表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
58/63

成果

 ジュリウスに連れられるまま、久しぶりに医療研究所に訪れたクロニカは、我に返っていた。元から我に返っていたが、重要なことを思い出して、心の中で身悶えていた。


 そう、返事である。



(つ、つい、いつもと同じノリで来ちゃったけど、これって、二回目のチャンスなんじゃ)



 一回目は、見合い騒動のあの時だ。祖父が迎えに来たので、駄目になったが、今度こそは、と意気込みたいところだが、いかんせん、そう意気込みたいのに、緊張してなかなか意志が固まらない。


 ジュリウスの研究室に着いて、ジュリウスがお茶を淹れてくる間、クロニカは頭を抱えながら、考えていた。


 そもそも、返事の内容を考えていない。どう返事をしたらいいのか。


 素直に自分も好きだと言うか。それは恥ずかしすぎる。だが、仕方ないから嫁に行ってやるよ、と言うのは上から目線すぎる。


 こうなるのなら、リリカに相談すればよかった、と後悔するが時は既に遅し。もう、ぶっつけ本番しかない。



(お、落ち着け……ここで返事しなかったら、リリカたちに言われるから、返事するぞ、絶対に)



 よし、意志が固まり始めた。あとは、返事を考えるだけだ。そもそも、そこが問題で、先ほどからぐるぐるとしているわけだが。



(ああ、もう! なんで、ジュリウスはあのとき、さらりと言うことが出来たんだよ!!)



 告白された時のことを思い出して、クロニカは半ば八つ当たりをした。

 わりと遠回しな言い方だったが、ジュリウスは挙動不審になることなく、さらりと言いのけたのだ。

 あの余裕が、今は恨めしい。



「お茶、淹れたよ」

「あ、うん。ありがとう」



 ジュリウスから紅茶が入ったカップを受け取り、一口飲む。とりあえず、恨めしい気持ちと緊張はなくなった。



「それでさ、一体何の用だ?」



 クロニカはさっそく、本題に入ることにした。

 ジュリウスは答えることなく、とある紙の束を取り出して、それをクロニカに渡そうとする。



「これは?」

「僕の論文」

「論文見ても、オレわかんねーぞ」

「内容じゃなくて、題名を見てほしい」

「題名?」



 訝しげながら、論文を受け取り、最初の頁に書かれている論文の題名を見る。



『タニア心臓病の改善について』



 病気の名前を見て、クロニカは驚愕した。

 タニア心臓病。クロニカの記憶に間違いなかったら、母を死に至らしめた病気の名前だ。治療方法がなく、病気に効く薬もなくて、不治の病だといわれているという。



「これって……」

「僕の今までの研究成果だ」



 ジュリウスはけろっと言いのけたが、もしかして、という気持ちが湧き上がり、クロニカは手を震わせた。



「発病事例はあるけど、発病した人がいると連絡受けたときには、すでに遅いことが多くて。タニア心臓病で亡くなった人を解剖して、原因と改善の方法は見つけたには見つけたんだけど、それを証明するには、実例を出すしかなくて、ずっと止まっていたんだけど」



 クロニカは言葉が出なかった。そんなクロニカを見下ろしながら、ジュリウスは言葉を続ける。



「タニア心臓病に掛かった患者が、自分から臨床実験を申し込んできてくれて、だからずっと、忙しかったんだ」

「まさか……急に帰ったのって」

「その知らせを受けたからだよ」



 ずっと会えなかった理由が分かって、クロニカは唇を噛み締める。



「臨床実験をして、治療には至らなかったけど、病の進行を緩やかにすることが出来たんだ。苦しみも半減したとも言っていた。この病気に掛かった人は、余命半年以下とされているけど、その半年の枠を越えることに成功したんだ。これを切っ掛けに、治療方法が見つかるかもしれない」



 もう我慢できなくなって、涙が零れ始めた。


 嬉しかった。母と同じ病気で苦しむ人の生きる時間が長くなっただけでも、クロニカは十分嬉しかった。


 ほんの少しだけ、その改善方法が当時あったら、母は苦しまないですんだだろうか、と思う。クロニカは母の苦しんでいる姿を見たことがない。けれど、影で苦しんでいたに違いないのだ。母には無理させていたと思うから、少しでも苦しむ人が減るのは嬉しい。きっと母も喜んでいるに違いない。



「ジュリウス」

「ん?」

「ありがと、な」



 それしか言えなかった。それ以上の言葉が、思い付かなかったのだ。



「別に、礼を言われるほどでもないよ。結局は僕のためだし」

「お前のため?」

「病気って、血の繋がりで発病しやすいものがあるから」



 クロニカは目を丸くして、ジュリウスを仰いだ。


 ジュリウスは笑んでいて、肝心の理由を言わない。だが、クロニカには伝わった。


 母と同じ病気に掛かる可能性を、自分は持っているということで、もしもの時のために研究していた、ということではないか。


 つまり、クロニカを生かすことが自分のためだと、ジュリウスは思っているから、お礼を言うほどでもない、ということで。


 クロニカは、なんともいえない気持ちになって、思わず吹き出して笑った。



「それでも、ありがとうな。次は、治療法だな!」



 ジュリウスが呆れたように溜め息をついて、肩をすくめる。



「あのさ、そう軽く言うけど、治療法を見つけるには、けっこう時間が掛かるけど」

「大丈夫だって! ジュリウスなら出来るって!」



 治療方法は見つかっていないと言っていたが、きっとジュリウスが見つけてくれる。クロニカは、そう確信していた。



「たく、お気楽だな」



 満更でもないのか、ジュリウスが軽く笑んだ。



「ところで、クロニカ」

「なんだ?」

「結局、進路はどうしたんだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