表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
38/63

祖母と恋バナ

 夕食も終わり、クロニカは部屋に引き籠もって、祖父に薦められた本を読んでいた。


 祖父は自分と同じく、勉強が苦手だったらしいが、物語を読むのは好きだったらしく、特に冒険物が好きでそれを薦められた。個人的にはありがたい。難しい物は、リリカかジュリウスがいなければ理解して読むことができないし、恋愛物は難しい本と同じくらい理解出来なくて、読むだけで苦痛だ。そういう点では、クロニカは祖父に似たらしい。


 読んでいると、ノックの音が聞こえてきた。


「クロニカ、いるかしら?」

「お婆様? いますよ」


 ノックをした主は祖母のようだ。クロニカは本から視線を逸らし、扉を注視する。


「中に入っていいかしら?」

「もちろん!」


 返事をすると、困った風な声色が返ってきた。


「悪いのだけど、扉を開けてくれないかしら? 両手が塞がっているの」

「ちょっと待ってください」


 立ち上がって、扉に向かう。扉をゆっくり開くと、アリーシェがお盆を持って立っていた。お盆の上には、湯気が上がっている二つのカップが置かれている。


「使用人に持たせたら良かったのに」

「こういうの憧れていたの」


 ふふ、とアリーシェが笑う。クロニカは苦笑を漏らしながら、アリーシェを部屋の中に招いた。


「持ちましょうか?」

「いいわ。すぐそこだから」


 るんるん、といった感じで歩きながら、アリーシェは机の上にお盆を置いた。クロニカは椅子を引いて、アリーシェを座らせると、向かいの椅子に座った。


「なにを持ってきたんですか?」

「ココアよ。山羊の乳を使っているの」

「え? 山羊?」


 クロニカは思わず眉を寄せた。


 クロニカは主に牛の乳しか飲んだことがないのだが、一度だけ山羊の乳を飲んだことがある。栄養価が高いらしいのだが、臭いがキツくて飲めたものではなかった。生臭いとも獣臭いとも違う、独特な臭い。あの臭いがなければ飲めたかもしれないが、あの臭いが強烈に記憶に残っているのだ。


 クロニカの表情からそれを読み取ったのか、アリーシェが小さく笑う。


「この地域の山羊の乳は、臭いがないから飲みやすいのよ」

「そうなんですか?」

「一口飲んでみたら分かるわ」


 促されて、カップを手に取って飲んでみる。ココアになっても乳の違いは分かる。牛とは違う味だが、確かにあの独特の匂いがしない。


「本当だ! とても飲みやすいです」

「でしょう?」

「どうして、こうも違うんでしょうか?」

「多分、山羊の品種と餌が違うんじゃないかしら。餌によっては、乳と肉の味が変わるって、聞いたことがあるわ。品種もそれぞれ肉の性質が違うらしいから、きっと乳も違いがあるんじゃないかしら。本当のことは分からないけれど」

「へぇ……」


 クロニカは、もう一口ココアを飲んだ。臭いがないのなら、菓子作りで使っても問題ないかもしれない。


「そういえば、どうしてオレの部屋に?」

「二人で話したいなって思って」

「二人で?」

「女だけの、秘密のお話」


 アリーシェの楽しそうな声色に、クロニカは困った顔をした。


「オレ、女らしくないから、楽しい女の話は出来ないと思うんですが」


 女にとって楽しい話といえば基本的に、他人の不幸は蜜の味、だ。他人の不幸を他人事として楽しむ感覚が、クロニカは分からない。アリーシェはそうなのか知らないが、どちらにせよクロニカは女同士の会話をしたことがないのだ。


 リリカは他人事には興味なく、ただの情報として扱っていたし、他の女友達もクロニカにそんな話をあまり振らなかった。クロニカは男と話したほうが会話が弾むのだ。下ネタは除くが。


