんも私にとって大切な人です!ね、乃木さん?」

すると、襖が開いた。

「バレてたか…」

「盗み聞きとは感心しませんね」

「いや、トイレに行ってたんだけどさ、小春ちゃんの泣いてる声が聞こえて」

「乃木さん!聞いてたんですか?」

「ごめんな、小春ちゃん」

「まぁまぁ、小春さん」

「もう、今回は鏡花さんに免じて許してあげます!」

「あざす!」

「……っぷ。はははは」

(ひと)(しき)り笑ったところで、鏡花が言った。

「乃木さん、小春さん、私、この事件を絶対に解決してみせます!私は悪を許しません!」

「そうこなくっちゃな!」

「鏡花さん、私も聞き込みくらいだったら協力できるかもしれません」

「はい!二人ともご協力お願いします!」





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