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カミサマノイキノコリ

作者: 歌乃ことみ

「刀剣男士たちは……でしょう」

「そうだな」

「ただ、完全に人間として生きるのは不可能だ」

「それは致し方あるまい」

「刀は、そばに置いておいてもらおう」

「では、決まりだな」

 歴史改変主義者、検非違使は殲滅され、本丸は不要となった。

 本丸はそのままにするか壊せばいいし、審神者も元いた場所で人間としての生活に戻るだけ。

 政府が困ったのは各地に溢れる刀剣男士。歴史を守ったまさに「神様」と言うべき存在であり、そう易々と破壊処分にはできなかった。刀の状態に戻しておいておくというのも無理があるというものだった。

 政府による長い長い話し合いの結果、刀剣男士たちは後の生を普通の人間として送ることになった。もちろん、完全に人間になれるわけではない。刀は自分の傍へ置くことになった。そして、それぞれ別の場所に転送される。

 しかし、あの刀剣の数で、重複が出て来るのは致し方なかった。

「私たち、同じ場所に転送されたのですか」

「こういう驚きもありだな」

「平和で……何よりです」

「とりあえず、茶でも飲みに行くか? 」

彼らも例外ではない。彼らは皆、異なる地からここ、大和国に送られて来た。

 こうして集まった4人の前には、一件の大きな屋敷。どこと無く本丸をかたどったような、なかなかに風情のある建物。

「ここで暮らすのですか」

「なぁに、問題はない」

「何とでもなる」

「和睦です……」

笑い合いながら建物へ入っていく彼ら。

 ふと真剣な顔つきに変わり、空を仰ぐ。水色の髪の男。

「あなたが、言っていた通りですな……」

「おーい、どうかしたか? 」

「い、いえ、お気になさらず」

我に返り、慌てて皆の後を追う男。皆からは心配された

「慣れない環境で皆さん疲れているでしょうから、今日は休みましょう」

「俺も茶を飲んでから寝る」

「緑茶は眠れなくなるんじゃなかったか……? 」

「細かいことは気にするな」

 これから何が起こるかも彼らは知る由もない。




 ここは神域。神が暮らす神聖な場所。

 しかし、今はその面影は全くない。視界に広がるのは、燃え尽きた草木、焼け落ちた家屋、呻き声をあげる人、もはやそれすらも叶わない人。

神域の地獄がここにあった。

 何者かに神域が襲われた。必死の攻防虚しく、___が愛する父、母、姉はい無くなってしまった。

___の目の前で。

 そして今、___、従者を除けば唯一の生き残りと言っても過言ではないであろう想い人に手を引かれている。

「君はこのまま逃げて」

「あなたは……? 」

「俺は、君を守ら無くてはいけないから」

そう言うと男は術を唱えだした。すると___の前に光が現れる。これは___も知っている。現世を映し出す鏡の役割を持つもの。退屈な時に姉に見せてもらった。

「ここに飛び込むんだ。さぁ、早く」

「でも、それでは……あなたも一緒に!」

「俺は、これを閉じなければいけない。だから、駄目なんだ」

 この鏡は、現世からでは閉じることができない。よって、男はこの場にに残る必要があった。

___は見た。男の背後に迫る黒く蠢く影。鏡を出している間は無防備だ。手を伸ばそうにも、何故だか届かない。

「___様、後ろに!」

「___、愛してる」

「___様!」

 男が鏡の威力を強めたため、___は強制的に鏡の中へ吸い込まれる。その時視界に入ったのは、口から血を流し、崩れていく男の姿。絶望でしかなかった。死んだ者は鏡には入れない。助けようにも無理だった。

 その間も現世に近づく体。

 突如目の前から黒い何かが飛び出して来た。不審な大群。そう、神域を襲った奴等の大群。

 不慣れな鏡の中では武器も思うように振るえず、___は現世へ一気に叩き落とされた。

 ___の意識はそこで途切れた。




 大和国、とある屋敷。ここは今日も笑い声が絶えない。

「ここにも大分慣れてきましたな」

「まぁ、俺は何の変化も無くて退屈だがな」

「俺たちがここに来て半年になるか」

「……早いものです」

 彼らはすぐに打ち解け合い、互いに支え合い生きていた。屋敷を出れば大きな町。幸いここは大きな町のようで、設備も充実している。

 何かあれば誰かがフォローする、という良好な関係が築かれていた。

 金銭面は皆で働きまかなっている。この町は景気がいいのか、元々栄えているのか、給料がいいらしい。

「君も表情が柔らかくなったな」

「そうでしょうか」

「ああ、少なくともあの仏頂面は無くなったぜ!」

「は、はぁ」

端から見たら失礼に値する発言だったかも知れないが、この男にとってはこれくらいの方が気分が晴れると言うものだった。

 4人が楽しく談話しているところに、突如大きな音が響いた。気球か何かが墜落したのではないか、というほどの音だった。

「な、何だ? 」

「裏庭の方からですね、行ってまいります!」

濃い水色の髪をした男は慌ただしく走り去っていった。そんな彼をただ見ているだけではなかった。他の3人も当然のように走り出す。

 裏庭では、奥の方で白く細い煙が上がっていた。その場所から先程の水色の髪の男が叫んでいる。

「人が倒れています!」

「ご無事であれば、いいのですが……」

皆が駆けつけるとそこには、酷い怪我を負った女が倒れていた。怪我だらけではあるが、元は美しいことが分かる。

 皆は女が身に纏っている所々が破れ、裂けた衣服に目をつけた。上半身は白い着物のようだが、下半身は袴だった。

「変わった服を着ているな」

「異国の方でしょうか」

鶯色の髪の男と淡い水色の髪の男が呟く。確かにこの地域ではあまり見かけない服装だ。

「これは、巫女服ではないか? 神社で見たことがあるぞ」

全身ほぼ白い男が思い出したかのように言う。4人が、まだ微かではあるが息のある女をどうしようかと悩んでいた時。

「……ん」

皆息を飲んだ。

うっすらと瞼を開けた女。その瞳は燃えるような赤。烏の濡れ羽色の長い髪に白い肌、そこに紅蓮の瞳が絶妙なコントラスト。

「ここは……」

「大丈夫ですか? 」

濃い水色の髪の男がそう言って体を支えた時、女は後ずさった。そして、何を思ったのかわなわなと震え出す。

「私に触れられるとは……あなたは何者ですか? 」

「普通は触れられないのか? 」

ほぼ白い男がそう尋ねる。女は何も言葉を発さず、首を縦に振るだけ。それだけでも彼らには、この女が只者ではないことを知らせた。

「私は木花咲耶姫。神です。……一応」

木花咲耶姫が言葉尻に発した「一応」は本人にしか聞こえないほど弱々しく、小さな声だった。

「神であるのは俺たちも同じだろう」

「鶯丸、でも俺たちは付喪神だぞ。少し違うのではないか? 」

「付喪神でしたか……どうりで触れられるわけです。……私は、失礼します」

よろめきながらも木花咲耶姫は庭の外へ歩き出そうとする。

「どこへ行かれるのですか? 」

「ひとまず……手当てをされてはいかがでしょうか」

「そんなもの、私には必要ありません」

「そのままでは傷が膿んで死んでしまうぞ? 」

彼らの必死の呼びかけにも木花咲耶姫は答えない。まだ意識が朦朧としている。それでも、木花咲耶姫は重々しく口を開く。

「死んでも、構いませ……っ!」

突然左腕を押さえて蹲ってしまった彼女に皆が駆け寄る。水色の髪の男が軽々と彼女を抱きかかえる。

「この方を、ここに迎えましょう」

「それはいいな!」

「体も十分休まるだろう」

皆からは大いに賛同の声が得られたが、木花咲耶姫だけは眉を顰めたまま固まっている。

「降ろして、ください」

しかし、彼女の体は動かそうにも痛みで言うことを聞かない。

 男はそのまま屋敷の一室へ向かい、寝かせた。

「今、薬を持って来ます故、少々お待ち下さい」

そう言って優しげな微笑みを浮かべた後、出て行った。寝かされた布団の温もりに、懐かしさと安らぎを覚えた。

 しばらく待っていると、先程とは違う男が入って来た。

薄い水色の髪の男。

「江雪左文字と申します。薬、お持ちしました」

「は、はい……」

「どうかされましたか? 」

「い、いえ、てっきりさっきの人が来るものと思っていたので……」

「一期さんは夕餉の支度があるそうです」

薬を塗ってもらうために腕を布団から出す。

塗られた薬は少し冷んやりとした軟膏だった。

「っ……」

その冷たさに思わず目を瞑る。するとそれを見た江雪左文字は薬を塗る手を止めた。

「痛かったですか? 」

「大丈夫です」

その言葉を聞くとまた塗り始める。静かなこの空間が木花咲耶姫にはとても心地良かった。腕の次は足、背中と塗ってもらい、だいぶ痛みも和らいだ。

 その時、またあの爆発音が聞こえた。

「追っ手ですか……」

 重苦しく呟いた木花咲耶姫は、素早く身なりを整えると裏庭へ飛び出していった。そこには、既に黒く蠢く生物に立ち向かっている鶴丸国永と鶯丸の姿があった。後ろから一期一振と江雪左文字もやって来るのが確認出来る。

「下がってください!あなたたちでは歯が立ちません!」

そう言いながら剣を抜き、上空に円を描いた。その円は敵に向かって光線を放ち、一気に薙ぎ倒す。

 黒い生物は呻き声を上げながらみるみるうちに消えていき、なんとかその場は片付いたように見えた。

「君は強いんだな!」

「そんなことは……!」

 現れたのは先程のものとは比べものにならないほど大きな生物。木花咲耶姫すら見たことのない大きさに、若干腰が引ける。それでも彼女は剣を構え突き進んでいった。

 しかし先程のようにはいかない。強固な体に剣が全くと言っていいほど刺さらないのだ。

「どうしたら……」

彼女はほとほと困り果ててしまった。この剣が使い物にならないのであれば、もう打つ手がない。

 すると彼女の背後からバタバタと足音が聞こえて来た。彼らはただ見ているだけではなかったのだ。

「私たちはきっと、あなたほど強くはありませんが、できるだけやってみます!」

「見ているだけ、というのはどうも腑に落ちない」

「俺たちも元々は武器なもんでなぁ!」

「……致し方ありません」

「え……」 彼女には彼らの優しさが理解できなかった。何故、所在も分からないような女の相手をするのか。突然やってきて、自らのことを多くは語っていないというのに、どうして。

「助太刀くらいにはなるだろう」

「太刀なだけにな!」

「冗談を言っている場合ですか!? 」

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。目の前の敵をなんとかしなくてはならない。剣に炎の力を込め、一気に薙ぎはらう。

 少しその巨体がよろめいた。その隙をついて三段斬りを腹めがけて放つ。するとそこから禍々しいオーラが湧き出て来た。

「ここが弱点だったのですか……」

一旦飛び退いて敵の様子を伺う。どうやら今の一撃が大分堪えているようだ。しかし、それもしばらくすると治まった。 そして今度は標的を木花咲耶姫から自らの足元にいる彼らに移した。その間にも黒いオーラはどんどん凝縮されている。木花咲耶姫の背中を嫌な汗が伝う。

「……危ないです!」 

咄嗟に彼らの前へ出て反射の鏡を張る。オーラを放出するごとに巨体はみるみる小さくなっていく。

消えるまで耐えられるか。だが、もう少しのところで鏡にヒビが入った。咄嗟に作ったもので、少し脆かった。巨体が消えるとほぼ同時に鏡が完全に砕け散り、反射しきれなかった分が木花咲耶姫の体に直撃する。 彼女の体は宙を舞った。

