卒業式②
「お疲れ様」
労いの言葉を掛けられ、クロニカは笑った。
「そっちもお疲れ」
ふぅ、とリリカが溜め息をつく。微笑んでいたが、やはり気疲れしていたらしい。
「しかし、花束が二つもあってすごいな。さすがリリカ」
「嬉しいけど、ちょっと持つのが大変だわ」
「まあ、たしかにな」
二つとも大きいので、持ちづらそうにしているが、リリカは大事そうに抱えている。
「今日で卒業、か。寂しくなるな」
今までは、学園があったから毎日、友達と顔を合わせていられた。だが、これからは別々の道を行くことになる。機会を作らないと、会えなくなってしまう。
「そうね、寂しくなるわね。でも、機会は作ってみせるわ」
リリカがクロニカの顔を覗き込みながら、優しく笑む。
「しばらくはゴタゴタしていて、時間が取れないと思うけど、時間に余裕ができるようになったら、仲良し同士の女子会をやりましょう?」
「女子会?」
「女の子だけの、家のことを抜きにした気軽なお茶会のことよ。領地に行っちゃう子は難しいけれど、王都にいる子は大丈夫でしょう」
「そう、だな」
男友達と会えるのは難しくなるが、女友達とはそういう繋がりで会える。
けれど、ここに足を運ぶ機会はなくなるだろう。
思い出が詰まった学園だからこそ、余計に寂しく感じるのだ。
「まあ、そんな先のことは置いといて」
リリカが意味ありげな顔で、クロニカを見据える。
「今、大事なのは、今よ」
「お、おう?」
力説するので、クロニカは戸惑う。視線が自分のことを言っているのは分かっている。リリカが自分のことを心配してくれているのは分かっているが、何を言いたいのか分からない。
「あなた、結局騎士団に入らないんでしょう? 手紙でもなんでもいいから、もう今日中に伝えなさい」
一瞬、クロニカの顔が赤く染まった。リリカには自分の答えを伝えている。だから、リリカが何を言いたいのか、分かってしまった。
「きょ、今日中に!?」
「今日中に、よ」
さぞ当然のように、強く言い放つ。
「い、今は感傷に浸りたいというか」
「就職先にも何も言っていないのに、なに悠長なことを言っているのよ」
「こ、心の準備が!」
「覚悟が出来ているんなら十分じゃない」
うー、うー、と呻っているクロニカの腕を掴んで、リリカはにっこりと笑った。
「途中まで付いて行ってあげるから」
「で、でも、今日ジュリウスがどこにいるのか、わかんねーし」
自宅かもしれないし、施設にいるかもしれない。付き合ってもらうのは、申し訳ない。
「その時は、一緒にハシゴするまでよ」
「かっこいいなぁ、もう!」
後輩達は自分のことを格好良い、ともてはやすが、本当に格好良いのはリリカのほうではないか、と思う。きっと、こういうのを姉御肌というのだろう。
「そうと決まったら、行くわよ」
「えぇ!? い、いや、まだ決まっては」
「問答無用!」
「なになに? どうしたの?」
別の女友達が、不思議そうな顔で間に入ってくる。助けてくれ、と嘆願しようとしたが、その前にリリカが言った。
「セピール先輩のところへ、クロニカをぶっこみに行くから手伝ってくれる?」
「ガッテンでーす!」
生き生きとした、即答だった。
「う、裏切り者ー!!」
クロニカの絶叫なんてその。女友達は、リリカが掴んでいる反対側の腕を持って、引っ張り出した。
まるで、洗いにだされる大型犬になった気分だ。
半分泣きたい気持ちを抱えたまま、クロニカは二人に引っ張られながら門へ向かった。門には、卒業生を迎えに来た親と馬車が詰め寄せている。
「ふ、二人とも、馬車は?」
「今日はクロニカの件が終わるまで帰らないって言っておいたから、来ていないわ」
「わたしも、今日は友達とゆっくり帰るからって言ったから、お迎えは来ないよ~」
「くそ~!」
女友達はともかく、リリカの言い分に突っ込みたい気持ちが駆られる。なんだよ、オレの件が終わるまでって、どういう説明したんだよ、とか、よく許したな、とか色々と突っ込みたい。だが、今のリリカに言っても無駄なような気がする。
馬車の通り道を通らないように、三人が門の外を出ようとすると、足を止めた。
「ど、どうしたんだ?」
二人がいっぺんに足を止めたので、クロニカも止まって二人に話しかける。
「ハシゴしなくてよくなったわ」
「は?」
「ほら、あれ」
女友達が指を差す。その方向を見やって、クロニカは瞠目した。
そこには、門にもたれ掛かっているジュリウスがいた。クロニカに気付くと笑みを浮かべ、こちらに向かって歩いてきた。
「それじゃ」
「頑張ってね」
肩をぽんっと叩かれながら、耳元で応援の言葉を囁くと、二人は学園のほうへ戻っていった。クロニカが恥ずかしがるから配慮をしたのか、はたまた他の友達と合流するためか。クロニカは二人の後ろ姿を恨めしく見やり、溜め息をついてから、ジュリウスと向かい合う。
「友達とは、もういいのか?」
「あ、ああ。教室で十分話したしな」
もっと緊張すると思っていたが、思っていたより緊張していなくて言葉がすらり出てくる。杞憂に終わって、少し安心して肩の力を抜く。
「卒業、おめでとう。はい」
差し出されたのは、一輪の空色の花だった。たしか、ブローディアという花だったか。
「ありがとう。わざわざ用意してくれたのか?」
「まあね。クロニカも用意してくれたし」
たしかに、ジュリウスが卒業したときは、一輪の花を贈った。学園の裏庭で育てていた花の一つだったのを、ジュリウスは一目見ただけで分かってくれたのを思い出す。
「クロニカ、この後用事あるか?」
「ないけど?」
クロニカは首を傾げる。
「なら、一緒に医療研究所まで来てくれるか?」
「いいけど、なんでだ?」
訊ねると、ジュリウスがふっと笑った。
「それは着いてからのお楽しみだ。金魚の糞が来る前に、とっとと行こう」




