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美しきモノ  作者: 空廼紡
番外編
63/63

ウエディングドレス

クロニカへ


 あなたがこれを読んでいるときには、私は冷たい土の下にいるでしょう。


 不思議ね。今、この手紙を書いているのはビアンカちゃんたちが帰った後なんだけれど、私が土の下に埋もれたあとのことを書いているなんて。でも、きっと二人に会うのはこれが最後ね。生きているのに、埋もれた前提で書いているのが、とても不思議だわ。


 あなたにとって遺書なのでしょうけど、私にとってはただあなたに手紙を宛がっただけだから、あまり気を負うことなく読んでね。


 あなたがこれを読んでいるってことは、あなたの結婚が決まったのでしょうね。


 相手は、ジュリウス君でしょう? 当たっている? 当たってなかったら、飛ばして見なさいな。


 実はね、クロニカとジュリウス君が話しているのを見かけたときにね、直感したの。この子がクロニカを見てくれる子だって。


 私は体弱かったけれど、直感はよく当たっていたの。貴方も直感が良かったから、そういうところ私に似たのね。


 あなたたち最初は仲が悪かったのに……いえ、あなたがジュリウス君を嫌っていただけで、ジュリウス君はそうでもなかったわね。それでも、あなたたちを見てそう直感したのって、本当に不思議だわ。


 あなたたちはだんだんと仲良くなっていったわ。まるで花が芽吹くように少しずつ。


 ジュリウス君は、ずっとあなたを尊重していたわ。あなたのことを否定せず、ずっと見ていてくれていた。


 今日初めて二人っきりで話したけれど、あの子は根は優しい子だって確信したわ。


 だからね、ジュリウス君ならあなたを任せられるって思ったの。


 ジュリウス君と幸せになってね。


 ねぇ、クロニカ。


 あなたはわたしが本当にいなくなったって思っているでしょう? でもね、それは大きな勘違いよ。


 わたしはね、ただ見えなくなっただけよ。ずっと、ずっと、あなたを見ているからね。


 でも、あなたからしたら私の姿は見えないし、声も聞こえないわね。


 だから、ここで言うわね。


 クロニカ、凜と生きなさい。あなたはあなたらしい幸せを歩んでね。


 あなたが幸せであること、そして、生まれてきて良かったって思ってくれたら、それが私の幸せにもなる。


 あの人がどう思うにせよ、あなたが生まれてきただけでも私にとって最大の幸福だったわ。


 だからね、クロニカ。胸を張って生きなさい。


 ちょっと体が重くなったから、ここで切るわね。


 他にも伝えたいことがあるけれど、それだと伝えきるまえに倒れちゃいそうだから。


 この手紙に入っているアクセサリーはね、私のお母様、クロニカにとってはお婆さまね。その人が嫁入りのときに着けていたものなの。お亡くなりになって、私が引き継いだのだけれど、私たちの結婚式のときも着けたの。


 全部とは言わないから、結婚式のときにどれか着けてくれたら嬉しいわ。

 クロニカ、体には気を付けてね。それじゃ、おやすみなさい。



 あなたの母、ミリアより。

 