 空中に飛ばされた体は重力に従って落ちて来る。それを受け止めたのは、鶯色の髪をした、鶯丸。

「あの、もう、いいんです……」

先程までの威勢はどこへやら、弱々しい声で彼女は言う。もう何もかもを諦めてしまったかのように、瞳の光は消えかかっている。

「そう言われて放っておく奴がいるわけないだろう」

「どうせ、死にますから……」

「では、せめて次行くあてが見つかるまでここにいる、というのはどうだ? 」

「鶴丸殿にしてはいい考えですな」

「君、それ褒めてないだろう」

 そして彼女は再び布団に寝かされた。傷口は薬のおかげでなんとか悪化せずに済んだようだ。

 そろそろ夕餉にしようか、という話をしていたところ、空から光るものが降って来るのが見えた。

「あれは……」

一期一振は縁側へ出て空を見上げている。それはだんだんと屋敷に近づいているように見える。

「従者……」

「お付きの者、というわけか。また敵かと思って驚いたぞ」

木花咲耶姫も敵は遠慮願いたかった。彼女ははまだ少し痛む身体を起こし、庭へ出た。目の前にはたくさんの荷物を載せた馬。そして見覚えのある顔。

「咲耶姫様、ご無事で何よりです」

「ええ……それで、この荷物は? 」

 従者の1人が手短に説明してくれた。

 今神域はとても神が暮らせるような場所ではない。残された者は普通他の国(天使界や霊界など)へ身を潜める。

しかし木花咲耶姫は現世に来てしまった。そうなってしまうと、今の状況では天上へ戻るのは難しい。

 人間との共生は無理があるが、幸い彼らは付喪神。なので、神域へ帰る方法が見つかるまで現世にいてほしい、ということ。

「あなたたちは? 」

「私たちは肉体を神域に置いてきていますので大丈夫です」

つまり、意識だけこちらに飛ばしているということ。とにかく今はここにいるしかないということを悟った彼女は少し寂しさを覚えた。

「早く、見つけてきてね」

「かしこまりました!」

そう言い残して従者は去っていった。

「荷物は私が片付けておますので……あなたは休んでいてください」

「えっと……ありがとうございます」

体に疲労が溜まっていたため、素直な言葉が木花咲耶姫の口から出た。実際のところ彼女も休みたいのだ。あんなに力を出し続ける事は滅多にない事だから、体には堪える。

 部屋へ戻り、横になった彼女にふわりと睡魔が襲って来る。

「湯浴みは朝でもいいでしょう」

「今日はゆっくり休む事だ」

「さて、俺たちも寝るか!」

「おやすみ、なさい」

彼らが部屋を出て行き、しんと静まった部屋。あまり使用感のない、6畳間。客人を通すための簡易部屋なのか。そこには行灯がうっすらと灯っているだけで、薄暗い。そんな中、木花咲耶姫は考えた。

 果たしてここにいて本当に大丈夫なのか。

 彼らは自分自身を刀の付喪神だと言う。恐らく、その気になれば木花咲耶姫を切り伏せる事など造作もない。彼女は神とはいえども戦いに慣れているわけではない。もともとは神域も平和だったわけだから、戦いは不要だった。

 幻想的な灯りを放つ行灯をじっと見つめる。

そしてこう考えた。いっそ、夢の中へ。夢でもいいからまた、会いたい。神様と運命は意地悪だ。

「私が言うのも、おかしな話か……」

 もう考えるのは止そう。そう思った彼女は瞼を閉じた。

 翌日。相当疲れが溜まっていたのか木花咲耶姫はまだ眠っていた。しかし、朝餉の準備が整ったため、起きてもらうしかない。

「起こしてしまうのも申し訳ないですが……」

一期一振はそう考えながら部屋までの廊下を歩く。鶴丸国永がみんなで揃って食べたいとの要望したのだった。皆はもう彼女のことを受け入れているのだ。どんな過去があろうとも、拒否する理由がなかった。

「木花咲耶姫様、失礼いたします」

そのよく通る声に彼女はうっすら目を開け、眩しかったのかまた目を瞑る。体を起こし、まだ半分寝ている状態で一期一振を見る。

「あ……おはよう、ございます……」

「朝餉の用意が出来ております」

すると、彼女は少し困ったような顔を浮かべた。それは一期一振にも感じられたようで、首をかしげる。「普段、朝餉は食べないんです」

「そうでしたか……では、顔だけでも出されたらどうでしょう」

ふわりと笑う一期一振に木花咲耶姫の顔が若干引きつる。

「そう、ですね。着替えたら向かいます」「かしこまりました」

一期一振が部屋を出た後、彼女は力無く床に倒れ込んだ。その瞳はうまく焦点が定まっていない。

「……どこと無く、似ている」

 どんな顔をして会えばいいのかわから無くなってしまった。そう思いつつも、居間へ向かうために身なりを整えた。まだ焦りと不安が残る中、ゆっくりと居間へ体を向けて歩き出す。少し体が震え、何も考えられ無くなりそうになる。 覚悟を決め、ふすまを開け、居間へ足を踏み入れた。

「おはようございます……」

その声はまだ眠気を含み、そして緊張からか震えていた。そんな彼女に皆が一斉に目を向ける。

「おう、おはようさん」

「ゆっくり休めましたか……? 」

「は、はい。おかげさまで……」

「まぁ、とりあえず席につけ」

 できるだけ一期一振と視線を合わせないように、そう努める。だが、今の木花咲耶姫にとって最悪のことが起こった。

 隣ならまだ目が合わないで済む。しかし空いていたのは、ちょうど向かい側の席。顔を上げれば必ず目が合ってしまう。そうすればまた、悲しいことを思い出してしまう。

 それでも、席を替わってもらうのもおかしな話だと思った木花咲耶姫は、渋々その席に座る。

「では、いただきましょうか」

「ああ」

皆挨拶をし、それぞれ食事に入る。目の前には、皆とは少し少なめの朝餉が用意されていた。正直食欲なんてなかったが、一口も食べないのも失礼だ。

「木花咲耶姫様、食べれるだけで大丈夫ですよ」

「……!は、はい……」

声に反応して顔を上げれば交わる視線。パッと目を逸らし、少し下を見る。

 確かに似ているのだ。髪色、虹彩の色は違えど、顔立ち、特に柔らかい笑みにどこか面影がある。あの優しそうな声も。何もかもが彼女にあの人を思い出させる。気を紛らわすように食事に目をやる。

 白米に味噌汁、だし巻き卵、おひたしという普通の朝食。どの器にも一口、ないし二口ほど箸をつける。

「おいしい……」

「それは良かった」

鶯丸がふっと口元を緩める。もう少し食べようかと思ったが、満腹なので箸を置く。

「あの、残してしまい申しわけありません」

「別に構わないぞ。始めに一期も言っていたじゃないか。なぁ? 」

「ええ、まだこちらに来て一日と経っておりませんから」

「で、では、少し読み物をしてまいります」

そう言い残し、逃げるように居間から立ち去った。

 理由なんて明らか。もちろん、ここに住まわせてもらっている限り文句は言えないことくらい彼女も理解していた。だが、なんとも息苦しい。

「本当にここにいて大丈夫なんでしょうか……」

ここにいる限り木花咲耶姫はふとした時に思い出すだろう。思い出したくない思い出ばかりではないが、やはりあの衝撃は大きかった。

「何とか、しなくては」

ここで暮らしていくには……排除。いや、いっそのこと己の消滅。どちらにせよ明るい未来は待っていないだろう。

「それでも……」

彼女の心に、黒い花が一輪、咲いた。

 静かな部屋の中。木花咲耶姫は荷物の中に入っていた書物に黙々と目を通している。本のページをパラパラと捲る音だけが室内にやたら大きく響いているように感じた。

 木花咲耶姫には、知りたいことがあった。それは______。

「……あった」

一口に神と言っても様々な種類、いわゆる階級がある。

彼女のように自分の意思で人の姿を成せる神。人にはなれず、動物の姿である神。または、彼らのように何かに付かなければいけない神。はたまた姿を成せず、神気だけで存在する神。その中で彼女が注目したのは、彼らが言っていた付喪神。彼らがどのようにして存在し、そして消えるのか。

「どうすれば……」

その書物にはこう書かれていた。

『付喪神中位なり。神気失せれば成せず、付くものなければ存在せず』

つまり、神気が無くなれば人の姿は消える。さらに言えば、刀が無ければ、存在そのものが消えるということ。

「さて……どうするかな」

これだけの情報量でも彼女にとっては大きな収穫だ。思わず顔が緩むのを抑え、計画を立てる。 まず、どうやって姿を消すか。

 神気を奪うのにはとても労力がかかる。奪うなら全員奪う方が安全だ。神気がなければ抵抗もできない。彼らはただの「モノ」になる。

 または外出中を狙って消すか。それなら1人ずつでも構わない。まだ彼女自身も神気が十分に回復しきっていない。ならば後者の方法が断然妥当だろう。どちらにせよ成功する確率は低い。なら、やってみるしかない。

「消すことに成功したら……私も……」

もう、苦しみから解放されたいという思いで早速行動に移すことにした。

 ひとまず、木花咲耶姫は、今ここに誰がいるのかを確認するため、歩き回る。やたらと静かで、自分だけなのかと思っていたが、倉庫の近くに人影を捉える。

「えっと……鶴丸国永様? 」

「よっ、姫さんじゃないか」

「ひ、姫さん? 」

そのような名前で呼ばれたことのない彼女は思いっきり動揺する。そんな彼女を見て鶴丸国永は楽しそうに笑っている。笑い方はそこそこ豪快ではあるが、笑いの沸点は幼子のようだった。彼女は本題を思い出し、気を引き締め直して尋ねる。

「今日は、静かですね」

できるだけやんわりと、気持ちを探られないように。その思いで出たのが今の言葉。鶴丸国永も不審には思わなかったようで、木花咲耶姫はほっと胸を撫で下ろしたいところだった。

「まぁ、俺と君しかいないからな」

「他の皆様は……? 」

「ああ、仕事だな。俺は休みだ」

「なるほど……」

「ところで、読み物とやらは終わったのかい? 」痛いところを突いて来る。鶴丸国永は普段飄々としているようで、鋭い。木花咲耶姫は彼に若干の警戒心を抱いた。

「いえ、まだ少し残っておりますが、気晴らしにでも、と」

彼女なりの必死の回答。決して失敗は許されない。そのプレッシャーを1人で感じながら鶴丸国永の返事を待つ。

「そうか、じゃぁ俺は一期の部屋に寄るとするか」その言葉に思わず僅かに反応する彼女。それはなんとか見つからなかったようでまた一安心。でも、と鶴丸国永は呟く。

「もうじき帰って来るな……その時でいいか」

「お早いんですね」

「今日は昼までらしい……あ、君、部屋隣だろう? 」

「えっ……隣? 」

木花咲耶姫は知らなかったのだ。自分が一番奥の部屋を間借りしているということは知っていたのだが、彼らがどこで過ごしているのかまでは全くと言っていいほど把握していなかった。寧ろ、自分の部屋と居間くらいしか分からなかった。

「机の上で構わないから、置いておいてくれ」

そう言って手渡されたのは、小さな裁縫道具箱。どうやら鶴丸国永は縫い物をしていたらしい。

「……畏まりました」

彼女は一歩一歩を踏みしめるように一期一振の部屋へと足を運んだ。その時の彼女の顔はきっと、満足したような笑みを浮かべていたに違いない。

 本当に一期一振の部屋は隣だった。襖を開けると彼らしく整理整頓がされた小綺麗な部屋が目の前に広がった。

「上手く、いきましたね」

部屋の綺麗さに感動する間も無く裁縫道具箱を置いた彼女は、箪笥にそっと立てかけられているものに目をやった。

「刀……」

ぽつりと呟く。

 刀はとても綺麗だった。それはもう目を奪われるほど。鞘の色から柄の装飾まで。どこにも非の打ち所がない。付喪神の見た目が美しいのも大いに納得がいく。

「私は、これを消そうとしている……」

 彼女なら消してしまうことは容易い。だが、ここまで美しい刀は今までに見たことがなかった。

消すには勿体なさすぎる。彼女に一瞬の躊躇いが生まれる。だが、最終的には始めの気持ちが勝った。

自らの武器を手に取り、切っ先を刀に向ける。恩を仇で返すようで申し訳ないと頭の片隅で思いながらも、気持ちの整理はついていた。

「こうするしか……!」

神気を込め、武器を振り上げる。その時、後ろから低く唸るような声が聞こえた。

「何をしているんだ」

「あ……鶴丸国永様……!」

声の主はゆっくりと彼女に歩み寄る。彼女の体は震えだした。

「何をしているのか、と聞いている」

いつもの口調ではない、底冷えするような声。まるで、悪魔か死神でも見ているかのような金色の瞳。それに彼女は竦み上がってしまう。

「来ないで、ください……」

「では、武器をしまってもらおうか」

「それは……できません」

彼女がこうなることを予想していなかったわけではない。それでも、どうすればいいのか分からない。

 迷った挙句、木花咲耶姫は剣の切っ先を自分に向けた。

「死ぬつもりか? 」

「ええ、そうです。元々そうするつもりでした」

「この屋敷で血を流すのは勘弁してくれ」

「……」

「応じる気はなし、か。ならば……」

突如物凄い速さで鶴丸国永が駆けて来る。そして、彼女の手から武器をはたき落とす。さらにそれを遠くへ蹴飛ばしてしまった。あっという間の出来事に彼女は為す術無く、力無くその場に座り込む。

