気が付いたら、向かっていて
クロニカは、足早と街へ向かっていた。
苛立ちに似て非なる感情が、風車のようにぐるぐると胸の中で回っていて、それと同じリズムで足を動かす。
父にぶつけて少しスッキリしたはずなのに、そんな感情が胸を占めていて、しょうがなかった。
ずかずかと顰めっ面で歩くと、見覚えのある背中が見えてきた。
まだこんな所にいたのか、と思いながら、その背中に目掛けて歩く。
足音に気付いたのか、その人物……ジュリウスが振り向いた。ジュリウスはクロニカを見つけると、目を丸くした。
「クロニカ?」
ジュリウスが呼ぶ。クロニカは返事せず、ジュリウスの許へ向かう。そんなクロニカに何かを察したのか、ジュリウスは眉間に皺を寄せた。
「……なにかあったのか?」
その問いかけにも、クロニカは答えない。感情がぐるぐるしていて、その感情に言葉も絡め取られ、なかなか出せなかったのだ。
ジュリウスは小さく溜め息をつくと、クロニカの頭を撫でた。
子供扱いして、と思いながらも、振り払う気になれず、されるがままになる。何故だか、こうされると不思議と心が落ち着くのだ。母の手でもないのに、どうしてだろう。
自然と肩の力が抜けていく。ぐるぐると回っていた風車が、ようやく止まったのを感じた。
「落ち着いた?」
「…………ん」
クロニカは小さく頷く。
「話せる?」
「……父上が、来ていた」
撫でている手が止まった。きっと驚いているだろうな、と思いながら淡々と言い続ける。
「それで、言い争いになって、父上を殴った」
「殴った?」
「うん、グーで」
「そうか」
撫でていた手を再開し、最後にぐしゃっとされる。
「でかした」
そう言われて、クロニカは目を見開く。てっきり呆れるかも思っていた。それなのに、褒められた。
「なんで褒めるんだ……?」
「今までのこと、全部とはいかなくてもぶちまけたんでしょ? よく言ったし、殴ったと思うよ」
「えぇ……」
予想外の反応に、若干引く。
「それに、母上の無念をよく晴らしてくれたな、と」
「小母様の無念……?」
「公爵をグーで殴ったこと」
そういえば、森でそんなことを言っていたような気がする。クロニカは思わず項垂れて、盛大に溜め息をついた。
「なんか、気にして損したような気分……」
「気にしていたんだ」
「そりゃ、な」
何を気になっていたのか、自分でも分からない。ただ。胸に蟠りがコロコロと転がっていて、それが無性に気になっていた。
そのコロコロを気にしていたのが、ジュリウスにそう言われて、馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「公爵が来たってことは、お見合いの件?」
「ああ。相手が決まったから、オレを連れ戻しに来たっぽい」
「ルーカスの足止めは効かなかったか……」
「は? ルーカス?」
どうして、ルーカスの名前が出てくるのか。
疑問が一つ吹き出てくると、新しい疑問が浮いてくる。
そういえばジュリウスは、どうやって隣国まで見合い相手を探しているという情報を得たのだろうか。本人に聞いた可能性は絶対にないし、彼に情報通の友人だなんて、第四王子くらいだろうか。その第四王子も、他国に短期留学している。だから、彼でもないだろう。
そういえば、ルーカスの依頼で来たと言っていた。つまり。
「……ジュリウス」
「なに?」
「ルーカスもグルか?」
「え、今気付いたのか?」
てっきり気付いていると思っていた、という声が、その言葉に込められている気がして、クロニカは頭を抱えた。
「あいつはぁ……一体、どういうつもりなんだ……」
「ルーカス曰く、君ならクロニカを任せられる、かららしい」
「どういうことだよ」
「それくらい、自分で気付いたら?」
ジュリウスが小さく笑う。むぅ、と頬を膨らませる。つまり、ジュリウスは詳しい理由を知っているということだ。何だか面白くない。
「それはそうと、今は屋敷に戻りたくないんだろう?」
「……ん」
小さく頷く。
「それなら、診療所に来なよ。借りてもらっている部屋に匿ってやる」
「いいのか?」
「他の所に行かれるよりかはマシ」
ジュリウスは踵を返す。
「急がないと、公爵が追ってくるかもしれない」
「お、おう」
確かに見合いのことを考えると、父が追ってくる可能性がある。相手のことを抜きにして、今は父と会いたくないし、祖父母とも顔を合わせづらい。
ここは素直にジュリウスに甘えようと、足早に歩くジュリウスの後を追った。




