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美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
40/63

庭にて

 庭師と話がしてみたくて、クロニカは庭を散策していた。


 祖父母は出掛けている。なんでも、伯父の命日が近いので、その準備をするのだ。


 この地域では、命日に行く墓参りはピクニックをするらしい。死者が楽しんでくれるように、墓の前で家族でわいわいするという。その際に花を供えるので、その花選びをしに行くというのだ。今日花を選んで、当日にとびっきり良い花を仕入れて花束にする、という流れらしい。


 普通は使用人が用意するのだが、これだけは二人が譲らず、毎年二人で選んでいるという。二人に、一緒に選ばないか、と誘われたが、丁寧に断った。


「ここで、父上と伯父上が探検ごっこ……」


 何度繰り返しても、おかしい。あの父上が、探検ごっこだなんて。


「宝探しごっこも変だけどな」


 そういえば、庭師に宝箱を隠してもらい、暗号を頼りに探しに行っていたと言っていた。その時のことを聞くのもいいかもしれない。


 その時、鼻歌が聞こえてきた。青年の声だ。その歌を辿ってみると、小さな池に集まる鴨に餌をあげる一人の青年がいた。格好からして、庭師だろうか。


「なぁ」


 話しかけると、青年は怪訝そうな顔をして、クロニカのほうに振り向いた。


「誰だ? アンタ」

「クロニカ・マカニア」

「は? 大旦那様たちの孫は、女のはずだろ?」


 どうやら、この青年は男装のことを知らないらしい。


「訳あって男装してんの」

「ふーん」


 青年は興味がなさそうに、呟いた。

 畏まらない青年だな、と思った。普通なら、土下座して謝るところだ。クロニカは気にしないからいいが。


「お前、庭師か?」

「そうだけど、なに?」

「この庭、すげぇ良いなって思って、庭のこと聞きたいなって思って、話を聞きに来たんだ」

「造園したのは、俺のじいちゃんだ。じいちゃんは去年死んだから、あまり詳しく話せないぞ」

「そっかー」


 この青年は自分と同い年か年上に見える。つまり、幼い頃の父達のことは知らないだろう。聞けないのは残念だが、他にも聞きたいことがあるのだ。


「なぁなぁ。この庭の水って、どこから引いているんだ?」

「疑似山っていうところから」

「疑似山?」

「奥のほうに、山に見立てた小山がある。そこに雨水を溜め込んで、濾過して、高いところから低いところに流れるようにしているんだ。まあ、自然の川をできるだけ模しているってことだ」


 青年が指を差したので、その宝庫を見やると、こんもりとした物体が見えた。藻に覆われているようだが、あれが疑似山の天辺なのだろうか。


「高いところから低いところへ? あまり高さを感じないなぁ」

「田舎風の風景で誤魔化しているんだよ」

「なるほど」

「ここの庭は広いから、そのおかげで実現することができたって、じいちゃんが言っていた」


 クロニカはうんうんと頷いた。


「そうだよなー。そんな大規模な施設、金と時間、広さがなけれりゃできねーよな。お前のお爺様、すっげぇ庭師だったんだなぁ。普通、庭師が造園なんてしねーし」

「アンタ、けっこう分かる奴だな」


 青年が目を軽く瞠る。どうやら、この青年は祖父のことを一応尊敬しているらしい。


「芸も細かいよな。なんか、静かな風景だけど情熱を感じた」

「じいちゃん言っていた。この庭を造るために、タゴンに行って研究したって。何周もタゴンの村を歩き回って、スケッチしたんだ」

「お前のお爺様、すげぇ!」


 タゴンは田舎だが、田舎ならではの自然と調和しているその風景が美しいということで、人気の観光地だ。タゴンはここから十日以上掛かる場所にある。余程の情熱がない限り、頓挫するだろう。


 祖父を褒めてくれたのが嬉しいのが、仏頂面の青年が誇らしげに胸を張った。


「ああ、俺からも質問いいか?」

「なんだ?」

「アンタ、えーと、ジルド様の娘なんだろ? どんな人だ?」

「おお、いきなり話の方向を変えたな」


 クロニカはたじろぐ。まさか、父の話が出てくるとは思っていなかった。


「じいちゃんから話は聞いていたけど、本人は帰って来ていないから俺は見かけたことないし、実際どんな人だろうなって前々から気になっていたんだ」

「ううん、そうだな。無愛想で仕事第一の人、かな」

「そんだけ?」

「滅多に会わねーし。あまり知らないんだ」


 会話したことだって、あまりない。初めは好かれるように努力したが、それが報われないと分かってから、父の機嫌を損なわないように自分から関わるのを止めた。まともに会話したのは、いつが最後だっただろうか。