「木花咲耶姫、答えろ。何をしていた」

「……私は、この刀を……消そうとした」

「何故だ」

彼女は口を噤んだ。これを言ってしまっていいのか。だが、鶴丸国永からただならぬオーラが出ているのを感じ、口を開く。

「似ているんです……あの人に……瓊瓊杵命様に」

「だから、どうした。それは君の勝手な事情だろう。一期はな、俺たちの仲間……家族なんだ」

「私はただ、思い出すのが嫌なのです!」

立ち上がった時、部屋に乾いた音が響いた。

「った……」

頬を叩かれたと気付くのに数秒かかった。

「だったら、ここから出て行き、何処へでも行けばばいいだろう。それなら思い出さなくて済む」

「……分かりました」

 彼女はそれだけ言うと、よろよろと部屋を後にし、屋敷を出て行った。その姿を鶴丸国永はただ見ているだけだった。




 木花咲耶姫が出て行って一刻ほど過ぎた頃、一期一振が帰って来た。

「ただいま戻りました」

「ああ、一期、おかえり。茶でも飲むか? 」

「ありがたく」

居間へ向かうと、昼餉の用意が出来ていた。そこには既に3人とも揃っていた。鶯丸が淹れた茶を受け取りながら席に着く。

「待っていただかなくても……? 」

その風景に一期一振は違和感を覚える。昨日の夜ふらりとやってきて、今日の朝までいた、木花咲耶姫の姿がない。

何か知らないか、と聞いてみても江雪左文字と鶯丸は首を横に振るだけだった。

一期一振は不安に駆られた。

「私と鶯丸さんが帰って来たときには、もういませんでしたよ」

「そうだな。部屋を覗いてみたがもぬけの殻だった」

「そうですか……」

ところで、先程から鶴丸国永はずっと口を閉ざしたまま。明らかに何かあったのだろうと一期一振は確信した。

「鶴丸殿、何かご存知ありませんか? 」

「あいつなら、出て行ったぜ。というか、俺が追い出した形になるな」

涼しい顔でとんでもないことを、まるで世間話をしているかのようにさらりと言いのけた鶴丸国永に、皆驚きを隠せない。何か理由があるに違いないと、一期一振はさらに質問を重ねる。

「何故ですか? 」

「はぁ……聞いて驚くなよ? あいつはな______」

彼から告げられた言葉は、皆にとって衝撃的なことだった。まさか消そうと考えていたなど、誰が思うだろうか。皆が何も言えない中で、一期一振は1人立ち上がって皆に言い放った。

「連れ戻してまいります」

「何故だ? あいつは君を消そうとしたんだぞ? 」

「咲耶姫様は、不幸なことがあり、混乱しているのです」

木花咲耶姫は、自らの想い人に面影のある一期一振を視界に留めたくなく、消すことを選んだ。それが正しいとは決して言えない。それが分かっていても一期一振の考えは変わらなかった。

「私が同じ状況下にあれば、同じことをするかも知れません」

「だが、探すあてはあるのか? 」

鶯丸が茶をすすりながら尋ねる。確かに、ここの町はかなり広い。闇雲に探すだけでは見つからない。

「彼女は一度も町に出ていない。まだ戻りたいという意思があるのなら、きっと大通りにいます」

「一期さん、その言い方だと、逆もあり得ると……?」

「そうですね。しかし、こうしている間に危険な目に遭われたら大変です」

その言葉を聞いて、鶴丸国永は呆れたようにため息を零す。その後、冷たい口調で言い放った。

「家族同然の一期を消そうとした奴なんて、死がお似合いだ」

「鶴丸殿!彼女の気持ちを考えて差し上げることができないのですか!」そう言い残して、木花咲耶姫を探すため、町に出向いて行った。




 木花咲耶姫はどこへ来たのかわからなくなってしまった。要は道に迷ったのだ。

「初めて来たのだから、こうなるのは当然よね……」

薄暗い裏道に入る勇気も出ず、表通りをただまっすぐに歩いている。しかし、人通りが多く、道を戻ることも困難だ。まっすぐ歩いているはずなのに、何故だか風景が変わっている。それが彼女の不安をより一層掻き立てた。

彼女は心の奥底で少し期待していた。もしかしたら、誰かが追いかけて来てくれるかも知れない、と。

 そんなはずも無く、もう一刻が過ぎようとしていた。

「少し、疲れました」

道の端に寄り、立ち止まる。そして、行き交う人の波をただ見つめていた。それだけでは何の気晴らしにもならなかったが。

 しばらくすると、神気を持った何かが近づいて来る気配を感じる。

「な、何……? 」

正体を掴めず、彼女は不安になる。何とか正体を掴もうとキョロキョロしていると、優しい声が聞こえた。

「やっと……見つけました」

「えっ……」

木花咲耶姫は、耳に優しく残るその声には聞き覚えがあった。

ないはずがない。

木花咲耶姫に優しく接した彼。そして消そうとした、彼。

「帰りましょう」

「っ……い、嫌です……。私には、皆さんに合わせる顔なんてありません」

木花咲耶姫は一歩身を引き、弱々しく言う。それを気にせず、少しかがんで目線を合わせる一期一振。その様子は宛ら兄のようだった。

「鶴丸殿から全て伺いました」

「……はい」

「鶴丸殿があのような態度を……申し訳ありません」

「どうして、一期様が謝るのですか」

彼女には理解できなかった。己の私利私欲、身勝手な行動でこのような結果になった。誰に聞いても皆口を揃えて言うだろう。”お前が悪い”、と。

「悲しい思い出と何かが重なって気が動転してしまうのも仕方ありません。しかも、想い人を亡くされたのなら尚更です」

「私っ、想い人なんて一言も……」

「だいたい分かりますよ」

誰かに重ねてしまうほど強く想う。それは恋人か、家族くらいだろう、ということを一期一振はわかっていた。だからこそ、木花咲耶姫と話がしたかった。

「誰かに話せばすっきりするものですよ。さぁ、帰りましょう」

「……は、い」

「おや、お迎えが私ではご不満でしたかな? 」

「い、いえ……その……ありがとう、ございます」

「お話は屋敷で聞きますので」

そう言って、優しく彼女の手を取る。木花咲耶姫は驚いて手を引っ込めようとしたが、強い力で腕を引かれる。

「迷子になられては大変ですからね」

「っ、はい……」

まさか迷子になっていたことも見抜かれていたとは、彼女も知らなかった。見抜かれていたと知って、彼女の頬はカァーッと熱くなる。それを誤魔化すように片手でパタパタと扇ぐ。

 二人は口を開かず、ゆっくりと屋敷までの道を歩いた。

 歩きながら、木花咲耶姫が泣いていたことも、一期一振は知っている。

 しばらく歩けば、見慣れた建物。彼女は改めてしっかりと門扉を見て、大きいな、と雰囲気にそぐわない感想を抱いた。屋敷に着き、門をくぐる。

「あの、私……」

「怖くないですから。つい先程までいた場所でしょう」

もう、合わせる顔がないから、怖い。素直にそう思う。彼女の不安をよそに、引き戸の隙間から鶯丸が顔を覗かせた。

「二人とも帰って来たな」

「鶯丸様……あの……」

「まぁ、まず入れ。皆で話を聞こうじゃないか」

そう言われて屋敷に入ると居間には他の2人も座っていた。鶴丸国永の鋭い視線が刺さる中、恐る恐る席に着く。

「何も言わず、聞いてあげましょう。……特に鶴丸殿」

「はぁ……分かったよ」

「で、では……」

そして彼女の独白が始まった。場に重々しい空気が流れる。

「私が以前いた場所は、とても平和でした。争いも無く、民も皆幸せでした。ですが、あの日、何者かが神域を襲ったのです。多くの何の罪もない民が、死んでいきました」

いきなりの爆弾投下に場の空気はさらに重く、どんよりとした。江雪左文字は特に眉をひそめている。

「宮殿も破壊され、残ったのは私と従者の方、そして、瓊瓊杵命様だけでした」

「それだけ……ですか」

一期一振は自身の想像を遥かに上回る惨状に、上手く言葉を紡ぎ出せなかった。それは皆同じのようだった。

「……ええ。私自身、生き残れるなど考えてもいませんでした」

そこで一旦話が途切れる。彼女の瞳から、涙が一筋、また一筋と流れていく。彼女はそれをぐっと堪え、また話し出す。

「両親も姉もいなくなった今、瓊瓊杵命様のために生きようと思いました。……そう決めた矢先、彼も私を庇って消えてしまいました」

江雪左文字の表情はさらに険しくなり、他は、何とも悼まれない気持ちでいっぱいになった。

「私のことを大切にしてくださった彼がい無くなり、残ったのは絶望だけでした。どんなことがあっても生きると誓いました。ですが、生きるため、心を休めるためとは言え、手段を選ばなかったのは私の間違いです。哀れな私をここで休ませてくれたあなた方を裏切るようなことをしてしまいました。そして、あの時生きると決めたにも関わらず、自分自身に刃を向けました」

