信じられない
目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
クロニカはおもむろに上半身を起こし、ボーッと部屋を眺める。
ここ、どこだっけ。
霞みかかった記憶を、ぼんやりと思い出してみる。
最初は寝ぼけていてなかなか思い出せなかったが、自分が寝ている場所がどこなのかを思い出すと、ようやく一気に覚醒した。
「や、やっちまったぁ~!」
頭を抱えて、悶絶する。
友人とはいえ、男のベッドで寝てしまうとは。とっくの昔に淑女を捨てているが、さすがにこれは拙い、と思うくらいには世間体と女を捨ててはいない。
「いや、ジュリウスにバレていなかったら、セーフ、のはず」
寝る前は、ジュリウスはいなかった。もしかしたら、そんなに時間が経っていないかもしれない。
窓の外を見ると、昼に比べて暗くなっていた。いやいやまさか、と冷や汗を掻きながら机のほうを見てみると、椅子の上に積まれていた本が机の上に移動している。
これは、明らかに自分が寝た後、ジュリウスがこの部屋にずっといた、ということで。
「待てよ……っていうことは……」
ジュリウスがここにいたということは、自分の寝顔を見られていたに違いない。
すぐさま、口元を確認して、涎が垂れていないか確かめる。涎はない。よし、まだ救いがあった。人のベッドで涎を垂れてしまったら、申し訳なくて顔を合わせづらくなるところだった。いくら好きな子相手とはいえど、ジュリウスも涎垂れていたベッドに眠りたくないに違いない。
(ていうか、寝顔、寝顔おぉぉ!!)
その次の問題が、寝顔を見られていたことである。以前であれば、寝顔を見られても何とも思わなかった。けど、自覚した今は、とてつもなく恥ずかしい。
頭を抱えて悶えていると、扉が開く音がした。びくぅっと大きく肩が揺れる。
「あ、起きていたんだ」
ジュリウスの声だ。顔を見ることが出来なくて、俯いたまま返事をする。
「ああ、うん。おはよう。ごめん、ベッド勝手に借りて」
「別に良いけど」
ジュリウスは素っ気なく答え、続けて言う。
「そろそろ帰ったほうがいいよ。前公爵たちには連絡しているけど、心配していると思うから」
「でも、父上が……」
屋敷に戻ったら、父がいるかもしれない。こんな時間帯だからすぐ領地を出ることはないと思うが、同じ領地に別邸があるのだ。そこに連れて行かれるかもしれない。
「ああ、見合いの話は中止にするって言っていたから、帰っても大丈夫だよ」
「…………は?」
さらり、と告げられた台詞に、クロニカの思考が固まる。
今、なんて言った。有り得ない台詞だったような気がする。
思わず、ぽかんとした顔でジュリウスを見据える。
「だから、クロニカの見合いは中止だって」
「は、はああぁぁぁ!? どういうことだよ、それ!? 誰からの情報だ!?」
「公爵本人だけど」
「父上が……?」
クロニカは怪訝に首を傾げる。
クロニカを一刻も早く家から追い出したいはずの父が、中止を決めるだなんて。
しばらく考えて、クロニカは神妙な顔で呟いた。
「それ……本物の父上だったか?」
「多分、本物」
「多分って! それ、絶対に父上の偽物だって!!」
仕方ないとはいえ、こうも断言されるとは。警戒するクロニカに、ジュリウスは肩をすくめた。
「僕は顔を見ていないけど、話の内容は公爵だったよ」
「見ていないって?」
「ずっと背中を向けたままだったから」
「それ、顔を見られると偽物ってバレるからじゃ」
「あ、もう偽物って確信しているんだ」
まあ、それも無理ないかもしれない、とジュリウスは内心苦笑した。 今までの今なのだ。いきなり態度を変えたら、クロニカではなくても疑ってしまうだろう。自分だって、どういう心境の変化なのか、なにが原因なのか知らない。殴られるだけで改心したのなら、母が一撃食らわしたあの時に改心しているはずだ。
ジュリウスだって、未だに受け止めてきられていないのだから、クロニカなら尚更だろう。
「所長が本物だって確認しているみたいだから、多分本物だよ」
「そうか~?」
疑惑の目を向けながら、クロニカが胡乱げに呟く。
「そもそも、父上? は、いつ来ていたんだよ」
疑問形をつけているな、と思いながら指摘せず、質問に答える。
「ついさっき。裏口で話していた」
クロニカは身体を強張らせた。
「父上? は、今ここにいるのか?」
「馬車で帰っていったよ。ちなみに最初の一言は、あれはどうしている、だった」
「やっぱり偽物じゃねぇか!」
あの父が自分がどうしているか、なんて訊くはずがない。思わず声を張り上げた。
「でも、夫人の遺言のことも話していたし」
「母上の……?」
「その遺言に沿って行動をしていたんだけど、見合いを中止することが夫人の願いを叶えることになるって判断したらしい」
「ああ、うん、なるほど……」
母の遺言。それが理由で中止にしたというのなら、納得だ。
「どんな遺言か訊いたか?」
「クロニカの結婚相手はクロニカに決めさせてあげて、だって。それが最期の言葉だったって言っていた」
「そっか……」
クロニカは俯く。
母らしい言葉だ。最期まで、自分のことを気に掛けてくれていた。胸が暖かくなると同時に、寂しさがよぎる。
「ていうかさ、オレが決めていいんなら、別に見合いさせなくても良かったんじゃね?」
「クロニカ、結婚する気ないだろ? だから、見合いさせたほうが早いって思ったんじゃない?」
「うぐっ」
合っているので、反論できない。
「ということで、もう心配することはないから、早く帰らないと。僕が前公爵に怒鳴られる」
「ああ、そうだな。匿ってくれて、ありがとうな」
ベッドから立ち上がり、背伸びをする。
「送る」
「大丈夫だって」
「暗くなった中、一人で歩かせたくはない」
「……分かった」
頷くと、ジュリウスが目を見開く。
「やけに素直だね」
「つ、疲れたから、拒否するの、面倒くせーんだよ」
ジュリウスは首を傾げたが、まあ今日は色々あったからね、ととりあえず納得してくれたようだ。
自覚した想いしたから、少し、一緒にいたいな、とか、あわよくば答えを言いたいな、という下心があったりするから、気付かれたくないので内心安堵する。
「それじゃ、出よう」
「ああ」




