アナザーデイ
乃木はあることを決心していた。
「橋爪さん、俺を『ヘルプ』に入れてください!」
「ええ、勿論です!私のことは鏡花と呼んでください。言葉も砕けて良いですよ」
「わかった。よろしく、鏡花」
「ちょっと順応早いですね」
「あ、ごめん」
「いえいえ、ところでなぜ『ヘルプ』に入ろうと?」
「この前の事件で、俺って何にも役に立たないなって思ってさ。それに鏡花の推理力に驚きを通り越して、尊敬してるくらいなんだ。だから、俺は鏡花の手伝いができたら良いなって思ったり、思わなかったり…」
「そうだったんですね。とても、嬉しいです。二人で頑張りましょう」
「おう。そういえば、この前の事件で聞きたいことがあったんだ」
「なんでしょうか?」
「玄関の前に出てきた黄龍の像あったろ?あの答えなんだけど、なんで『クロ』なんだ?」
「ああ、あれですか。確か、真実の色を見極めろ、でしたっけ?」
「そうそう」
「あれはつまり本当の色を言え、ってことなんです」
「本当の色ってなんのだ?」
「四神です。あの家にあった四神の像は、赤い朱雀と、白に黒線が入った白虎、水色に近い青色の青龍、それに茶色の玄武でしたよね?」
「ああ、そうだった」
「青龍は薄い青で微妙でしたが、青は青です。しかし、玄武だけは明らかに違いました」
「どういうことだ?」
朱雀の『朱』は赤色です。青龍はおわかりの通り青です。白虎もわかると思いますが白です。では、玄武の『玄』は何色だと思いますか?」
「あの像は茶色だったし、茶色なのか?」
「いえ、玄武の『玄』は黒色という意味なんです。ですから、玄武は茶色ではなく、黒い亀でなければならないはずだったんです。ですから、間違っているのは玄武の色で、真実の色は『クロ』だったってことなんです」
「そういうことだったのか。あの一瞬でそれに気付いたのか?すごいな」
「それほどでもないですよ」
他愛もない会話をしていると、 部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。あの、私は教養学部2年の高島小春って言います。掲示板になんでも相談に乗ってくれるって書いてあったので来ました」
「そうですか。どうぞどうぞ、お座りください」鏡花は椅子を引き、小春を座らせる。
「ありがとうございます」
「まずは自己紹介からしましょう。私は『ヘルプ』の部長の橋爪鏡花です」
「え、部長だったの?てか、部長って概念あったの?」
「細かいことはいいんです。乃木さんも自己紹介して下さいよ」
「あ、悪い悪い。俺は法学部3年の乃木亮太っていうんだ。今は『ヘルプ』の部員で、鏡花の助手ってとこかな?ま、さっき入ったんだけどね」
「そうなんですか」
「ところで高島さん、相談とはなんですか?」
「はい。友達を探して欲しいんです」
「へ?友達ですか?」
「この大学のどこかにいると思うんです」
「携帯で連絡すればいいんじゃないの?」
「私、今日携帯を家に忘れて来てしまったんです。朝、家を出る前にお昼を一緒に食べる約束をしたんですが、待ち合わせ場所までは決めていなかったので連絡しなかったら心配すると思うんです」
「大学内って結構広いぞ…」
「わかりました。その相談承ります」
「ええ、即答かよ。当てはあるのか?」
「いえ、全くありません。しかし、迷ってる時間はありませんよ。もうすぐ二限が始まります。ということは、お昼まで一時間半しかありません」
「探すしかないか…」
「ところで高島さん」
「小春でいいですよ」
「では、小春さん。何故、お友達さんが今、大学にいるってわかるんですか?」
「はい。朝連絡した時に二限の授業を受けると言っていたので、いると思います」
「なるほど、じゃあどの授業を受けてるのかを探せばいいのか。骨が折れそうだな」
「お友達さんの学部を教えてもらえますか?」
「はい、経営学部です」
「二年生ですよね?」
「はい。サークルが一緒の子で最近仲良くなったんです」
「とりあえず、学部窓口に行きましょう」
三人は一階まで降り、学部窓口へ向かった。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「経営学部の授業一覧表を頂けますか?」
