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美しきモノ  作者: 空廼紡
クロニカ・マカニアの回想
6/63

勉強

 試験前になると、クロニカは部屋に閉じこもる。運動には自信があるのだが、頭のほうはよろしくなかった。


 試験で良い成績を残しても父は何も言ってくれないが、母は褒めてくれる。悪い成績を残したら父に叱られるが、母は励ましてくれる。どうせなら、母に褒められたい。だから試験前の勉強は真剣にやった。

 お供は紅茶。香りが強くなく、味も癖がない、お気に入りの紅茶だ。いつも通り、部屋で勉強をしていると、ノックの音が聞こえた。

 女中の誰かが、紅茶のおかわりがいるか訊きに来たのだろうか。そう思い、許可を出した。


「どうぞ」


 扉が開く音がした。クロニカは振り向かなかった。


「失礼するぞ」


 予想外の声に、鞭がしなるように振り返る。

 そこにはジュリウスが立っていた。後ろには知っている顔の女中が控えている。


「セピール!? どうして」

「いつも通りマカニア夫人の見舞いで、恒例の女の話をするとか言って追い出された」

「今日来るって訊いてないぞ」

「知るか」


 一蹴して、ずかずかと部屋の中に入るジュリウスにクロニカは渋い顔をする。


「おい。いくら相手が俺だからって、女の部屋に遠慮なしで入ってくるなよ」

「どうぞ、と言ったのはお前だろ。女扱いしてほしかったら、女の格好をすればいいだろ」

「するかよ、かったるい」


 けっと反吐が出た。


「で、何の用だ?」

「暇だから来た」

「俺は勉強しているんだ」

「ああ。そういえば、試験前だったな」

「忘れていたのか?」

「僕には関係ないことだ」

「………お前って嫌味な奴だな」


 天才は試験前に勉強してなかろうが、結果は変わらない。そういう事だ。


「なんの勉強しているんだ?」

「………数学」


 数学はクロニカの苦手科目の一つだった。公式を覚えていても、なかなか答えが出ない。応用になってくると尚更だった。

 苦虫を噛みしめたような顔をするクロニカをジュリウスは一瞥し、問題を解いていた紙を覗き込んだ。


「って、おい!」

「ここ、使う公式が違う」

「え、マジ? どこ?」

「この問題。これはシカナの公式を使うんだ。ここの問題も。この公式でも解けない事はないけど、ソナイの公式のほうが解けやすい」

「ソナイの公式?」

「まだ習っていないか?」

「さぁ……?」


 聞き覚えのあるようなないような。

 顔に出ていたのだろう。ジュリウスは呆れたように溜息をついた。


「客人の暇つぶしに付き合ってもらうぞ」

「なんだよ。庭はこの前見て回っただろ」

「庭じゃない。お前の勉強を見てやる」

「なんだよ。上から見やがって」

「もう忘れたか? 客人の暇つぶしに付き合えと言ったことを」

「つまり、暇つぶしに俺の勉強を見てやると?」

「そうだ」


 いつもなら、いらないお世話、と突っぱねるが、この時は違っていた。数学の中でも特に苦手な分類が試験範囲に入っていたのだ。この苦手分野を無視すれば、赤点は免れない。

教師に教えを乞おうとしても、試験の用意をするからと職員室に入れない。準備室も同様だ。友に頼むにも、試験勉強を邪魔するのは憚れた。

 屈辱的だが、コイツに頼むしかない。諦めて突っ立っている女中に視線を投げた。


「……もう一つ、紅茶を用意してくれ。ついでにおかわりも」

「かしこまりました」


 女中に命令し、もう一つあった椅子を持ってくる。


「……ヨロシク頼ム」

「……ああ」


 ジュリウスの説明は分かりやすかった。こういう問いかけの場合はこの公式を使え、と問題の要点を教えてくれる。


「お前の場合、物覚えは良い。だが、公式の意味を分かっていない。まずはそこからだ」


 分かりやすかったが、スパルタだった。

 クロニカが公式を理解した頃には、部屋に朱色の光が射し込んでいた。窓の外を見ると、空が燃えていて辺りを赤く染め上げていた。


「もうこんな時間か」

「さすがに母上たちも切り上げるだろうな」

「今日はありがとな」

「別に」


 素っ気なく返し、ジュリウスは窓の外を眺める。正確には空を仰いでいるようだった。

 ジュリウスの横顔を見ながら、クロニカは首を傾げる。そろそろ時間なのに、どうして出て行かないのか。用が済んだらさっさと帰るのに。


「お前って空みたいだな」

「は?」


 突然の言葉に胡乱げに返す。


「髪の色は夕暮れで、瞳の色は青空。空の色だ」


 さほど考えた風でもなく、淡々と告げられた台詞に、クロニカは唖然とした。

 彼らしかぬ言葉だった。台詞の真意が汲み取れなくて、喉の奥が絡まる。

 だが、それに返す言葉を求めていなかったのか、ジュリウスはクロニカに一瞥もくれず部屋から出て行ってしまった。

 クロニカが我に返ったのは、扉が閉まる音。クロニカは慌てて彼の後を追った。

 結局、意味を深く追及しなかった。




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