 外に行きたい。


 クロニカはそう強く願った。


 外でもなくてもいい。この部屋から出たかった。


 だが、ここから出られない。出ることを許されないような空気が、クロニカを突き刺す。



「クロニカちゃん」



 ジュリウスの母にしてクロニカの母の友人でもあり、そして将来はクロニカの義母にもなるビアンカが輝かしい笑顔を浮かべながら、クロニカを見た。


 クロニカは顔を引き攣った。



「ねぇ、どれがいいかしら!?」



 ビアンカが見せたのは、数枚の紙切れだった。その紙切れには、何かが書かれている。


 それには、ウエディングドレスのデザインが描かれていた。



「えーっと……」



 ウエディングドレスのデザインを見ながら、クロニカが困惑する。



「ちなみに私はこれがいいと思うんだけど」


「は、はぁ」


「わたくしはこれがいいと思いますわ」



 ビアンカの隣にいたデザイナーの女性が、横から入ってくる。



「それもいいけど、やっぱり横に広がっているドレスのほうが」


「ですが、この方は体型の線がすらっとしているですので、やっぱりこうピタッとしたドレスのほうが美しく見えるかと」



 と、クロニカそっち抜けで討論する二人に、クロニカはこっそりと嘆息した。


 結婚式に着るウエディングドレスのデザインを決めるため、セピール邸に訪れたのだ。


 父はビアンカに任せると言って、金は出すが一言も口に出してこないし、ルーカスは協力したそうだったが仕事が忙しくて、なかなか時間が取れないらしい。


 なので、ビアンカとジュリウス、たまにジェットと結婚式の打ち合わせをしていたのだが、今日はビアンカだけだ。


 クロニカは机の上に置かれた他のデザインの紙に視線を落とす。



(どれもヒラヒラばっかで、着たくねぇな)



 お洒落には気を遣っているビアンカが贔屓しているデザイナーだけあって、デザインは悪くない。女友達が着るには、とても素敵なドレスだ。だが、このドレスが自分に似合うとは思えなかった。



(絶対に服に着せられているって感じがするんだろうな)



 自分にはこういうヒラヒラしたものは似合わない。それはよく分かっていた。


 ヒラヒラした物に対して嫌悪感はないものの、自分が着るとなると尻込みしてしまう。着なくてはいけないのは分かっているのだが、受け入れられるものではないのだ。



(なんで女は、ウエディングドレスを着なくちゃいけないんだ)



 別にウエディングドレスに対して憧れていないので、尚更強く思う。結婚式なんて挙げず、婚姻届を出すだけでも構わない。


 だが、庶民や低級貴族とは違い、公爵家の結婚となるとそうではいられなくなる。


 貴族の結婚式とは権威を示すものでもあるため、伯爵以上の貴族は結婚式を強いられているのだ。


 己の権威を示し、他家の者を牽制する役割を持っている。それにジュリウスの友人でもある王子が、結婚式に参列する気満々なので、結婚式を挙げたくないとは言えないのだ。



(それに……)