涙は堪えても彼女の目から溢れ出て来る。自分の愚かさ、皆への申し訳なさで、胸が苦しい。もう少しだから、と再び口を開く。

「鶴丸国永様が出て行け、と言われるのもしごく当然のことをしました」

「っ……」

鶴丸国永の瞳が揺れる。彼女の素直な、取り繕わない言葉。それは、彼の心を動かすには十分だった。

「本当に、申し訳ありませんでした」

席から立ち、深く頭を下げる。 いつまでも顔を上げない彼女を見て、鶴丸国永は言う。

「もう、いいから」

木花咲耶姫がそっと頭を上げると、心底申し訳なさそうな顔をした鶴丸国永がいた。皆もどう切り出そうかと困っているようだった。

「俺は皆のことを考えているようで、君のことを何も知らずにいた」

「は、い」

「君が思い出したくない、と言っただろう? 」

木花咲耶姫は無言で頷く。

「少し考えれば、嫌なことがあったということくらい、容易に想像で来たというのに」

「私も聞いた時は正直ショックを受けました」

一期一振の言葉に彼女はまた俯いてしまう。今度は別の意味で目を合わせられ無くなりそうだ。

「しかし、心に余裕がないときに衝動的な行動に走ってしまうことはよくあります」

「そうだな。まぁ、俺も分から無くはないからな」

「褒められたことではありませんけど……そういう時もあります」

江雪左文字が言い終わると、一瞬居間が光に包まれた。光が消えた後、そこには1人の青年が立っていた。

「瓊瓊杵命様……? 」

「ああ、咲耶姫。元気そう……でもないみたいかな? 」

あまり時間がないから簡潔に、と彼はまた続ける。

「俺も君のことは大切だけど、もう二度と君に触れることはできない。それは俺だけではなく、君の両親、お姉さんもそう」

「……はい」

「俺のことを忘れろ、なんて君は無理だと言うよね」

「当たり前です!」

忘れられるわけがない。忘れようとも思わない。本当によくしてくれた、大切な人。忘れるなどしたら罰が当たるような気が木花咲耶姫にはした。

「忘れろなんて言わないから、俺を誰かに重ねないで」

「っ……はい」

「また、自分なりの形で、ゆっくりでもいいから新しい恋を見つけてほしい」

「それは……」

果たしてそんなことが自分にできるのだろうか、と彼女は戸惑った。瓊瓊杵命ではない誰かを想うこと、それは彼女にとっては難しいことなのかも知れない。

「君はまだまだ生きるんだから、過去ばっかり見てたらいけないよ」

確かに、以前から思考が前を向くことは少なかった。そんな彼女にいつも、”未来を見据えて”と言っていたのは瓊瓊杵命だった。

「……頑張ります」

「うん、それでいいよ……あ、もう時間だ。また、来世で巡り会えますように」

「待って……!」

木花咲耶姫が必死に伸ばした手は虚しく空を掻いた。

 その場はしんと静まった。皆呆気に取られていて何も言えなかった。その沈黙を破ったのは、鶴丸国永。「君の言う通り、少し似ていたな」

すると皆口を開き始める。

「そうだな。どこか面影がある」

「優しい声も似ていましたね」

「そう、でしょうか? 」

本人は全くの無自覚だった。そんな皆を見て、彼女にも笑顔が戻って来る。それを見て鶴丸国永が彼女の前にしゃがむ。

「ん……これで、仲直りだ」

「え!あ、はい……」

「改めてよろしく。な? 」

「……はい!」

その場にいた全員が目を見開いた。何故かというと、まだ目尻に残っていた木花咲耶姫の涙を鶴丸国永が口付けで拭ったから。

彼女は何が何だかよくわかっていないらしく、しきりに瞬きをしている。皆何も言えずに固まっていたが、正気を取り戻し口々に言う。

「鶴丸殿……何をしているのですか!? 」

「何の真似だ、鶴丸」

「あまり……よろしくないですね」

「何って、仲直りだ!」

鶴丸国永の世界ではこれが仲直りらしい。

「江雪、今夜は焼き鳥にしないか」

「賛成です……」

「いいオーブンを買っておくべきでしたな」

皆冗談のようであながち冗談ではなさそうだ。その証拠に目が笑っていない。そんな皆を見て少し鶴丸国永は肩をすくめる。全く反省していないようだ。 皆で忘れかけていた昼餉を食べ、思い思いに過ごした。

 木花咲耶姫は現世に来て一日程しか経っていないためか、すぐに疲れてしまう。そのため、夕方まで自室で昼寝をしていた。その寝顔には今までの苦しそうな表情は微塵も見えなかった。




 彼女がここへ来てから一週間が過ぎようとしていたときの朝。

「咲耶姫さん、これから庭へ行きませんか? 」

「庭、ですか」

今日は非番だという江雪左文字に声をかけられる。彼もいつの間にか、彼女のことをフルネームでは呼ばなくなった。彼女が、長いから好きなように呼んで構わない、と言ったためだ。

「ええ。花の手入れをします」

「お花が見れるんですね。行来たいです!」

 こうして、庭で花の手入れをすることになった。しかし、お互いに髪を見て思う。邪魔ではないか、と。「髪、結わえた方が良さそうですね」

「私も、ですか……はぁ」

確かに江雪左文字は髪は長いとはいえ男だ。多少の抵抗はあるだろう。

「しかし、汚れてしまいますので」

「……分かりました」

そう言うが早いか、江雪左文字はパパッと髪を束ねる。木花咲耶姫は自分の髪を結わえながら彼女は思う。乗り気では無いように見えたが、実は慣れているのではないか、と。そして女の形を成している自分よりも髪が長いのが解せぬ、と。庭には色とりどりの花が咲いていた。

「たくさんありますね」

「手入れと言っても、すぐ終わる程度ですから」

要するに、もう時期が過ぎているものはそのままに。これからのものを手入れするのだとか。雑草を抜いたり、不要な葉を切ったりするだけらしい。初めてのことばかりで、彼女の心は弾んでいた。 日差しも強くなく、とても作業しやすい環境の中、何でもない話に花を咲かせながら進めた。彼女はこんな日々がずっと続けばいい、と思った。

 でも、それは叶わなかったのだ。

 この町には、以前からある噂があった。

『__は、___に_されちゃうらしいよ』




 ある日の、日が傾き始めた頃。居間には皆揃って座っていた。木花咲耶姫と……鶴丸国永以外は。

「鶴丸、遅くないか? 」

「今日はお昼過ぎまでだと聞いていましたが……」

鶯丸と一期一振が首をかしげる。そこに、江雪左文字が短く息を漏らす。

「一刻ほど遅れると鶴丸さんから連絡が入っていました」

「それにしても遅いな」

さすがにもう帰ってきている時間のはず。

皆、胸騒ぎがした。

「鶴丸殿……こちらからも連絡を入れてみましょう」

一期一振が電話をかけるも、応答はない。音沙汰がないことに、さらに皆の不安を掻き立てた。

しばらくして、玄関の扉が開く音がした。様子を見に行った一期一振が短く叫び声をあげる。

その叫び声の後、一期一振に体を預けながら歩いて来る色素の薄い体。

赤に染まった鶴丸国永の姿があった。

「何があった!」

「……はははっ、先程ちょいと襲われてなぁ。老体にはきつい……しかし驚いた。……ああ一期、もう大丈夫だ」

1人で歩き出した彼はまっすぐ木花咲耶姫の部屋へ向かっていく。皆が止めようにも、用がある、と足を進めていく。

 部屋でのんびりと読み物をしていた木花咲耶姫だが、物音に気付き、鶴丸国永を見た彼女は絶句した。

「鶴丸様!どうされましたか!? 」

「いやぁ、結構深手だなぁ……ここは手入れ部屋はあったかな……」

「部屋はないが、道具はある。今すぐにでも手入れだ」

「でしたら、私が致しましょう」

彼女自身やり方など分からなかったが、目の前の状況を放っておくこともできない。そこまで彼女も鬼ではない。

「では、咲耶姫さん、お願いします……」

鶴丸国永を部屋へ入れ、準備に取り掛かる。そこでふと気付く。

「あの……刀は? 」

「刀……ああ、部屋、だな……」

それっきり鶴丸国永は目を閉じてしまった。そこに鞘の白い刀を持った一期一振がやって来た。

「やはり、眠ってしまわれたか……。よろしくお願いしますね」

「はい」

木花咲耶姫は鞘からそっと刀を引き抜いた。

「酷い……」

刀自体は攻撃されていないにも関わらず、刃こぼれが酷かった。

これが、付喪神の弱点。付くものと肉体は一心同体が故、どちらかが傷つけばもう片方も傷つく。

こんな酷いこと、一体誰がするのだろう。彼女はそう思いながら刀をそっと手に取り、柄と鍔を外す。

教わった通り、打ち粉を塗した棒で軽く叩いていく。壊れないように、慎重に。布で磨きながら、打ち粉をつけていく。この作業の繰り返しだ。元通りになるまで。

 そこで、先程外したハバキに透かしがあることに気づいた。

「直せるのでしょうか……これ」

それは元々はとても繊細かつ綺麗なものだったにちがいない。しかし、そこには大きくヒビが入っていた。

「直らなかったらどうしよう……」

不安がこみ上げて来る。いや、それでもやらなければいけない。時間が経つのも気にせず、手入れを続けた。

 2時間ほど経って、ようやく半分ほどが終わろうとしていた。

「ふぅ」

「ん……あれ……あ、姫さん、じゃないか」

「まだ眠っていても構いませんよ? 」

「いや、ゆっくりしたからな……まだ、手入れ中だったか」

木花咲耶姫の手元を見てぽつりと呟く。

「珍しいですか? 」

「いつもは刀身と肉体は別の場所だったからなぁ」

「そうですか……後、2時間はかかりますけど」

そう言うと驚いたように目を見開く。と言うより、すでに口に出ているが。それを見た彼女は不思議そうに首をかしげる。

「どうかされましたか? 」

「普通、軽く10時間はかかるぞ? 」

その時間を聞いて今度は彼女が驚く番だった。何故自分はその半分以下で終わらせようとしているのか。

「神様だし、人間より神力が強いからかもな」

「なるほど」

「じゃぁ俺、皆に会って来る」

「分かりました。ですが、お気を付けて」

「はいよ」

 鶴丸国永が出て行った後、彼女は2時間と言っていたところを、半分の1時間で終わらせた。さすがに神力の使いすぎだったのか、眠たくなってくる。刀身を柄に戻し、鍔をはめ、鞘に収める。

「ちょっと寝よう……」

 ここへ来て早1か月。暮らしには慣れても疲労は溜まる。彼女は刀を抱きしめたまま深い眠りに落ちていった。

 「皆、心配かけて悪かったな!」

明るい声が居間に響く。それに他のものは一斉に視線を上げ、振り向く。

「もう、大丈夫なのですか? 」

台所に立っていた江雪左文字が問いかける。

江雪左文字は相当心配しているような声色だが、心配されている当の本人はは飄々としている。

「鶴丸殿、傷も消えていますし、もしや手入れは終わったのですか? 」

「姫さんは後2時間かかると言っていた。少し傷も残っているぞ?」

そう言って背中の辺りをちらりと見せた。

 鶴丸国永は10時間、と言っていたが、実際はもっとかかる。練度もあり、眠りに落ちてしまうほどの重症だったのだ。

「ここに手伝い札なんてあったか? 」

鶯丸の問いかけに皆首を横に振る。本丸で使っていたものなどはほとんど持ってきていなかった。

まさかこんな事態になるとも思っていなかった。事情を知っている鶴丸国永は話し始める。

「なるほどな。で、そろそろ夕餉だ。咲耶姫を呼んでこよう」

「いや、やめておけ」

呼びに行こうとした鶯丸を鶴丸国永がやんわりと引き止める、それに他の二人も乗っかる形で制止した。

「もしかしたら、疲れもあり、眠っているかも知れません……」

「お目覚めになってからでも大丈夫でしょうな」

「後に改めて礼を言いに行くとするか」

 先に夕餉を取り始めた4人は最近の仕事の進捗状況について語りあう。4人がそれぞれ職場は違うため、毎回この話はかなりの盛り上がりを見せていた。

「最近、私もだいぶ実績を上げられているようです……」

「始めは自信がない、としか言わなかったからなぁ」

「私も順調ですよ」

「いいじゃないか。……しかし、一期は寧ろ不調な時が思い浮かばんが」

 楽しく談笑する4人は、彼女が1人魘されているとは知る由もなかった。




 木花咲耶姫は夢を見ていた。

ここは______闇。

何もない。

何も見えないし、何も聞こえない。

冷んやりとした空間。遠くからコツコツと靴の音が聞こえる。それはだんだん近づいて来る。そして彼女の前でピタリと止まった。

「ねぇ、君」

目の前の黒い影から声をかけられ、思わず肩が揺れる。

「歴史を、変えたいとは思わないかい? 」

「歴史を……変える……? 」

影は顔が見えないにも関わらず、木花咲耶姫にはケタケタと笑っているように感じて怖かった。

「君の国は今も壊滅状態だ。暮らせるようになるのもだいぶ先になるだろう」

「……」

「身内も、恋人さえもいなくなった」

「何故、それを……」

このことはあの4人と従者しか知らないはず。

なのに、何故。これは、彼らのうちの誰かなのだろうか。

そんな彼女の疑問には答えず、黒い影は続ける。

「俺なら、君の居場所、家族がいなくなったことを無しにできる」

「っ……」

頼めば、きっとすぐに返って来る。彼女が生まれ育ち、神として生きて来た場所も。彼女をここまで育てて来た両親も。大切な姉も。愛してくれた恋人も全部全部。

「また会えるものなら……会いたい……帰りたい」

「そう、それで良いんだよ。嫌なことは全部無しにして、幸せだけを感じていれば、それで良い」

黒い影は手のようなものを差し出して来る。この手を取れ、ということだろう。

彼女は何の躊躇いもなく手を伸ばした。自分の失ったものを、もう一度取り戻せるのであれば、その思いで。

あともう少しで触れるというところ。

「さ……咲耶姫……咲耶姫!」

誰かが彼女を呼ぶ声がして、彼女は暗黒の世界から覚めた。

 彼女が目を開け、最初に目に入ったのは、必死に名前を呼ぶ鶯丸。

「鶯丸様……」

「咲耶姫、何を見た」

本当は聞かずとも鶯丸は全て知っている。彼女が時々夢で見たことを口に出していた。だが、彼女の口から聞きたかった。

「両親や、瓊瓊杵命様、居場所を……取り戻せ______」

「駄目だ」

木花咲耶姫が言い終わらないうちにきっぱりと鶯丸が遮る。その瞳はいつもの穏やかなものでは無く、真剣そのものだった。

「どうしてですか?……どうして、幸せを願ってはいけないのですか? 」

「歴史を変える、と言われなかったか」

「はい……」

「咲耶姫、歴史は歴史だ。良くも悪くも」

「……」

普段よりしっかりとした口調で話す鶯丸に、彼女はただ黙るしかなかった。だが、心の奥底ではまだ疑問だった。不幸の後に幸福は訪れない。今回のことで彼女は身をもって知った。

