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美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
42/63

診療所

 いつもの男装の姿に加え、麦藁帽子を着用して、クロニカは診療所に向かった。


 まだ午前だが、日差しが強い。麦藁帽子のおかげで日差しが直接目に当たらないものの、やはり目が眩むくらい強い。


 少し余所見をすると、城よりも遙かに大きくて、壮大な入道雲が、燦々と澄み渡る青空を陣取っていた。今にも迫ってきそうな入道雲を横目で見ながら、クロニカは診療所がある街に向かった。


 屋敷は街外れにあり、街から少し遠い場所にある。それでも歩けるほどの距離だ。

 街は安穏としており、人通りが少ない。ここに来て三日目に祖母と来たので、一応地理はある。祖母に書いてもらった地図を頼りに向かう。


 分からなくなったら街の人に訊きながら、クロニカは診療所に着いた。


 診療所は開いているらしい。ゆっくりと扉を開き、待合室を見渡す。待合室人はいなくて、安堵しながら入る。受付には、四十代半ばくらいの女性がいた。受付の女性がこちらに気付いて、一笑する。



「こんにちは。診察ですか?」

「いえ、こちらにいるジュリウスに用があって」

「と、いうことは……領主様のお嬢様ですか?」

「そ、そうです」



 女性はじっとクロニカを見たあと、にっこりと笑った。



「お話は伺っております。呼んで来ますので、少々お待ち下さい」



 そう言って、受付の奥にある扉の向こうへ消えていった。立ったまま待っていると、女性が戻ってきた。



「もう少し待ってほしい、とのことです。そこの長椅子にお掛けになって、お待ちくださいませ」

「あ、はい」



 頷いて、長椅子に座る。待つのはいいが、女性からの視線が痛い。突き刺さるほど鋭い視線ではないのだが、生暖かくて、逆に居心地が悪い。

 クロニカは女性のほうに視線を向けて、声を掛けた。



「あの……なにか、ついていますか?」

「あ、気分を悪くしましたか?」

「いえ、その……視線が気になったので」

「いやね……ふふふ」



 含み笑いをされ、クロニカは怪訝な顔になる。



「ジュリウス様が言っていたお方なんだと思うと、少し」

「え、あいつ、オレについて何か言ってましたか?」



 その笑いからして、恥ずかしいことだろうか。その考えが顔に出ていたのか、女性はさらに笑みを深くした。



「ジュリウス様って、顔がよろしいでしょう?」

「まあ、はい。顔は」



 性格は良いとは、悲しきかな。断言は出来ない。根は良い奴なのだが、捻くれているというか。



「それで、初日は娘さんたちが群がっていたんですよ。中には公爵家の人だから、玉の輿とかいって迫る娘さんもいて」

「へぇ……」



 クロニカは眉を顰めた。

 何故だろう、とてつもなく面白くない。



「そんな娘さんたちに、堂々と言ったんですよ。ここの領地の娘に求婚中なんで、他を当たってくださいって」

「はぁ!?」



 思わず、声を張り上げる。



「今、貴女は娘さんたちの間でもっぱら噂の的ですよ。どんな人なんだろうって」



 この前来たときは、祖母も一緒だったがお忍びで来ていたものだから、誰も自分のことを気にしてはいなかったから、自分の格好について噂は回っていないようだ。

 それにしても。



(なに言っちゃっているんだ、あいつ!?)



 祖父母ならまだしも、領民にまで話を回すだなんて、なにを考えているんだ。外堀か、外堀を埋める気なのか。



「賭けまで出ている始末で、女のほうは落ちるのに、男はそこは振ってもらいたいという願いを込めて落ちない、に賭けているみたいですよ」

「なんで賭け!? ていうか、暇だなおい!」

「平和なので、刺激がなくて退屈していたんですよ、多分」

「オレの未来が暇潰しの娯楽になっているって……」



 がくっと肩を落とす。やはり領民にとっては、領主の娘の結婚なんて他人事か。今まで関わりがなかったツケが、まさかここで発揮するとは。



「なんだよ……願いを込めて落ちないって」

「ジュリウス様は見た目がよろしいので、ほとんどの男共はそれが面白くないんですよ。娘さんたちにキャーキャー言われているから、尚更のことで。そんな男には、ぜひ振られて欲しいという男心、といったところでしょうか」

「ああ、なるほど……」



 そういえば、男友達もよく言っていたような気がする。その男友達も見た目が良かったのだが、他にジュリウスのような特別顔が良い人が、同学年にいた。クロニカは興味なかったのだが、ミーハーな女子生徒は黄色い声を上げていて、妬んでいた。それと同じだろうか。



「女の子の場合、あんな顔が良い男に迫られて、落ちないわけがない! という声が多数ありましたよ」

「どうして、そんなに詳しいんですか?」

「ほほほ」



 女性は手に口元を当てて、わざとらしく笑声を上げた。誤魔化した。

 思わず半眼になっていると、女性が言い募った。



「それにしても、ジュリウス様が仰っていた通りですね」

「え?」

「多少馴れ馴れしくても、お嬢様は気にされないし、とても親しみやすいと」

「はぁ……」



 あいつ親しみやすいだなんて、思ってくれていたのか。クロニカは、頬を掻いた。



「あと、淑女らしくなくて、けっこうガサツだと」

「褒めているのか、貶しているのか、どっちかにしろよ、あいつ!!」



 領民になに吹き込んでやがる、と心の中で呟きながら憤慨する。



「でも、それも含めて好きだとも言っていましたよ」

「ほんとうに、なに言っているんだよ、あいつ……」



 突っ込みきれなくて、項垂れていると扉が開く音がした。



「お待たせ……って、なに項垂れているんだ?」



 ジュリウスが出てきた。怪訝そうに首を傾げ、クロニカを見やるジュリウスに、クロニカは恨めしげに見据える。



「お前のせいだよ」

「なるほど、分かった」



 悪びれもない様子で、ジュリウスが頷く。クロニカはさらに眼光を鋭くしたが、ジュリウスには効かず、あさっての方向を向いている。本当に分かっているのか、面倒くさいから分かっている振りをしているのか、どちらなのか。



「それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい。夕飯までは戻ってきてくださいね」



 お母さんのようなことを言いながら、軽く手を振る女性に会釈して、ジュリウスはクロニカの肩を叩く。



「ほら、ふて腐れていないで行くぞ」

「お前のせいだって言っているだろ」

「はいはい。お詫びに、とことん付き合ってやるから」

「お詫びじゃなくても、とことん付き合ってくれるくせに……」



 クロニカは盛大に溜め息をつきながら、おもむろに立ち上がった。



「お二人とも、お気を付けてくださいね」

「はい。では、失礼します」



 クロニカは会釈して、出口に向かった。ジュリウスもその後を追う。

 二人が出て行くのを見送り、女性は微笑ましげに呟いた。



「仲が良いわね~。まるで長く付き合っている恋人同士みたい」

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