訪れ
部屋に戻り、真っ先に視界に入った光景に、ジュリウスは思わず固まった。
クロニカが、自分が使っているベッドの上で、無防備に寝ている。くぅくぅと寝息を立てて、音を立てても起きない。完全に寝入っている。
しばらく固まっていたが、やがて我に返ると、盛大に溜め息をついて、部屋の扉を閉めた。
「たく……どうして、そうなったんだか……」
好きな子が自分が使っているベッドで寝ている。知人の王子曰く、ロマンだと言っていたが、ジュリウスにとっては目の毒でしかない。
それ以前に、呆れていいのか、意識されていないことに悲しめばいいのか。ジュリウスは嘆息した。
クロニカは一度寝ると、なかなか起きない。音を立てても、大声で叫んでも、身体を揺らしてみても覚醒しないのだ。
多分、しばらく眠ったままだ。そう判断して、ジュリウスは音を立てながらベッドに近寄ると、ベッドの隅に畳んであった毛布をクロニカに被せる。暑がるといけないので、腹の辺りだけを覆った。
寝顔を覗き込む。あどけない寝顔に小さく笑い、頬を軽く突いてみる。くすぐったそうに身を捩るが、起きる気配はない。
「完全に安心しきっているな……」
前に、オレが傷付かないことはしない、言われたことを思い出す。だから、安心しているのだろうか。
襲わないって信じられているのは別に良い。信頼されていることに超したことはない。だが、こうも安心されると、異性として意識されていないのではないかと思ってしまう。
「道のりは長そうだ……」
最後に軽く抓み、手を離す。顔を顰めたが、やはり起きる気配はない。少しの間だけ寝顔を眺めて、ゆっくりと立ち上がる。
クロニカがベッドの上にいる理由は、おそらく椅子の上に本を置いたからだ。なんで寝ているかは分からないが。
とりあえず整理して、自分が座れる場所を確保しなければならない。ベッドに腰を掛けたままなら、クロニカに悪戯したくなってしまう。
自分のため、そしてクロニカのためにも、椅子の片付けをしなければならない。
(片付けるのは面倒くさいけど)
クロニカを一瞥する。
(森に行かれるよりかはマシだから、いいか)
夫人が亡くなった日が脳裏によぎる。冷たい屋敷、細い糸のように降りしきる雨、雨の中横たわるクロニカ。もう、あんな思いはごめんだ。
ジュリウスは小さく溜め息をついて、ジュリウスは再び机に向き直った。
窓の外から差し込んでくる光が、だんだんと弱まっていくのを感じて、ジュリウスは本から視線を外し顔を上げた。
窓を見ると、外はまだ明るいものの、暗くなりかけていた。
「いつまで寝ているんだか……」
未だ寝ているクロニカを一瞥して、ジュリウスは呆れる。
心配させないよう、屋敷には連絡しているが、そろそろ無理矢理でも起こして帰させないといけない。おそらく、公爵もいないから帰しても大丈夫だろう。
椅子から立ち上がろうとしたとき、控えめなノックの音が聞こえた。
ゆっくりと立ち上がり、腰を上げて、扉の前まで向かう。
「はい」
「ジュリウス殿、お客様です」
その声は、所長のものだった。クロニカの伯父、クリスの元主治医だ。ジュリウスは扉を開けて、所長を見た。
「お客様、とは?」
「公爵が、ジュリウス殿に話がある、と」
ジュリウスは瞠目した。
「現、のほうですか?」
「現のほうです」
前、ではなく、現公爵。前の公爵なら分かるが、現公爵がわざわざ自分を訪ねに来るとは。しかも、連れて帰るべきクロニカではなく、自分を名指しで呼ぶとは。
訝しげながらも、ジュリウスは頷いた。
「分かりました。すぐ行きます」