「一つ変えれば、その後が全て狂ってしまう」

「でも……」

簡単な話だった。

 例えば、織田信長が本能寺の変でこの世を去らなければ、江戸幕府は無かったかも知れない。新撰組が新明治政府に破れなければ、鎖国は未だ続き、まだ国民は和装で暮らしているかも知れない。

「刀の付喪神である俺たちは、それを食い止めることが目的で生まれた。だからよく分かるんだ」

彼女もこのことは初耳だった。確かに、何の目的も無しに生まれるのはおかしな話ではあるが。

「特に……一期あたりだとよく分かると思う」

「一期様、ですか? 」

「ああ、彼は______」

彼が言おうとしていることは、彼女には想像もつかないことだろう。一呼吸置いた鶯丸は再び口を開く。

「過去に擦り上げられ、そして……火災で燃えているんだ。そして燃えた後も磨り上げされている」

「燃え、て……そんな」

あんなに毎日笑顔で、楽しそうに日々過ごしているように見える一期一振。そんなことがあっても笑っていられる。強い人だな、と彼女は思った。

「忘れているわけではない。それを払拭できるくらいの幸福を求めているんだ」

「だったら、私は……私は……!」

今まで堪えていた涙が一気に溢れ出る。鶯丸はそんな彼女の背中を、赤子を宥めるように軽く叩く。その顔にはいつもの優しさが戻っていた。

「泣きたいだけ泣くといい。そして君の国へ帰るまでに、ここで一つでも幸せを見つければいい」

「は、い……」

 鶯丸は木花咲耶が泣き止むまで、ずっと側にいた。

 「あの、もう大丈夫です」

「落ち着いたか? 」

「ありがとうございます」

先程まで泣いていたせいか、少々目元は腫れていたが、あの悲しそうな瞳はない。それに加え、お腹が空いた、とも言う。

「珍しいな」

「そういう気分です」

「まぁ、太るなよ? 」その言葉に木花咲耶姫はカッと顔を赤くする。客観的に見れば気にするほどの体型でもないようだが、本人は気にしているようだ。

「失礼じゃないですか!? 」

「冗談だ、冗談」

そんな話をしていると、襖の向こうから明るい声が聞こえて来た。そして、そのまま襖を勢い良く開け放ったのは、鶴丸国永。そしてしばらく固まる。

木花咲耶姫と鶯丸は未だ寄り添ったままだったのだ。

「やぁ、鶴丸。咲耶姫の夕餉の支度がで来たか? 」

「あ、ああ、そうだ……驚いたな……」

「では、咲耶姫、行くぞ」

「は、はい」

目を見開き口をあんぐりとさせている鶴丸国永を横目に、2人は部屋を出て行った。 鶴丸国永はしばらく黙っていたが、やがてふるふると震えだした。その顔は笑っているようにも見える。

「面白くなりそうだ、な……い…………れよ……」

最後に呟いた言葉は、ほとんど声にはなっていなかった。

彼女は一体どこまで鈍感であれば気が済むのか。当の本人が無自覚なのはよくあるパターンだ。だが、さすがに気が付いてもいいのではないか。そんなことを思いながら彼女の部屋の襖を閉める。込み上げて来る笑いと、一縷の悔しさを覚えながら、彼は居間へ向かった。

 木花咲耶姫が1人食事を始めた頃、一期一振がふと口を開く。

「そういえば、鶯丸殿、咲耶姫様をお連れするの、遅かったですね」

「まぁ、そうだな」

「何かありましたか? 」

そのやり取りを聞きながら、1人思考を巡らせる鶴丸国永。どうしたものか、と。この場で本当のことを話してしまおうか。否、それをしたところで一体何になるというか。結局何も言わないでおくことにした。

「咲耶姫が声をかけても起きなくてな。相当眠りが深かったようだ」

「そ、そうですね……ご迷惑おかけしました」

鶯丸がまるで何事もなかったかのように振る舞ったので、木花咲耶姫は咄嗟に話を合わせる。一期一振は特に疑問には思わなかったようで、そうですか、と言って湯呑みに口を付けた。

「そういえば、明日は一期さん、非番でしたよね」

今まで無言だった江雪左文字が尋ねる。どうやら、一期一振だけがこの屋敷に残るようだ。

「俺、忙しいなぁ……いやはや参った」

「鶴丸は普段呑気にやっているから当たり前だろう」

 それを彼女はじっと見ていた。彼としばらくいなければいけないのかと。正直に言うと気まずかった。

なんせ、彼女は神域にいたあの時と同じくらいの感情を抱いてしまったから。あの絶望を感じた時、もう二度と抱くことはないと思っていた。寧ろ抱いていけないとも思っていたかも知れない。また、誰かを好きになるなんて。

 食事を済ませ自室に戻ったあと、木花咲耶姫は1人物思いに耽っていた。誰かを好きになる。普通なら喜ばしいことだというのに、彼女にはそう感じられなかった。感じられない理由があった。

彼女が好きになった相手には散々迷惑をかけた。不快な思いもさせた。一時は消したくてしょうがなかった。 

しかし、共に暮らしていくと、ちょっとした彼の優しさに気付いてしまった。常に周りをよく見ていて、気配りができる。当たり前と言えばそれで終わりだが、彼女はその優しさに惹かれてしまった。 

それでもきっと、この気持ちをぶつけてしまったら駄目、おしまいだ。彼女の直感がそう告げる。呆れられるか、今度こそ本当に嫌われてしまうかも知れない。 

何よりも、この屋敷内の雰囲気を壊すのが怖い。

「でも、そうしないと成神にはなれないし……」

神は誰かと縁を結び、神の世継ぎを生む。それができるようになって初めて本当の神、つまり成神と認められる。成神になれば、神力も増え、できることが増える。木花咲耶姫は、そういう姿に幼い頃から憧れていた。

「好きです、って言ったらどんな顔されるのだろう……」

困った顔?

呆れた顔?

嫌悪を露わにした顔?

彼女の頭には悪いことしか浮かんで来ないのだ。

 しばらく考えながらそわそわしていると、襖越しに声をかけられた。

「咲耶姫さん、湯浴みの支度ができましたので、呼びに来ました」

「あ、江雪様……私は後でも……」

「女性を優先するべきと、みなさん考えていますので……」

「あ、で、では、お言葉に甘えて」

彼女は支度を整え、浴場へ1人向かった。

 木花咲耶姫は身を清め、ちゃぷんと湯船に浸かる。そこで考えてしまうのは、また先程のこと。

「どうして、これしか頭に浮かばないの……」

そう言う彼女の声は震えていた。

もどかしい。

切ない。

辛い。

なのに恋しい。

正の感情と負の感情が入り乱れ、思考の整理がつかなくなっていた。

「姉様なら、何て言うのかな」

また、いない人のことが浮かぶ。昔から過去を引きずるのは彼女の悪い癖だった。頭で振り切ろうとしても、心がそれを許さない。

「駄目だ……頑張らないと……」

 そこで彼女の思考は再び戻る。また、顔を合わせられなくなってしまう。自らの想いを伝えることもできずに、ただ時が過ぎ、感情が薄れるのを待つのか。それも彼女にはできそうにない。

 だが、この和気藹々とした雰囲気を壊すのもどうだろう。

嫌に決まっている。いつ帰れるかも分からない。なら、せめてその間くらい平和に過ごしたい。

「でも、このままで……本当にいいの? 」

自問自答のように呟く。わがままを言えば、このままでいたくない。自分の気持ちに素直になりたい。

「言って、みようかな」

そう静かに呟き、彼女は逆上せないうちに浴場を後にした。

 翌日。ぐっすり眠ったおかげか木花咲耶姫の目覚めは良かった。朝餉もいつもより若干だが多く食べた。

 でも、その後で不安に駆られる。昨日あんなことを考えたはいいものの、実行するとなると話は別だ。

拒否されたらどうしよう、とそんなことばかり考えてしまう。焦りと不安でどうにかなりそうだった。

 3人を送り出した後、彼女はずっと部屋にいた。それでも全く落ち着かない。なんせ、隣にいるからだ。今何をしているのか、何を思っているのか。そんなことばかりが気になってしょうがなかった。

「……駄目だ」

読み物でもすれば気が紛れると思ったが見当外れだった。全くと言っていいほど集中できない。

 1人でモヤモヤしていると、隣で襖が開く音がして、足音が近づいて来る。間も無くして声が聞こえた。

「咲耶姫様、少しよろしいですか」

「は、はい」

できるだけ落ち着いているように振る舞った。けれど、やはり緊張して返事もうまくいかなかった。

「せっかくの良い天気ですし、どこかへ食事に行きませんか」

「えっ……」

よりによってこんな時に。そう思って戸惑っている彼女を見て誘った一期一振は首をかしげる。

「何か、用事でもありますか? 」

「い、いえ!」

「では、支度が済みましたら居間へ来てくださいね」

「わ、分かりました」

一期一振の誘い方は少々強引ではあったのだが、断わってしまうのも変だろうと思い承知した。

 しかし、心臓はバクバクと音を立ててうるさい。それを無理矢理振り払うように支度に取り掛かった。

 何とか身支度を整えた木花咲耶姫は、約束の通り居間へ向かった。

「一期様、お待たせしました」

「っ……はい、では行きましょうか」

木花咲耶姫はできるだけ変にならないように着物を選んだつもりだった。しかし一期一振はサッと目を逸らす。

やはり、変だっただろうか。

元々着物は神域で着ていたものだから町の流行には確かにそぐわないかも知れない。色遣いも少々派手ではある。

不安になりながらも彼女は一期一振の後に続いた。

「あの……」

「何ですか? 」

「変、ですかね……これ」

「いえ、そのようなことはないと思いますよ」

「そうですか。なら、良かったです」

もちろん、一期一振が耳まで赤くしていたことを彼女は知らない。

 町は適度に賑わっていた。お昼時ということもあってか飲食店は混んでおり、中々入れずにいた。

 空いているお店を探してしばらく歩いた時、ふと一期一振が問う。

「疲れていませんか」

「大丈夫ですよ」

「足が痛くなったりしたら、遠慮なさらずに」

「はい」

下駄を履いている彼女への優しい気遣いだった。彼女は履き慣れていたので音を上げることは無かったが。

 またしばらく歩いたところに、小洒落た喫茶店を見つけた。比較的空いており、すぐに入れそうだ。

「ここで構いませんか? 」

「いいですよ」

木花咲耶姫は先程から、彼女は一期一振の気遣い、小さな仕草一つひとつに胸が高鳴っていた。返事も相槌程度しかできない。

 そんな彼女に気付いているのかいないのか、一期一振は彼女の手を取った。

「足元、段差がありますので」

「ありがとう、ございます」

また、ドキドキさせられる。

せっかくの食事の味すらもほとんど覚えていないくらい、彼女は逆上せ上がっていたのかも知れない。

 帰路につき、部屋に入った彼女は気持ちの整理をすることにした。

木花咲耶姫は色々考えた。何でもないことなのにうまく話せない。隣にいると思うと緊張してしまう。こんな状況で、想いを伝えることなどできるのか。

「でも、後悔だけはしたくない……」


腹を括った木花咲耶姫は、思い切って隣の部屋へ向かう。そして一回深呼吸をしてから口を開く。

「一期様、いらっしゃいますか」

「ええ」

すぐに声が返って来る。声が上ずりそうになったが、何とか抑え、少し話がある、と伝える。

「立ち話も何ですから、お入りください」

「お、お邪魔します」

一期一振の部屋に木花咲耶姫が入ったのは久しぶりになる。もちろんあの時とは真逆の感情だった。座布団を用意しながら一期一振は問う。

「それで、用というのは? 」

用意された座布団に腰を下ろしながら、意を決する。回りくどいことはしない。単刀直入に言ってしまおう。

「あの、私……」

「……? 」

彼女は息を大きく吸い込み、極度の緊張で体は強張りながらも自分の想いをそのまま言葉にした。

「私、い、一期様のことが、す___!? 」

しかし、彼女はこれ以上言葉を紡げ無くなった。それは、一期一振のしなやかな指が彼女の唇にあったから。

「それ以上、言わないでください」

「……」

やはりか、と彼女は肩を落とした。こんな図々しいことはないだろう。食事に誘ってくれたのも、気まぐれだったのか。そう考えた途端に彼女は虚しくなり、気が付けば部屋を飛び出していた。昨日も泣いていたな、と呟きながら、また涙を流した。

