卒業式①
二日後、クロニカは祖父母たちに見送られながら、王都に帰った。
この最後の夏休みは、クロニカにとって最高の夏休みとなった。領地は、とても良いところだった。また時間が出来たら、二人に会いに行きたい。
あれ以降、父とは話していない。遠目で見かけたとき、雰囲気が変わったな、と思っていたが、話しかけることが出来なかった。
いや、雰囲気だけではなく、態度も変わった。以前は目が合えば睨まれたものだが、今は目を逸らすだけだ。心境が良い方向で変わったのか、はたまた興味がなくなっただけなのか。どちらなのか、クロニカには分からない。
だが、宣言通り、父はクロニカの見合いを中止にしていた。ジュリウスの許に来た父が、正真正銘の本物だったのだと、ルーカスからこの話をされたときは心底驚いたものだ。
ルーカスもこの変化には、大層驚いていた。見合いを中止にしただけでも驚いたというのに、クロニカに対する態度も軟化して仰天したという。
「クロニカ、正直に言いなさい。あっちでなにがあったんだ?」
と、神妙な顔で訊ねられた。あの顔を、クロニカはずっと忘れることはないだろう。それだけ珍しい顔だったのだ。
父を殴って勢いのまま色々と吐き出した、と正直に言ったら、ルーカスは胡乱げに首を傾げながら。
「あの人って、そんな性癖があったのか……?」
と、呟いた。
あまり接したことがない父だが、そんな性癖があったら娘として嫌だ。違うと信じたい。
あと、何故か古いボトルシップを組み立てているという。ルーカスがその様子を覗き見にした感想は、とても真剣で使命感に燃えている感じだった、という。
昔は船が好きだったみたいだから、船好きが再熱したんじゃないのか、と言ったら、なるほど、と納得していた。
父の真意は分からないが、今の父はクロニカに害を及ぼすつもりはないらしい。とりあえず、ルーカスと一緒にじっくりと様子を見ることにした。
屋敷で息が詰まるようなことがなくなり、学園では友人たちと残された時間を共に過ごし、喧嘩もなくてとても充実した毎日を送った。
不満があるとすれば、ジュリウスのことだ。
帰ったら、今度こそジュリウスに伝えよう、と思っていたのに、研究が忙しいらしく会えなかった。
まあ、そのうち会えるだろうと高を括っていた。
正確には、近い内に会えるだろうと、軽く見ていたのだ。父も何も言ってこないから、余計にだった。
そう、まさか。
「うう、マカニア先輩ぃ……ご卒業、おめでとうございまじゅうっ」
まさか、卒業式の日になっても会えないとは、思ってもみなかった。
「あ、ありがとう」
涙ぐんでお別れの挨拶をしてくれる後輩たち(皆、女子)にお礼を言いながら、クロニカは白い花束を抱えつつ少し引き攣った笑みを浮かべた。
わざわざお別れの挨拶をしてくれることは、嬉しい。ただ、鼻水が気になる。汚いとは思わないが、そろそろ拭かないと口まで到達しそうだ。
クロニカは言葉を選びながら、口にする。
「そ、そろそろ涙を拭いたらどうだ? 涙が口に入りそうだ」
「そうでじゅね、そうじましゅぅ」
一番前にいた女子生徒がハンカチで涙と、さりげなく鼻水を拭く。それに倣ってか、他の女子生徒たちもハンカチを取り出した。
この女子生徒達は、クロニカのファンだ。何故か女と知られてからも、女子からの人気が高く、今は女ということは百も承知で、クロニカに憧れて慕っているという。
憧れられるほど、大したことをしていないし、そんなに格好良くないのにな、とずっと不思議に思っていたのだが、結局解明されず仕舞いに終わった。
「これから、本当に寂しくなりますわ」
「今日から、先輩の試合が見れないなんて……これから、どうやって学園生活を満喫すればよいのか」
「オレ以上に剣の腕前が良い奴ってけっこういるから、良い試合は見れると思うんだけど」
「まぁ! マカニア先輩だから、意味があったんです!」
「少なくても、私たちにとっては!」
「そ、そっか」
あまりにも力説されたので、クロニカは頷いてみせる。
慕われるのは嬉しいが、少し複雑だ。この女子生徒の中にお目当ての子がいたのか、共に稽古をしていたとある男子生徒に睨まれたこともあるうえ、黄色い声を上げる女子生徒たちが煩かったのか、嫌味を言われたこともある身としては。
「それにしても、この花キレイだな」
「クロニカ様のために、皆で選んだ花なんですよ!」
一人の女子生徒が、誇らしげに胸を張りながら答える。
この白い花束は、目の前にいる後輩たちから貰ったものだ。白い花と一言言っても、微かに他の色が混じっていたり、汚れが目立つものだが、この白い花は、純白というしかないほど、真っ白で瑞々しかった。
余談だが、卒業生に花束を贈るのは任意で、花束の費用は後輩達持ちだ。つまり、後輩達に慕われていないと、花束は貰えないので、一種のステータスとなっている。
「それにしても、どうして白なんだ?」
別に白い花がいいという決まりはない。卒業生に花束を贈るときは、その人の好きな色か花、もしくはイメージカラーに添った花束を贈るのが通例だ。
白は好きだが、白よりも青が好きだし、クロニカのイメージカラーは赤だ。白ではない。
「それは~」
「私たちの細やかな望みというか……」
女子生徒たちが、にやにやと笑いながら、どうも煮えきれない返事をする。
なんだろう。女子生徒たちの目が生暖かい。
「細やかな望みって?」
「あ! ディバス先輩がこちらを見ていらっしゃるわ!」
ディバス。リリカのことだ。振り向くと、白と青と桃色の花束を持ったリリカが、確かにこちらを見ていた。クロニカと目が合うと、微笑んだ。
「ディバス先輩の姿も見れなくなるなんて、寂しいですわ……」
「わたくし、マカニア先輩とディバス先輩の、兄弟のような光景を見るのも好きでした」
「兄弟って」
クロニカは苦笑した。確かにリリカは、クロニカにとって姉のような存在だった。彼女も妹がいたので、クロニカに対して妹、もしくは弟のように接していた節があるので、反論は出来ない。
ちなみにリリカは、男女ともに人気がある。女子からは凜々しいお姉様として、男子からは高嶺の花として。あの花束も男女からの花束だろう。よく見ると、花束が二つあった。
「ディバス先輩がお待ちですわ。名残惜しいですが、そろそろ……」
「最後なんだ。もう少し話してもいいんだぞ」
「駄目ですわ! これ以上話していたら、さらに名残惜しくなりますわ」
他の女子生徒も同意するように頷く。
「分かった。キレイな花束、ありがとうな。皆、元気でな」
「はい!」
「今まで、ありがとうございました!」
「マカニア先輩も、お幸せに!」
様々な言葉を一身に受けながら、クロニカは軽く手を振って、リリカの許へ駆け寄った。




