旅人たちの試練
「乃木さんがお友達さんとお話ししている間に、私は菊池さんと公子さんにお話を伺って来ました。菊池さんの方は少し怖かったですが、ちゃんと聞いて来ましたよ」
「そうですか。お疲れ様です」
「はい。それで、菊池さんが働く事になった経緯は先ほど秀樹さんが言った通りでした。公園で人助けをしていた菊池さんを、秀樹さんが偶然見かけて声をかけたらしいです。そして、若いのに芯の部分ができている、と認めてくださり、菊池さんがフリーターだと言うと、仕事を紹介されたそうです。因みに菊池さんは28歳です」
「意外ですね、そのエピソードは」
「そうでしょうか?人は誰しもそのような優しさを持っていますし、完全なる悪にはなれないと私は思っているのですが…乃木さんだって、友達思いのいい人です」
「あれ?俺って悪い人に見えるんですか?」
「あ、違います、あの、言葉の綾です」
「わかってますよ。ちょっとからかっただけです」
「もう、やめてくださいよ」
「すみません。話続けましょうか」
「はい。公子さんは見た目通り理想の母親っていう感じで、とても優しい方でした。公子さんは結婚するまでショップの店員として働いていたそうですが、秀樹さんとはそこで運命的な出会いをしたらしいですね」
「これで、一通り話は聞いた事になりますね」
「あ、それと秀樹さんも言っていた通り、この家には四神の像があるそうなので見に行きましょう。広間には青龍の像があったそうなのですが気付きませんでした」
「そうなんですか?俺も全く気付きませんでしたよ」
「広間には家の地図があったので、それを見ながら行きましょう」
広間を見に行くと孝子が本を読んでいた。
「あら、鏡花ちゃんに乃木さんどうしたの?」
「ちょっと調べ物をしてまして、孝子さんはここで本を読んでいたんですか?」
「ええ、この本さっき読み始めたのよね」少し広がった本には五十ページから六十ページくらいのとこに栞が挟んであった。
「そうなんですか。ところで孝子さん、この広間に青龍の像があるって聞いたんですけど、どこにありますか?」
「ええ、あるわよ。そこの柱の陰よ」
見ると、そこには秀樹の書斎で見た像と同じくらいの大きさの像があった。
「柱の陰にあったから気付かなかったんですね」
「そのようですね。私も注意力が足らなかったようです」
「薄い青って感じですかね。水色に近いような」
「そうですね、水色より少し濃いくらいの色です」
「橋爪さん、他の像も見に行きましょうか」
「ほかの像の場所も孝子さんに聞きましょう」
「はい」
「孝子さん」
「何かしら、鏡花ちゃん」
「玄武と白虎の像があるお部屋ってどこですか?」
「そうね、確か白虎はこの地図の上のこの廊下の突き当たりにあったような気がするわ。ごめんなさいね、まだこの家で働き始めてから一ヶ月しか経ってないから曖昧なのよ」地図を指しながら言う。
「いえ、お気になさらずに。因みに玄武の方はわかりますか?」
「ごめんね、鏡花ちゃん。ちょっとわからないわ」
「そうですか。ありがとうございます、孝子さん」
「じゃあ、私は明日の朝ごはんの準備をするから台所にいるわね」
「はい」
「まだ、21時前ですけど、もう用意するんですね」乃木が不思議そうに言う。
「乃木さん、下ごしらえなどがあるんですよ」これだから料理をしない人は、と言わんばかりの顔で言う。
「そうなんですか。すみません」
「いえいえ、ではこれで」孝子は台所に向かったようだ。
「私たちも像を拝見しに行きましょうか。白虎は孝子さんが出て行った方の扉から行くようですね」
「その先の突き当たりだって言ってましたね」そう言い、扉の方へ向かった時、
「キャー!」
悲鳴が聞こえた。
「この声、孝子さんじゃないですか?」咄嗟に乃木が言う。
「ええ。台所かもしれません。急ぎましょう」
二人は急いで悲鳴が聞こえた方へ駆け出した。台所には腰を抜かした孝子がいた。
「孝子さん、どうしたんですか!?」
「た、高山さんが…」
「ひっ!?」鏡花が覗くと、そこには背中に包丁の刺さった高山が倒れていた。それを見た鏡花はそこへ倒れ込んだ。
「橋爪さん!橋爪さん!しっかりしてください」鏡花はそこで意識を失った。
「おい、何があったんだ」
「なんだよ、今の悲鳴」
「何かあったの?」
他の住人が慌てて集まって来た。ただ一人を除いて。