 木花咲耶姫の部屋の前に来ている一期一振は酷く後悔していた。こんなことになるとは彼自身も思っていなかった。悪いことをした、と。「咲耶姫様、私からも話があります」数秒の間の後、襖が少し開かれる。でも、それだけ。

「咲耶姫様……? 」

隙間から顔を覗かせた彼女。その目は泣き腫らしたために赤くなっていた。

「聞きたく、ありません……」

彼女は弱々しい声でそっと呟く。だが、一期一振もここで大人しく引くわけではない。自分の話を、聞いてもらわなければ困るのだ。

「あなたが、急に飛び出して行ってしまうから」

「だ、だって……」

「私の話、どうか最後まで聞いてください」

そう言うと彼女は無言で襖を大きく開く。入れ、という合図だろう。一期一振はそれに従い部屋へと足を踏み入れ、彼女の前に座る。

「あなたは、大きな勘違いをしています」

「え? 」

「私があなたの言葉を遮った理由のことです」

その言葉に彼女は伏せ目になる。また、涙が一筋。

「あなたを嫌っているというわけではなく……その」

「? 」

しどろもどろになる一期一振を前に、彼女は疑問符を浮かべる。何が言いたいのか彼女には分からない。「そ、そういうことは、男である私から言わねば、気が済まんのです……」

「そういうこと……? 」

とことん鈍い彼女に今の言葉では伝わらなかったようだ。一期一振は畳に伏しそうになるのを抑え、深く息を吐いた後、木花咲耶姫との距離を若干詰める。涼しい風が二人の間を通り抜けた。

「ですから、咲耶姫様、あなたのことを好いているのです」

「そ、そんなの……」

こんなにも回りくどい言い方をしてやっと伝わったか、と一期一振はは心の中で自分に呆れた。変な言い回しはせず、率直に想いを伝えて来た木花咲耶姫の方が、いい意味でよっぽど男らしいのでは、と。

「お返事は、今いただけますか? 」

そう言われて木花咲耶姫は首を縦に振った後、口を開いた。

「不安だったんです。迷惑をたくさんかけて、不快な思いまでさせてしまって」

彼女の言葉が紡ぎ終わるまで、一期一振は静かに聞くことにした。本音が聞いてみたかったのだ。それでも、相槌を打つことはやめない。

「こんな図々しいことないな、って」

「……ええ」

「でも、私駄目なんです。自分の気持ちを隠しておくことがどうも苦手で、我慢なんてできなくて……」

「……」

「こんな私でも構わないのであれば、お側にいさせてください……」

そこで一期一振はふっと笑う。不安そうにこちらを見る彼女を落ち着かせるようにゆっくりと手を取る。「あなたでいい、ではなく、あなたでなければいけないのです」

「は、はい……」

「私の方こそ、改めてよろしくお願い申し上げる」彼女の心は満たされていた。彼女にとってこんなことは久しぶりだ。いつ来るか分からない迎えを待つのも苦しくない。きっと、幸せでいられる。

 しかし、彼女はこの時忘れていた。この町の、あの噂。

『__は___に_されちゃうらしいよ』

また起きるなんて、そんなこと誰も思わない。誰も信じない。もちろん誰も望まない。 しかし、世の中にはこんな言葉がある。

『一難去ってまた一難』

『忘れた頃にやって来る』

全く、よく言ったものだ。




 時が過ぎるのはあっという間で、夕刻。玄関先で静かな声が聞こえた。

「今帰りました」

「江雪様、おかえりなさい」

一期一振が夕餉の支度をしていたため木花咲耶姫が応対する。そんな彼女を見て、少し微笑む江雪左文字。普段無表情を貫いている江雪左文字が珍しく、だ。

「どうかなさいましたか? 」

「いえ。ただ、咲耶姫さん、どこか嬉しそうですね」

「あ……えっと、はい。まぁ……」

木花咲耶姫の態度は分かりやすかった。いつもより彼女の口角が上がっていた。きっと誰が見ても、いいことがあったように見えるだろう。

そして、江雪左文字の後方に白と緑の髪が見える。全員揃ったようだ。

「姫さん、一期と恋仲になったそうじゃないか」

「俺も流石に驚いたぞ」

「どこからそれを……」

どこの誰が。思い当たる人は……木花咲耶姫の頭には1人しか浮かばなかった。

「一期様ですか」

どうやら連絡したらしい。何故か疑問だった。こちらに利は一つもないはず。だが、そんなことはどうでもいいくらいに満ちていた。

「まぁ、君に嫌なことがあったら俺に相談するといいさ」

「こんなお気楽者に相談はごめんだな」

「ひどくないか?」

「皆様おかえりなさい。夕餉の支度が整いました」

賑やかで笑顔の絶えないこの屋敷。

誰1人欠けてはいけない。今はこの5人がいるからこそ笑いあえる。

誰もがそんな風に感じていた。




 町の某所にて。

「あーあ、鶴丸国永、生きてるんだ。やっと成功したと思ったのに」

黒服の男がポツリと呟く。

施設は鉄柵と有刺鉄線に囲まれており、怪しげな雰囲気に厳重な警戒態勢はつまり、関係者以外立ち入り禁止、というわけだ。

「それにしても……また増えたみたいだね。この前よりうんと神気が強くなってる。一体誰なんだろうね」

暗い部屋の中で、表情は見て取れない。目の前に控えている部下達を一瞥して、また口を開く。

「どんな奴か、調べてきてよ」

「……承知致しました」

スッと立ち上がった男は部屋を出て行く。

1人になった男。

「__なんてさ、いらないんだよね。特に____。必要ないし。まぁ、周りからしたら自分勝手な八つ当たりでしかないんだろうけど」

男は苛立っていた。自分の思うようにことが運ばない。そんなもの、全く楽しくない。

「あの時も、楽しくはなかったかな……」

無駄なものは全て排除し、必要なものを残す。そうすれば、無意味な争いも無く、町民は安心して暮らすことができる。_なんてものを信じ崇め、現を抜かすから失敗をする。なら、_せばいい。相手が何であろうと_してしまえば関係ない。

「_のいない世界、楽しみだ」

部屋の中で1人、不気味に笑う。足を組み、4枚の書類を見ながら。

「ここに、1枚増えるのかな。そうしたら、5枚だ」

この先に何が起こるのか、この男だけが知っている。




 「一期様、おはようございます」

「咲耶姫様、良い天気ですね」

いつもの会話だ。他愛のない話をしながら居間まで行く。そんな日々が彼女にはとても幸せに感じられた。

 しかし、居間で出た話題は神妙なものだった。

「この間、俺が怪我をして帰って来ただろう」

「鶴丸さん、それが何か? 」

怪我をした、といえば彼女が手入れをしたあの件だ。皆が今更何を、という感じの中、鶴丸国永は重々しく口を開く。

「どうやら俺たちのことを、嗅ぎ回っている輩がいるらしくてな」

「嗅ぎ回る、と言いますと……? 」

「俺たちが気にくわないのだろう」

「鶴丸、もう少し詳しく」

木花咲耶姫は動揺して口を開けなかった。気にくわない、つまりは存在を認めない、ということだろう。恐ろしいことだ。

 そこで彼女はハッとした。自らの分、神気が増えたから存在を嗅ぎつけられたのではないか、と。そう考えると途端に申し訳なさが込み上げてくる。自分がいなければ鶴丸国永が怪我をすることも無かったのではないか、と。

「あの、それ、私のせいですよね」

「咲耶姫様、何を……」

「いいんです。そうなんです」

彼女の神気は付喪神である彼らよりはるかに多い。この町に神気を感じることができる人がいるのであれば、襲われるのも時間の問題、ということになる。

「私、少し外を歩いてまいります」

彼女は、ただの散歩では無く”囮”として外に出る。自分のことは自分でなんとかしなくては。その思いで歩みを進めた。

 大通り。今日も今日とて賑やかだ。

「本当にいるのでしょうか……」

小一時間ほど彼女は歩いているが、襲われる気配はない。

所詮噂は噂。気にするほどでもないのか。

「戻りましょ……っ!」

何か気配を感じ咄嗟に結界を張る。しかし、一向に姿は見えない。

辺りを見渡すと通りに黒服の男が立っていた。その男はだんだんと近づいて来る。彼女はいつでも身を守れるよう力を溜め始める。

「名前を言え」

「あら、随分と失礼なお方ですね。人に名前を聞かれる前に、まずはじめにご自分が名乗るべきではありませんか? 」

本当は人ではないけれど、と彼女は心の中でくすくすと笑った。

「名を名乗れと言っている!」

男の手には一丁の拳銃が握られている。しかし、彼女にとって、それはどうでもいいことだった。なんせ、この男が彼女に敵うわけがないのだから。

「その程度の脅迫で私が物申すとでも? 」

「チッ……」

どうやら彼女は人を煽るのが好きらしい。

 男は我慢の限界か威嚇か、ついに発砲した。町民は何事かと野次馬を作り、中には泣き出してしまう人もいた。

 しかしその銃弾は虚しく彼女の張った結界を前に跡形も無く崩れ去った。男はなおも発砲するが、結果は同じ。彼女はただ立っているだけ。

「いい加減学習したら如何でしょう。そもそも、女性に取る態度ではありませんよ」

心底呆れた彼女は踵を返して戻ることにした。

 だが、この時彼女は致命的な過ちを犯してしまった。彼女自身もまだ気付いていない。大通りを去る時に、××を抑えていれば。

 「ただいま戻りました」

「咲耶姫様」

「一期様、どうかされましたか」

「私の部屋へ来ていただけますか」

帰宅早々そんなことを言われ彼女は戸惑った。だが、特別断る理由も無く、その申し付けに従うことにした。 部屋に入った一期一振は深刻な面持ちで座る。

「咲耶姫様、あなた、私たちの囮になるつもりでは」

「……」

いきなり核心を突かれ、彼女は黙るしかなかった。しかも図星なのだ。

「どうなのですか」

「だ、大丈夫です!私、割と強いですから」

これもこれで事実なのだが、一期一振の表情はピクリとも動かない。力とかそういう問題ではない、ということを暗示している。

「あなたは……1人ではないのです」

「……」

黙ったままの彼女に、一期一振はさらに畳み掛ける。

「鶴丸殿、鶯丸殿、江雪殿……私もいるのです」

「それは、重々承知しています」

彼女は幼い頃に1人で遊びに出かけ、怒られたことを思い出した。だが、彼女にもそれと今回の件ではことの重大さが違うことも理解している。

「私を……置いて行かないでください、どうか……」

彼女はハッとした。前に鶯丸が言っていた。

”再刃され、燃え、また再刃された”と。

自らが望まない運命を辿ったと。また、同じことを繰り返す。それはあまりにも酷な話ではないか。

「……申し訳ありませんでした。気持ちを考えずに」

「分かってくだされば良いのです。それと」

「? 」

「あなたが外出する際は必ず誰か一緒に行くようにします。いつ暴走されても止められるように」

「は、はい」

これは一期一振なりの防御策。しかし、木花咲耶姫には「木花咲耶姫はすぐ暴走するから気を付けろ」と言われているような気がしてならなかった。それでも、彼女は嬉しかった。5人に、正体も分からない者が迫っている。

