激突①
無言が続く。クロニカはジュリウスの後ろをついたまま、隣には行かず、ジュリウスもクロニカの歩幅に合わせて歩いてくれるものの、振り向かない。
話しかけず、話しかけられず、森を出て、屋敷のほうへ向かう。
いつもの心地良い静寂とは言い難いが、気まずくはなかった。
「ここまででいいよ。ありがとうな」
屋敷の屋根が見えた辺りで、ジュリウスに話しかける。
「屋敷の前まで送るよ」
「いいよ。お爺様に見つかったら、面倒だし」
「家に帰るまでが遠足と一緒で、送るのも屋敷に着くまでだ」
「そもそも、面倒になったのはお前のせいだろうが」
ジュリウスがクロニカに求婚している、と言わなければ多分、祖父は普通に受け入れていたと思う。
「どっちにしたって、孫娘に近付く男は気に入らないと思うけど」
「そうか?」
「あの様子だと、確実に」
そう言いながら、ジュリウスは小さく笑う。その笑みに、喜色が見えて、クロニカは首を傾げた。そういえば、この前も祖父の激高を見たときも、こんな顔をしていたような気がする。
「なんで、お前が嬉しそうなんだよ?」
「そんな顔をしている?」
「している」
「まあ、たしかに嬉しいけど」
「お爺様に威嚇されて?」
クロニカは怪訝に首を捻らせた。
おかしい。ジュリウスはサディストであって、マゾではない。威嚇されて嬉しいなど、ありえない。
「なんか失礼なこと、考えているだろ」
「べ、別に」
「視線が泳いでいるんだけど」
ジト目でクロニカを見据え、ジュリウスは小さく息を吐き捨てた。
「言っておくけど、嬉しいのは、クロニカが大事にされていることを知ったからであって、あのおじいさんに威嚇されていることじゃないからな」
「あ、うん」
なんだか照れ臭い台詞を言われ、クロニカはたじろぐ。
「でも、そうだな。頭に血を上らせるのもあれだから、ここまでにしておくよ」
「ああ。今日は付き合ってくれて、ありがとうな」
「どういたしまして。一回行ったからって、一人で森に行くなよ?」
「分かっているって。お前、心配性だな」
何度も言われている言葉に、怒りを通り越して苦笑してしまう。
「それじゃ、また」
「ああ。気を付けて帰れよ」
手を振りながら、ジュリウスを見送る。その姿が見えなくなり、踵を返し、屋敷の方へ歩いて行く。
門まで見えてきた。と、門の前に馬車が一台留まっているのが見えて、クロニカは首を傾げる。
「どこの馬車だ……?」
見たことがあるような気がするが、よく見えない。とりあえず近付いてみることにした。
馬車が見える位置まで来て、クロニカはぴたっと立ち止まる。
息が止まった。それくらいに、狼狽した。
その馬車に施されている家紋。見間違えるはずがない。マカニア家の家紋を見違えるはずがない。
ここだって、マカニア邸だ。だが、この馬車には見覚えがある。
この馬車は、父専用の馬車だ。一度も乗ったことがないが、見たことがある。
と、いうことは。
(なんで、父上がここに来ているんだよっ!?)
父はここに帰りたくないはずだ。伯父との思い出があるうえ、祖父母がいるこの屋敷に、はたして何の用なのか。数十年帰らなかったというのに。
混乱していると、門番がクロニカに駆け寄ってきた。慌ただしい様子に、クロニカは身を固くさせた。
「お嬢様、大変です!」
「あ、ああ、大変なのは分かった。父上の馬車あるし」
あの父上が帰ってきたのだ。大変ではないはずがない。
門番は、門をちらちらと見ながら、声を潜めて告げる。
「旦那様が帰ってきたのも大変ですが、旦那様はお嬢様を連れて帰るつもりでいらしたらしく、お嬢様を出せと大旦那様とさっきから言い争っているようで」
「マジで!?」
クロニカはぎょっと目を剥いた。
あの父が、どうしてクロニカを連れ戻しに。
ふと、ジュリウスの言葉が蘇る。
『お前の父親が、お前の結婚相手を本格的に探している』
混乱していた頭が、すぅっと冷えた。
ああ、そうか。なるほど。その結婚相手とやらが見つかったのか。だから、迎えに来たのか。
(そうだな、うん。父上がオレを迎えに来る理由って、それくらいだよな)
期待していたわけではないのに、なんだか寂しい。
深く嘆息して、クロニカは軽く笑んだ。
「分かった。様子を見に行く」
「お嬢様……」
痛ましい顔をする門番に何も言わず、クロニカは玄関に向かった。