「わかりました。こちらです、どうぞ」窓口の受付の人が授業一覧表を手渡す。
「ありがとうございます」
「この中に小春ちゃんの友達が取ってる授業があるはずなんだよな。厳しいな、今日の二限で経営学部の学生が取れる授業は十個はあるぞ」
「乃木さん、残念ながら十五個ですね」
「え、何言ってんの鏡花?」
「見て下さい、これ」鏡花は別の紙を乃木に見せる。
「おいおい、これって教養科目じゃんか。学部関係なく取れる授業だから、経営学部の友達も取ってるかもしれないのか…」
「あ、あのー」
「小春さん、どうかしましたか?」
「教養科目はないと思います」
「え?なんで?」
「はい。履修状況を聞いたら、教養科目は一つしか取ってないって言ってたので」
「その一つの可能性もあるんじゃないのか?」
「いえ、その教養科目は私も取っているので確実に違います」
「よかったー、これで十個に絞れたのか」
「小春さん、お友達さんがどういう方なのか教えてくれませんか?」
「はい。名前は高橋恵と言います。真面目な性格で毎日授業も出ています。経営者になりたいわけでは無さそうなのですが、まだお互いのことを詳しくは知らないのです」
「なるほどです」鏡花は授業一覧表と睨めっこしている。
「何かわかったのか?」
「いえ、わかりません。一つずつ見ていきましょうか」
「結局、そうなるのね…」
「その前に学部掲示板を見てもよろしいですか?」
「え、なんで?あ、そっか、休講情報か」
「ええ、その通りです」
掲示板の前に行くと、鏡花が何やら喜んでいる。
「乃木さん、これは奇跡です。なんと十個の内、三個が休講だそうです。ですから、これらの授業は省いてよいでしょう」
「え、本当か?助かったー」
「まずは小さい教室から減らしていきましょう」
「そうだな。そうすると、一番小さいのは202教室でやってる授業だな」
202教室の扉から一通りの顔を見たが、小春の友達はいなかった。
「この授業ではないようだな。次は一個上の階でやってる授業だな」
これを繰り返し、なんとか残り三個まで絞った。
「ようやく三個まで絞れたっていうのに、残りは全部大教室かぁ、流石にお手上げだな」
「ここは一人一つ教室を張りましょう。お友達さんの特徴か何かありますか?」
「メガネをかけています。あと、リュックです」
「うーん。それだけじゃなあ…」
「ごめんなさい。手伝って頂いてるのに役に立たなくて」
「いえ、お気になさらずに。私が適当に配置しますね。乃木さんは向こうの校舎の205教室を、小春さんはこの校舎の301教室を張って下さい。それらしい人がいたら名前を聞いてみると言うことでいいですね?」
「わかった」
「見つからなかった場合は学部窓口前に集合で、小春さんが見つけた場合には掲示板に私のメールアドレスを載せているので、ご一報ください。では、ご健闘を」
三人はそれぞれ指定した教室の前で待機した。二十分後、鏡花の携帯に知らないアドレスからメールが届いた。開くと、
『橋爪さん、乃木さん、どうもありがとうございました。無事に友達を見つけることが出来ました。後日、また伺います』と書かれていた。
「見つかったんですね。良かった」
「小春ちゃんが見つけたのって偶然なのか?何か考えがあったんじゃないのか?」
「偶然ですよ。50パーセントは必然でしたが」
「やっぱりな。どうして、小春ちゃんの友達が301教室の授業を取っているってわかったんだ?」
「簡単なことです。私と乃木さんが行った教室の授業の内容は、経営者になるための基礎を学ぶものでしたから。お友達さんは経営者には興味がないと仰っていたらしいので、可能性が高い残りの301教室に小春さんを行かせたんですよ」
後日、小春がお礼を言いに来た。
「あの、この間はありがとうございました。もしよろしければ、私も『ヘルプ』に入れてもらえませんか?」
「え!?本当?」
「はい。私も人助けをしたいと思ったんです」
「小春さん、喜んであなたを迎えます」
こうして、短期間に二人の新入部員が入った。
『ヘルプ』の活動はこれからも続いて行く。