 「……ということでよろしいですか」

「ええ、構いません」

「俺も問題ないぜ」

「いや、鶴丸には問題が山積みだろう」

彼女はさっそく会話に入れないでいる。先程話したことを皆に話して終わりかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

「鶯丸、それはそういうことだ? 」

「まぁあれだ。鶴丸は能力が全体的に儚げ、ということだな」

「……そうですね」

「おいおい、江雪まで肯定するのかよ」

「事実ですから仕方ないですな」

鶴丸国永は袋叩きにされたような心持ちで悔しく、頬を膨らませた。

「えっと……能力、というのは」

「要するにですね……」一期一振が簡潔に説明した。

 刀の付喪神たちはそれぞれ能力値というものが異なる。攻撃、素早さ、防御、といったところだ。 鶴丸国永はそれらが低い、ということらしい。

「今は刀装での補正は効きませんからなぁ」

「この中で一番強いのは江雪だろう」

「望んでそうなったわけでは、ありません……」

「だがなぁ、俺練度最高だぞ? 」

そこで彼女と鶴丸国永を除く3人は何を今更、という顔をする。そう、”練度最高なのは当然”というような顔。

「何十年顕現し続けているんだ、当たり前だろう」

「苦しみの期間……長かったですね……」

その期間は彼女には想像できないくらい長かったのだろう。彼女も直接現世に足を踏み入れたことは無かったため若干浮世離れしているため、想像に留まるが。

「と、とりあえずだ!俺は姫さんのこととなれば中傷にならなくても真剣必殺だぞ」

「本当ですかな」

「ああ、じゃないと一期、お前に斬られそうだ」

「……」

「い、一期様、黙らないでください、怖いです……」

張り付いた笑みを浮かべる一期一振は恐ろしいというレベルでは済まされない。若干の狂気を感じる。

「さて、ということでよろしくお願い申し上げる」

さっと一礼をして居間から出て行った。この時彼女は、一期一振は怒らせてはいけないと確信した。




 「おかえり」

男は座っていた椅子をくるりと回し、ドアの方へ目をやる、

「新しくここへやって来たのは女のようです」

「へぇ? 今までのとは違う感じだね」

「神気の量も付喪神には有り得ない程膨大ですので、女本当に神なのではないかと思われます」

静かな空間に冷酷さを帯びた声が響く。さらなる報告を視線で促す。だが、男の目は確信めいている。

「あの女、神気を抑えるのを忘れていたようで、居場所までは分かりました」

部下の帰りを待っていた男はにやりと笑った。とても満足そうだ。

「じゃぁ、チェックメイトだ」

机の端に置いてあった王を指で弾き落とす。それは何もかもを見据えたような恐ろしい目をして。

「……いつ頃に致しますか」

「うーん、少し待とうか。すぐだと怪しまれるかな」

この男、相当計算高く、今までの経緯を全て踏まえながら、答えを出した。

「よし、次の、__の月だ」

男の計画は順調のようだ。男にとっては楽しみ以外の何物でもない。

 1人部屋に残り、部下から受け取ったデータを眺める。

「いいところに住んでるね。もしかしたら、まとめてできるかも」

そこで男の顔に一瞬影がさす。そして短く舌打ちをした。

「ここ……まるで……あれみたいだな」

思い出させているのはいいものではないようだ。男は思わず歯ぎしりをする。

「建物も、消そうか」

冷んやりとした空間に、ワントーン低い声が響き、消えていった。




 数日後。皆が夕食の席に着いた時、木花咲耶姫は口を開いた。

「念のため、この建物と、皆さんの刀、お体に結界か術をかけておきましょうか」

彼女は唐突にそう提案した。

「いつ襲われても大丈夫なようにです」

「そんな驚きはいらないんだがなぁ」

鶴丸国永にして見れば、ただの冗談として笑い飛ばすこともできず、彼は乾いた笑い声を漏らした。

「しかし、何もないよりは断然いいでしょうな」

「仕方ありません」

江雪左文字は少し不服そうに眉を顰めたが、渋々了承する。どうも争い事は彼の性分ではなようだ。

「では、刀を持ってきていただけますか」

「分かった」

鶯丸の言葉を皮切りに皆それぞれの部屋へ向かう。

 しばらくして太刀を持ってやって来た。

「私の予想ですが、刀は火に弱いのでは? 」「まぁ、そうだろうな」

「金属、ですからね」そこで彼女は一期一振が黙っていることに気が付く。そこでハッとした。それと同時にしまった、とも同時に思った。

「一期様、私……ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」

気を取り直して術をかける。建物と刀は火の耐性、体は火と電気の耐性。

「何故電気なんだ? 」

「人の体は電気を良く通すと言われていますので」

「……一瞬で終わりですね」

「江雪、地味に怖いことを言うな」

尋ねた本人、鶴丸国永が肩をすくめる。この時誰も疑わなかった。彼女自身に術がかかっていないとは。

もうすぐ、__の月。




 皆かなり警戒していたが、何事も無く一週間が過ぎた。しかし、今日は少し様子がおかしかった。

「何か、不穏なな気配を感じますね……」

「確かに、今日はやたらと静かですな」

町にいつもの賑わいが見られない。嫌な予感がしたのは木花咲耶姫も同じだった。まるで何かが起こることを暗示しているようだった。

「上弦の、月……」

「姫さん、どうかしたか? 」

「い、いえ、ただ……神域が襲われたのも、綺麗な上弦の月だったな、と」

そう言って彼女は静かに空を仰いだ。彼女はもう、過去を振り返るつもりはない。それでも時々思い出す。思い出したくもなる。

楽しかったあの頃も、苦しかったあの時も。もう大切な人を失うのは誰でも御免だ。

 そこに、鶯丸が眉間にしわを寄せながら入って来た。

「なぁ、皆」

「鶯丸、どうした? 」

「外に誰かいる。そして何もないところに武器を振るっている」

「!……結界が……でも、結界が破れるとは考えにくいですね……」

咄嗟に玄関へ駆け出していた。

以前一期一振に言われたことはもちろん覚えている。しかし、結界を何とかできるのは彼女しかいない。

「何者ですか!」

「君かな、新しく現世に来た神様って」

「だったらどうします」

ここでも煽っていく姿勢はあの時と変わらない。こんなことは彼女にとって愚問。答えは出ていた。

「消すよ。跡形もなく、ね」

「……もう、1人は嫌……」

「そっか……。だったらみんなまとめて綺麗に消してあげるよ。元々そういうつもりだったし」

やって来た男は不気味に笑みをこぼした。

彼女は一瞬寒気がして怖気づいたが、身を奮い立たせる。木花咲耶姫は、そっと結界の外へ出た。この時、彼女の中で何かが音を立てて切れたような気がした。

「結界を破ろうなんて、無駄なことを」

「……君が消えたら結界も消えるかな? 」

「やれるものなら……やって御覧なさい」

彼女の紅蓮の瞳がギラリと光った。守ら無くては。その一心。

「咲耶姫様……!? 」

「一期様、どうなされましたか」

「いえ、何でもありません」

明らかに男を見て動揺している。きっと、顔見知り。彼女は推測で申し訳ないと思いながらも口を開く。「以前鶴丸様達が言っていた、審神者、というやつですか」

「え、あ……」

「あ、君、俺のところの一期一振だったのか」

図星のようだ。金色の瞳が悲しげに揺れている。残念ながら、喜びの再会というわけではないようだ。

「屋敷に戻っていてください」

「一期一振、残れ」

二人の、それぞれの言葉が一期一振の耳に届く。

「あなたは誰にも囚われることはない」

「で、ですが……」

「一期様!」

「なぁ、忘れたわけじゃないよな? 俺が一期一振……お前を手に入れるために一体何をしたか」

これは彼女も初耳だ。明るい話ではないだろうから言わなかっただけだろう。そして、この言葉が次第に一期一振の心を蝕んでいく。



 まだこの男が審神者をしていた時のこと。

「今日も、駄目かな……」

何故だか男の本丸には一期一振が来なかった。同じ刀派の刀剣男士を連れて行けば来るかも知れないと、部隊には粟田口が数名組み込まれていた。

「頼むよ、部隊長」

「……主命とあらば」

 合戦場、武家の記憶。場所は、阿津賀志山。部隊を組んでいるのは太刀が一振り、打刀が二振り、脇差が一振り、短刀が二振り。

 戦況は非常に危うかった。短刀の刀装はとっくに剥がれ、検非違使との戦闘による重傷者も多数。

それでも進軍し、一期一振を連れてこい、というのが主の命。主の命は絶対だと部隊長の打刀は言う。

やっとの思いで最深部にたどり着いたが、ここで毎回悲劇が起きていた。今回の出陣も例外ではなかった。

「この俺が、折れたかよっ!」

「虎くん、みんな……逃げ、て……」

「死ぬか……まぁいい。記憶の残りかすも、これで消える……」

今回の進軍の被害は大きかった。脇差までもが姿を消してしまったのだ。戦況は芳しくなかったが、残された太刀と打刀は、敵を一掃した後、刀を拾った。

「私は一期一振。藤四郎は私の弟たちですな」

3人は言葉を失った。

たった今、部隊にいた粟田口が全て消えてしまったのだから、どう話しかけるべきか分からなかった。

 結局、審神者に対応を任せることにした。

 そうすると審神者は、そのことを何の躊躇いも無く一期一振に告げた。

「私は、弟たちが皆揃って笑っている姿が見たかったのです。それが叶わないのであれば、私はここにいる意味はありません」

常に弟のことを第一に考えて来た一期一振だ。当然の返答だった。

「でもね、ここに顕現してしまった以上、俺の命令には従ってもらわないと困る」

「あなたのような人を自らの主と認めたくありません」

「意外と物分かりが悪いね、君。何かを得るためには犠牲が必要なんだよ」

一期一振には納得できない理由だったが、周りはそうしている、と聞き、協調性を欠くことをしたくなかったため、渋々了承したのだった。

 審神者が欲しがっていただけあって、一期一振は1ヶ月足らずで練度が最高に達したのだが、一期一振は虚しさしか感じられなかった。

「弟たち全員に、この姿を見せてやることは叶わんのですか……」

一期一振はやたらと静かになった部屋で、らしくないとは思いながらもさめざめと涙を流した。

 さらに、悲劇は続いた。

 阿津賀志山の次は池田屋の記憶、三条大橋だった。

部隊を組む時も短刀は粟田口が多いため、同じことの繰り返しだった。

「結構余裕じゃない? 」

「何とかなりそうですね!」

橋の上での戦いは概ね高戦績だった。若干刀装が減り、槍から攻撃を受けたものははいるものの、順調だった。

 数戦橋の上で戦うと橋が終わり、市町地に出た。そこに現れた敵は、どこか違う。何が違うのかも分からなかったが、そんな雰囲気は感じていた。

「みんな、いきますよ!」

部隊長の、下駄を履いた刀が白く長い髪を揺らしながら飛びかかった。

「あはっ、うえですよー!」

渾身の一撃を放つも、倒し切れず、残ってしまった。敵も反撃なのか容赦ない一撃をお見舞いして来る。刀装も少しなくなってしまった。

 それでも先に進んでいくと、戦況は険しくなった。槍が毎度といっていいほど敵部隊におり、それがなかなかに手強い。

倒せない間に負傷者は増えていったが、何とか最深部に到達。

「強敵ですね……」

「酷いよ……こんなにするなんて……」

それでも彼らは奮闘した。自らの力を信じて。仲間を信じて。

 しかし、またあれが起こってしまった。

「駄目だよ……まだ、ボク……」

「負けた負けた……もう、終わりでいいよね……」

 それからしばらくして、短刀の笑い声は本丸から完全に消え去った。審神者も部屋に篭りっぱなしで顔を見せなくなった。

 夜な夜な審神者の寝首を掻くつもりなのか、刀を持ち審神者が眠る部屋へと向かう紫の髪をした男。

