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美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
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お墓参り

 今日の空は、とても澄み渡っていた。爛々と輝く青空と白い雲が、互いをよりくっきりと存在を主張している。


 そんな青空を仰ぎ、クロニカは眩しそうに目を細めた。



「晴れてよかったわね」



 日傘を差して、隣で歩いている祖母が話しかけてきて、はい、と頷いた。


 今日は、伯父の月命日ということで、祖父母と一緒にクリスが眠っている墓に足を運んでいた。


 伯父の命日は来月なのだが、明後日にクロニカが帰るので、本当は命日にやるピクニックを月命日である今日にやることとなったのだ。


 伯父の墓は、領民の墓地の中心地である丘の上にある。先祖代々、そこで土葬するのがマカニア家の伝統なのだという。母は例外で、きっと父も例外になるだろう、とクロニカは確信していたりする。



「昨日は今にでも降りそうな空だったが、本当に晴れてよかったな」



 祖父は機嫌良く言いながら、前を歩いている。いつもはゆっくりと歩く祖父だが、今日ばかりは意気揚々と前を歩いている。



「クロニカ」



 祖母が耳打ちしてきた。



「ジュリウス君、来れなくて残念だったわね」



 ジュリウスの名前が出てきて、クロニカは大袈裟なほど動揺した。



「べ、別に」



 素っ気なく応えると、祖母は意味ありげな笑みを浮かべる。


 父の訪問から二日経った日、ジュリウスは急遽、王都に帰ってしまったのだ。なんでも、研究の進展があったらしく、急いで戻らないといけなくなったという。


 そう所長が、わざわざ伝えるために、屋敷まで来てくれたのだ。クロニカに挨拶が出来ないほど、時間が切羽詰まっていたらしい。


 元々、あまり伝えることがなかったので、ルーカスの依頼は完遂していた。だから、すぐに帰っても問題なかったらしい。



「あの子が好きだった物も持ってきたし、クロニカもいるから、あの子も喜ぶわ」



 祖母とクロニカの手にはバスケットがぶら下がっている。前に花屋で注文していた花束は、来月の命日に供えるので、持ってきていない。



「所長が言っていました。伯父上が生きていたら、オレを可愛がっていたって」

「絶対にそうでしょうね。あの人は本当に、よく分かっているわ」

「生きていたら、クロニカに会いに、王都に行くとか言い出しそうだな」



 祖母がはにかみ、祖父が豪快に笑った。



「伯父上は、社交シーズンのときはどうしていたんですか?」

「最初の夜会は一応参加して、その後は体調が整い次第、すぐ領地に帰ったわ。今思うと、少しでも王都で遊んであげれてたら良かったわ」


「王都の屋敷の庭を気に入っていたな。あれを満喫してからではないと、絶対に帰らなかったな」

「あちらでも、宝物がない探検ごっこをしていたわね」



 祖母が懐かしそうに、目を細めた。


 使用人がいないからか、二人とも羽を伸ばしている感じがして、なんだか嬉しくなる。丘に登る前までは使用人たちがいたのだが、水入らずで過ごしたい、ということで、丘の前で待機してもらっているのだ。



「さて、もうすぐだぞ」

「あなた、そんなに急がないで」



 急がないで、と言いながら、諦めた様子で祖母は肩をすくめる。麻痺している足はどうした、と突っ込みたくなるほど、祖父の足取りは軽快だ。それを見たら、なんだかんだで許したくなる気持ちになるのだろう。クロニカも、その気持ちは分かるので、何も言わない。


 丘の上が見えてきた。登り切って見回す。そこには、いくつもの墓が並んでいた。


 ざっと、二十は越えている。三列、等間隔で並べられていて、これがクロニカの先祖の墓だと思うと、なんだか胸が熱くなっていく。



(今まで、ここに来れなくてごめんなさい)



 心の中で謝罪して、クロニカは祖父のほうに視線を向ける。



「伯父上のお墓はどこですか?」

「三列目の2番目だ」



 祖父が再び歩き出し、祖母と一緒に後を追う。



「ん……?」



 先に着いた祖父が、伯父の墓の前で怪訝な顔をする。伯父が眠っている場所を、凝視している。



「どうかした?」



 祖母が祖父に話しかける。



「いや、花束があってな」

「花束?」



 首を傾げながら、祖父が見ているところに視線を向ける。

 そこには、野花を束ねた小さな花束が供えられていた。



「一体誰が……」



 祖父が唸る。花束に視線を添えたまま、祖母が屈む。



「あら……よく見ると、クリスが好きだった花ばかり」

「言われてみれば、たしかに」



 祖父がさらに唸る。



「所長が来てくれたのか?」

「でも、あの人は、クリスが野花が好きだったのは知っているけど、好きな種類は知らないわ。ずっと前、本人が言っていたから間違いないわ」


「ダンも死んだし、孫のあの子が知っているわけがないし……」

「萎れているけど、あまり時間が経っていないようね」



 祖母の言うとおり、花は萎れていたが、色はまだくっきりと残っていて枯れていない。萎れているのは、水に活けていないからだろう。それを踏まえて考えると、そんなに時間が経っていないだろう。



「使用人の誰かでしょうか?」

「使用人たちは、ここに入らないわ。領民もそうだけど、お墓参りするときは、丘の下で黙祷するくらいなのよ。まあ、一部の領民が肝試しのために上ってくるけど」

「肝試し……」



 それは墓地で肝試し、という意味なのか、それとも歴代の領主の墓地に侵入するという下手したら罰を下されるという意味での肝試しなのか。後者だと二重の意味で複雑だ。


 クロニカも考えたが、どうしてだか一人しか思い浮かばない。しかし、その人が供えた、というのは俄に信じがたい。


 けれど、所長でもない、あの庭師でもない、ジュリウスなど以ての外だ。

 やはり、一人しかいないような気がした。



「あの、父上だったら、伯父上の好きな花をご存知でしょうか?」



 訊いてみると、二人が同時にクロニカに振り向く。

 二人は目を見開き、クロニカを凝視した。居心地が悪くて、おずおずと再び声を掛ける。



「あの……」

「そう、ね」



 クロニカの言葉を遮り、祖母が呟く。



「あの子なら、クリスの好きな花を知っていても、おかしくないわね」



 祖母が再び花束に視線を戻す。ゆっくりと花束に手を伸ばし、そっとそれを撫でた。



「そうだったら、いいわね」



 優しい風が吹く。その風に包まれながら、クロニカは、そうですね、と同意した。


 二人の顔は見えない。だが、二人とも祖母が微笑んでいる気がして、祖父も微笑んでいるような気がした。なんとなく、何かが解けていくのを確かに感じたのだった。


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