「希薄なんだな」

「そう、だな」


 むしろ、希薄すぎるだろう。名を一度も呼んでもらったことがないのだから。


「……これじゃ、あれを渡せるかわかんないな……」

「なんか言ったか?」

「なんでもない」


 小さな声がしたので聞き返したが、青年は首を横に振って、やんわりと否定した。


「鴨は野生か?」

「半分野生だな。餌をやっているから、人に警戒心がない」


 たしかに、クロニカが来ても逃げなかった。鴨を眺めながら、クロニカは訊いた。


「なあ、ここって昔とほとんど変わってねーの?」

「は?」

「小物の場所とか、植物とか。造園した頃と変わっていないのかなって」

「変わってないぞ。古くなっているところはあるけど、昔のままにしとけってじいちゃんに言われているから」

「そっか」


 と、いうことは、父が小さい頃と同じ庭を歩いているということか。なんだか不思議な気分だ。


「なぁ、お前のお爺様、父上たちのことについて何か言ってなかったか?」

「まあ、色々と? 素行は良かったみたいだから、あまり面白い話はなかったけど」

「なんだ、残念」

「すまんな」


 初めて、青年が微笑を浮かべる。

 鴨たちが餌を食べ終え、池に入り泳ぎ始めた。ゆったりと泳いでいる姿に、和む。


「そういえばお前、父上を見てみたいのか?」

「そりゃ、見てみたいけど……自分の父親を珍獣扱いするなよ」

「へ? それっぽく話しているか?」


 青年が頷く。

 父が珍獣。滅多に見かけない点では、珍獣と同じだ。


「見てみたいけど、ジルド様は絶対にこの屋敷には来ないだろうし。少なくても、大旦那様と大奥様、昔からいる使用人たちがいる限り、帰ってこない」

「お爺様とお婆様はともかく、どうして使用人も?」


 父と祖父母の間には確執があるみたいだが、使用人となると分からない。青年は、ああ、と困った風に頭を掻いた。


「アンタ、噂を知らないのか」

「噂って?」

「まあ、ジルド様の噂だ」


 言いにくそうにしている。悪い噂のようだ。


「なんだよ、その噂って」

「どうしても聞きたいか?」

「そう言われると、めっちゃ気になる」

「怒るなよ?」

「怒らない」


 宣言すると、青年が盛大に溜め息をついた。


「確認するが、今誰もいないな? 大奥様と大旦那様も」

「二人とも、さっき出掛けて行ったから」

「大旦那様も? 珍しいな」

「伯父上の命日が近いからって」

「ああ。そういえば、もうすぐか。なら大丈夫だな」


 青年が明らか様に安堵する。余程あの二人の耳に入れたくないらしい。青年がこちらに近付く。ある程度の距離を取ると、視線で辺りを見渡してから、告げた。


「先に言っておくぞ。この噂は、根も葉もないものだ。大旦那様も大奥様も、否定していることだから、気にするなよ」

「おう」


 前置きされ、クロニカは強く頷く。青年は重い表情を浮かべながら、声を潜めて語り出す。


「クリス様が、近くの森にある崖から落ちて亡くなったことは、聞いたか?」

「お婆様に聞いた」

「それに関する噂なんだけど」


 青年がもう一度、視線で周りを確認する。クロニカも釣られて確認する。誰もいない、と思う。視線を戻し、青年はさらに声を潜めた。


「クリス様が崖から落ちたのは、ジルド様が突き落としたからっていう噂があるんだ」


 クロニカは大きく目を見開く。ぽかん、と口を開き、青年を凝視する。


「え、マジで?」

「本当かどうか知らないけど、クリス様が亡くなった時から、ずっと流れている噂らしいぞ」

「まあ、たしかに動機はあるけど」


 親の関心を兄に取られ続けた父。そして、あの破られた肖像画。噂が流れてしまうのも、無理もないかもしれない。


「ジルド様が、兄上なんて死んでしまえばいいって、呟いていたのを聞いた女中もいるらしいし、大旦那様たちに、ぼくのことなんかどうでもいいんだって、叫んだらしいから、それが拍車に掛かっているみたいだな」

「なるほど……」


 兄さえいなければいいと思っていても、おかしくはない話だ。その想いに後押しされて凶行に走った、と当時の使用人たちは考えたのかもしれない。


「まだ当時から働いている使用人もいるから、そんな噂を流した張本人たちがいる屋敷に、帰りたくないだろ」

「それは言えている」


 自分とルーカスと立場を置き換えてみると、気持ちが良く分かる。噂は定かではないが、どっちにしろそんな噂が跋扈している場所には帰りたくない、と思っても仕方ない。


「その使用人から、後に入ってきた使用人に伝わっているから、それも一因だろうなと、俺は勝手に考えている。なんか王都の屋敷の使用人たちも噂を流し始めたから、こっちに左遷されたらしくて、噂が絶えないのはそのやっかみもあるだろうって、じっちゃんが言っていた」

「ああ、それが大異動の理由だったわけか」


 父が跡を継いでから始まった、大規模な人員異動。庭師のじいやを除いた使用人全員が入れ替わったという話。


 もしかして、庭師のじいやが左遷されなかったのは、噂を流していなかったからなのだろうか。


「始めに言ったが、大旦那様と大奥様は、そんなことをするような子じゃないって否定しているからな」

「ああ。お前はどう思っているんだ?」


 訊くと、青年は眉間に皺を寄せた。


「ジルド様を知らないんじゃ、判断しにくいだろ」

「それもそうか」

「まあ、同情はするけどな。つまり、ここはジルド様にとっては敵だらけってことだろ? 実家に等しいここが敵の場所って、俺は嫌だな」

「同感だ」


 クロニカは神妙に頷く。

 なるほど。祖父母だけが、ここに帰ってこない理由ではない可能性が大いにあるのか。


「そろそろ、庭の見回りに行かないと」

「おう、分かった。話してくれて、ありがとうな」

「お嬢様のお望みとあらば」


 恭しく一礼したが、どこかぎこちなく若干大袈裟に言われたような気がする。あと、今更な対応でもあった。


 青年はそそくさに立ち去った。

 クロニカは散策を再開するため、青年と反対の方向に歩き出した。

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