「本丸一番の古株だからこそ、俺が救わなければいけない」

以前、同じ主に仕えた青い髪の幼子。幼子とは言え、好戦的なところは自分とどこか似ていた。その幼子も、今はいない。

 襖をすっと開き、刀を抜く。審神者の首めがけて刀を振り下ろそうとした時、背後に何者かの気配を感じた。

「君は……」

小柄な体型に、カールした柔らかそうな白いと、オレンジのメッシュ混じりの毛髪。全体的に色素が薄めの少年はにっこりと微笑んだ。

「もう、大丈夫ですよ」

「……何がだい」

紫の髪の男には何が大丈夫なのかが分からない。この本丸を見渡して、どこに大丈夫だと思える要素があるのか。

「時の政府から今しがた連絡がありました。本丸は解体になるそうです」

「解体? 」

その言葉を聞いても何が起こっているのか分からなかったが、とりあえず男は納刀することにした。

「はい、遡行軍、検非違使はいなくなりました」

「俺たちはどうなるんだい」

「幸せに暮らせますよ」

「そう、か」

「明日の昼には皆さんバラバラです」

少年はもう一度粟田口の、自分のことを大きめというあの子に会いたかった、と言いたいのをぐっと堪えた。

 以前の戦いで、この少年は運よく無事帰還。しかしあの子は……。今でも思う。あの子も自分と同じ幸運の刀なのに何故、と。

「君も、幸せに」

「……そうですね!俺は、幸運を運ぶ刀ですから」

「そういえばそうだったね。……では、寝るとしようか」

「はい、おやすみなさい」

少年は散り散りになる前に、一期一振と話そうと思った。

 翌日、本丸解体の話を聞いた審神者はかなり不機嫌のようだったが、その審神者に仕えている刀は安堵の息を漏らした。随分と久しぶりに笑顔が咲いていた。

「一期一振さん、少し話いいですか? 」

「……ええ」

元々一期一振とこの少年は前の主のこともあり仲はそこまで良くなかった。だが、話したいことが少年にはあった。

「一期一振さん、どこかへ行っても、俺はあなたの幸せを願ってます」

「ははっ……」

その言葉に一期一振は自嘲的な笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

「この絶望を抱えたまま、幸せになどなれませんよ」

「いいえ、俺は祈ってますよ。一期一振さんが辛いことを思い出さないで済むような所で暮らせますように、って」

「思い出さないで済む? 」

「例えばですが、粟田口の皆さんがいない場所、楽しい方がいらっしゃる場所。寧ろ1人というのもいいかも知れないですが、とにかく色々ありますよ」

この少年が自分になんの隔たりもなく気さくに接して来ることに一期一振には少し戸惑いを覚えた。

それでも、この少年はさすがだな、と感じた。

「あなたがそう願うのなら、私も頑張らなければいけませんね」

「そうですよ、人は誰しも幸せになる権利があるんです」

 その言葉を最後に、一期一振と少年は別々の場所へと向かって行った。




 「どう? これが一期一振の過去。なかなかでしょ? 」

「あ……ああああああああ!!」

「一期様!」

叫んだ後、糸が切れたように一期一振は地面に崩れた。

「しっかりしてください」

「一期一振、この女を斬れ」

男がそう告げた瞬間、一期一振は起き上がった。しかし、綺麗だった金色の瞳は赤く染まり、鋭い視線を木花咲耶姫に向けている。

「一体何を」

「簡単なことだよ。君の思いより、俺の思いが通じたってこと」

彼女は胸が苦しくなった。

自分は一期一振にとって何だったのか。

あの言葉は嘘だったのか。信じたくはなかったが、その現実を突きつけられたような気がした。

「おっと、姫さん泣かしてくれるなよ? 」

「1人で暴走するんじゃない」

「嫌な……空気でしたので」

後ろから皆がやって来る。そして、一期一振の姿を見て唖然とした。

が、それもほんの一瞬のこと。敵意は男に向けられた。もちろん皆刀を向けるが、それを彼女はやんわりと止めた。

「一期様のお相手は私が致しましょう。皆様はそっちと……降雪様には私の背後を任せても? 」

「当たり前だな!」

「背中は私にお任せください」

「恐らく立っているだけですが……」

「刀は振わぬ方が良いのです」

彼女はそう思って江雪左文字に頼んだ。前線に立たせるのは幾分申し訳ない。

「いざという時は致し方ありませんが」

「……あ、アァァァ!」

苦しそうな声を上げて一期一振が襲いかかって来る。どう考えても狂っている。完全に男に支配されている。

そこで彼女はあることを思い出した。

彼ら全員に術をかけ、神力を増強させていたことに。一期一振の術を解けば倒すのは容易になる。だが、彼女の目的は倒すことではない。

「一期様を、返していただ来ます!!」

「今、何を言っても聞いてくれないと思うけど? 」

男は余裕ぶった笑みを向ける。

それでも、一つだけ方法はある。

「己の無力さを思い知りなさい!」

一期一振は木花咲耶姫めがけて刀を振るって来る。しかし、それが彼女に届くことはない。寧ろ一期一振の方が押されている。彼女はただ立っているだけだというのに。

「目を覚ましてください」

「黙れ……黙れ!」

普段の振る舞いからは想像もできないような口調で叫ぶ。本当に彼女のことを忘れているかのようだ。

「何が……分かる」

「何も分かりませんよ」

そう。彼女は何も知らない。出会ってからの一期一振しか知らない。以前のことを多く語っていなかった。聞き出すのも申し訳ないと敢えて聞かなかった。

「私のこと、忘れてしまわれましたか」

「ウゥ……ぁ、ああ……」

「私のことを好いている、というあの言葉、私に向けてくださった笑顔は全て偽りだったのですか」

彼女の声に少し力が入る。彼女は願う。無知だった自分を許してほしい、と。このままでは何も変わらない。覚悟を決めた彼女は一期一振の方へ歩み出す。

「咲耶姫さん、あまり近づくと……」

「江雪様、大丈夫です」

ゆっくり、一歩ずつ近づく。

「来る、な……」

「お断りします」

声には出ていないが、彼女だって怖い。これで駄目ならどうしよう。無力なのは自分の方ではないか。

「あぁぁぁぁぁ……!」

振り下ろされた刀は受け止められた。彼女の白く、小さな手によって。一瞬鋭い痛みが走る。しかし、彼女はそれを気にも留めず、一期一振に顔を近づけた。

「本当は双方の同意の上でしなければなりませんが……ご容赦を」

そっと唇を合わせる。自然と彼女の瞳から涙が溢れ、一期一振の刀身へ落ちた。すると一期一振から禍々しい気配は消え、ふっとその場に座り込む。その瞳は金色へと戻っていた。

「姫さん、こっちも大丈夫だ」

「気を失わせただけになるがな」

「それでいいです。後のことは政府にお任せしましょう」

「あ、の……私は……」

「大丈夫みたいですね。良かった」

彼女は赤く染まった手を後ろに隠し、笑いかける。だが、隠した手は江雪左文字によって一期一振の前に出される。

「……!私は、なんてことを……」

「別に彼女は怒っていませんよ」

「私、謝らなければいけないことがありますし……」

彼女は目配せで江雪左文字に少し離れるよう伝える。彼には何を意味するのか分かったようで、静かに離れていく。

「その……私の独断でせ……接吻をしてしまい、申し訳ありませんでした」

早口で言い終わり彼女はさっと頭を下げる。一期一振はみるみるうちに耳まで赤くして瞬きを繰り返した。彼女は、本当に苺のようだと思ったこと、彼には内緒にしておくことにした。

「その、接吻をするということはですね……私と一期様が、婚礼を……」

一期一振は固まっている。状況が飲み込めていないようだ。

「これは変えられないことでして……決まりと言いますか、えっと……」

「つまり、婚礼の式をしなければいけないと? 」

「そういうことです……その……本当に、ごめんなさい!」

今度は彼女が冷静さを欠いている。そんな彼女を見て一期一振はしばらく考えた後、口を開いた。

「何故謝るのですか? 」

「え、と、悪いことをしたな、と」

「式を挙げない理由はありますか? 確かに、私はあなたを傷つけてしまった」

けれど、と続ける。

その目に迷いは無く、彼女を見据えていた。

「私の気持ちは変わりません。……それでは足りませんか? 」

さっと片膝をついて、彼女を見上げる。その仕草があまりにも様になっていて、彼女はたじろぐしかなかった。

そうしている間に、血で汚れた左手をすくい取られ、そっと唇が落とされる。

「この生が尽きるまで、私と共に生きてはくれませんか」

彼女の答えなど決まっていた。

「……はい!」

「一期もやるねぇ」

「鶴丸殿……からかうのはお止めください……」

男を政府に引き渡し、戻って来た鶴丸国永が楽しそうに笑っている。他二人も安心したような、そんな笑みを浮かべている。

「……? あれは……」

既視感。彼女の視線の先にはどこかで見た光景。光が降って来る。

「木花咲耶姫様、お迎えにあがりました」

「もう、戻れるのですか? 」

その声は寂しさを含んで震えていた。

離れたくない。でも、帰るべき場所がで来た。

「完全に、とはいきませんが、暮らすには十分かと」

「私に……帰らない、という選択肢はありませんか? 」

「何か理由があるのであれば、仰ってください」

「この方と、一緒にいたいんです」

従者は一期一振と、後ろにいる三人を一瞥し、しばらく考えた。彼女がここに残るということは、玉座に誰もい無くなる、ということ。国として、それは避けたい。

「その方々も、こちらに来ていただけますか? 」

「一期様……」

「私はあなたに付いていく、そう誓ったではないですか」

ふんわりと微笑む。それを見た他三人______特に鶴丸国永は、言った。

「いいんじゃないか? 」

「確かに、1年近く共にいるからな」

「ここに残るのは、寂しくなりますね……」

「歓迎いたします」

従者はさっと頭を下げた。

「では、決まりだな!」

 出発は一週間後となった。屋敷の片付け、仕事関連とやることが山積みだからだ。彼女も、半年とはいえお世話になったこの町を目に焼き付けようと思った。




 彼女______木花咲耶姫が成神になり長い間が過ぎた。

あの四人も仲は相変わらずだ。

「お母様~」

「はいはい、どうしました? 」

「お父様が遊んでくれません~」

可愛らしい幼子は、水色の髪に赤い瞳を持った元気な男の子。どうやら少し機嫌が悪いらしい。

「あの方たち……特に鶴丸様とは300年も共に過ごしていますからね……」

「遊びたいですぅ」

「……ふふ、仕方ありませんね」

その小さな手を握り、彼らの元へ向かう。その顔はとても幸せそうだった。

「一期様、この子が遊んで欲しい、と」

「そうでしたか、何をしましょう」

「俺らとも遊ばないか? 」

「鶴丸、夫婦水入らずなんだから、邪魔するものではない」

そう言われて改めて二人は赤面する。普段は意識していないが、言葉にして言われると弱いらしい。

「さぁ、遊びますよ~」

子供と共に駆けていく二人には笑顔が咲いていた。

 これから、長い神(刃)生になる。だが、大丈夫だ。あんなに笑いが絶えないなら、この先も耐えることはない。

 この姿を瓊瓊杵命は神域よりも遥か上から見ているのだろうか。だとしたら彼も、嬉しそうな顔をしているに違いない。

どうも、歌乃ことみです。


二次創作は他サイトで結構やってたりしますが、ここでは初めてになります。


書きたいことが多すぎて何というか……削るのが大変でした。


いい感じにまとまったと自分の中では大変満足です。


まだ、連載中の作品もありますので、そちらの方もよろしくお願いします。


短いですが、これであとがきを終わります。


ありがとうございました。

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