 机の上に置いてある古い箱を見やる。金属製なので少々錆びているが、それでも綺麗な状態を保っていた。


 これは母ミリアが学生の頃から大事にしていた小箱だ。中には、クロニカが嫁入りする時にと遺してくれたアクセサリーが収まっている。


 この小箱の中に入っていた母からの手紙の内容を頭の中でなぞる。母の願いだから、叶えてあげたかった。


 だが、ウエディングドレスとは話が別だ。


 結婚式を思い憂鬱になっていると、ノックの音が響き渡った。


 ビアンカはデザイナーと熱く語っているせいか、音に気付いていないようだ。仕方なく、クロニカが返事をすることにした。



「はーい。どちら様?」


「僕だけど」



 帰ってきた声はジュリウスのものだった。

 軽く目を見張りながら、クロニカは返した。



「入っていいぞー」



 扉が開かれる。


 ジュリウス一人だけで、クロニカを一瞥してからビアンカとデザイナーのほうを見て、半眼になった。



「あの二人、どうしてあんなに熱くなっているの」


「ウエディングドレスのデザインで」


「ああ。そういえば今日決めるんだっけ」



 ジュリウスがクロニカの許へ歩み寄る。



「それ、他のデザイン?」


「ああ」



 机の上にある紙をジュリウスが手に取って、ざっと見ていると、やっと二人がジュリウスの入室に気付いて振り向いた。



「あら、ジュリウス。おかえりなさい。早かったのね」


「区切りがついたので」


「ちょうど良かったわ。あなたはどれがいいと思う? 私はこれがいいと思うんだけど」


「いえいえ! これが一番ですわ!」



 もう二枚の紙を無理矢理持たされ、それらに目を通すと明らかに辟易した様子で一蹴した。



「くだらない」



 一瞬だけ静かになる。クロニカも目を見開いて、ジュリウスを凝視した。



「あら、くらだらないって?」



 第一声を上げたのはビアンカだった。声色は低く、笑っているが目が笑っていなかった。


 ジュリウスは溜息をつきながら、紙を机の上に無造作に置いた。



「くだらないですよ。こんなデザインに熱くなって」


「あら? 貴方はクロニカちゃんのウエディングドレス姿に興味がないとでも?」


「そこまでは言っていませんよ」



 ジュリウスはビアンカを真っ直ぐ見据える。



「ただ、別にドレスに拘らなくてもいいんじゃないですか?」


「え」



 クロニカは驚いて目を丸くした。ビアンカとデザイナーも、きょとんとする。

 ジュリウスは言い募った。



「別に、ウエディングドレスじゃないといけないっていう法律なんてないでしょう? タキシードのようなパンツスタイルでもいいんじゃないかと思うのですが。それに、ドレスを着たらクロニカが縮みこんでしまいます。最初で最後の結婚式なんですから、クロニカが胸を張りやすい服にしたほうがいいんじゃないですか?」



 ジュリウスがクロニカに視線を移す。



「クロニカもそれでいいか? 別にドレスを着たいんなら、どっちでもいいけど」


「あ、ああ。パンツスタイルのほうがいいかな」


「クロニカもそう言っていますし、そうしましょう」


「そうね……」



 ビアンカが少し思案して、笑顔で頷いた。



「そうしましょうか! パンツスタイルのウエディングドレスなんて、この国じゃ新しいじゃない! 新しいものを作るなんて、滅多にないわね! クロニカちゃんなら、パンツスタイルも似合うに違いないわ!」


「じゃあ、さっそくデザインしますね!」


「ええ、お願い! アクセサリーに似合うデザインってことを忘れずにね」


「もちろんです!」



 デザインを練るには時間が掛かる。今日でデザインを決めるのは無理みたいだ。


 何があれ、ドレスを着ないですみそうだ。


 隣に立つジュリウスを見上げ、くいっと彼の袖を掴んだ。ジュリウスがこちらを見た。



「その……ありがとうな」


「別に。大したことじゃないよ」



 素っ気なく返された言葉に、クロニカは肩をすくめた。


 クロニカのことを思って発言してくれたことは、ちゃんと分かっているのでムカつかない。だが、素直に受け止めればいいのに、と思う。素直な奴ではないから無理だとも思うが。



「クロニカ。母上に遠慮しなくてもいいから」


「……バレた?」


「バレバレ」



 溜息をつきながら、ジュリウスが二人に視線を移す。クロニカもそちらに目を向けた。


 ビアンカとデザイナーは紙を取り出して、あーだこーだと熱論を叩き合っている。



「あの人は、クロニカのためにやっているんだから、クロニカの重い表情をして結婚式に臨んだら、それこそ悲しくなる。だから、遠慮なんかしないでクロニカがしたいような結婚式にするよう、嫌なら嫌って言ったらいい」


「でもなぁ……招待客の反応もあるし」


「僕とか招待客の反応なんて二の次だよ。大事なのは、花嫁さんの笑顔なんだから気にしなくてもいい」


「ジュリウス……」



 ジュリウスが踵を返す。



「僕はちょっとジェットに用事があるから、出る…………もう、大丈夫だな?」


「! おう!」



 笑顔で応えると、ジュリウスは小さく笑ってクロニカの頭を撫でると部屋を出て行った。


 それを見送ったクロニカは、席から立ち上がって二人の許に歩んだ。





 ジュリウス・セピールとクロニカ・マカニアの結婚式は、公爵家にしては招待客は少なかったが、その様子は細かに他の貴族に伝えられた。


 中でも花嫁であるクロニカ・マカニアのウエディングドレスは、ウエディングドレスの常識を覆し、大きな反響を呼んだ。


 ウエディングドレスはドレスが主流だったが、初めてパンツスタイルを披露し、後の世では当たり前になっていくのだが。


 幸せそうな笑顔を浮かべて、祭壇の前に立っている二人が知る由もない。

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