「でも、恋バナは出来るでしょ?」

「へ?」


 クロニカはきょとんとして、内心苦笑した。女同士ってそっちの方か、と。


「恋バナって……そっちも出来ませんよ。オレ、恋愛経験ないので」

「あら、あるじゃない。現在進行形で」

「?」

「ジュリウス君のことよ」

「んなっ!?」


 狼狽えるクロニカに、アリーシェは含み笑いをした。口元を手で隠しているが、目元がにやけている。


「ジュリウス君に求婚されているのでしょう? 出会いとか、クロニカはどう思っているのか、ぜひ聞きたいわ」


 アリーシェがとてもうきうきしている。見た目はクールは祖母も、恋バナが好きらしい。


「出会いって……別に運命的な出会いではありませんよ?」

「引っ付けば運命になるのよ」

「はぁ……」


 クロニカは困惑しながら、呟く。どうやら、どうしても聞きたいらしい。うきうきしている祖母は、少女のようで、クロニカは溜め息を吐いた。


「……はじめて会ったのは、学園に入ってしばらく経った頃です。図書館で調べ物していた時になんやかんやあって」

「なんやかんや?」

「えーと……目的の本を取ろうとしたら届かなくて、代わりに取ってくれたんですけど」

「あら、素敵」


「いや、その後が駄目だったんです。取ってくれたのは良かったんですが、その後に馬鹿って言われて」

「初対面の子に? 馬鹿?」

「さらに詳しく言うと、すぐ近くに脚立があったのに気付かなかったのか、どうして探そうとしなかったんだ、馬鹿なのか、だったかな」


 思い出したら、なんだか腹が立ってきた。今は柔らかくなったが、昔はいけ好かない奴だった。


「まあ、その後はけっこう突っかかってきたんですけど……」


 突っかかってきた理由を思い出しそうになり、クロニカは慌てて頭を振る。


「どうしたの?」

「い、いえ、その、虫の羽音がしたものですから、つい」

「羽音?」


 アリーシェが首を傾げる。クロニカはごほん、と咳をして言い募った。


「だから! その頃はジュリウスのこと嫌いだったんですよ、オレ」

「でも、今は仲良しよね?」

「母上のお見舞いにジュリウスの母上がいらっしゃって、付き添いでジュリウスも来たんです。ジュリウスの母上、よくお見舞いに来てくださって、そのたびにジュリウスも来るものだから、相手をするうちに慣れてきたというか、まあ嫌いではなくなりまして。なんやかんや友達になって、今に至るというわけで」


 決定的に関係を変えた、あの日のことは言わないほうがいいだろう。母が死んだ話でもあるし、父に言われた言葉のこともある。祖母を悲しませそうだから、尚更言えない。


 濁した物言いだったが、アリーシェは気にした素振りを見せず、続きを請うた。


「いつ求婚されたの?」

「ついこの間ですよ。二人でお茶会していたら、進路の話になって、就職先として僕の妻にならないかって」

「好きって言われなかったの?」

「まあ、言われたことは言われましたが……」


 剥製云々は言わないほうがいいだろうか。とてつもなく言いにくいので、聞かれても困る。


「まあ、今はオレの返事を待っているというか、返事をするまで口説くって宣言されたようなものかな、と」

「クロニカは、ジュリウス君のこと、どう想っているのかしら?」

「好きですけど、どの好きかよく分からないです」

「つまり、答え探し中ってことなのね?」

「はい」


 クロニカは頷いた。


「どの好きか分からないってことは、友達の好きではないことは確かなのね?」

「近くて遠いっていう感じですかね?」


 他の友人と比べると、そういう気がした。男友達でも女友達と同じようで、とても遠い。ジュリウスの存在は分類されず、そのままジュリウスとして分類している、そんな感じなのだ。


「じゃあ、家族愛的な?」

「友達よりも近いような……ああ、でもやっぱり遠いような」

「ふふ。本当に模索中なのね」


 少し笑って、アリーシェはココアを飲んだ。


「そもそもオレ、恋とかしたことがないのでよく分からないんですよ」

「お友達と恋バナはしないの?」

「しても、外国語を話しているみたいに、意味が分からなくて」

「あらあら」

「オレ、早く返事をしたいのに、分からなくて」


 俯きながら、辿々しく語る。


 ジュリウスを待たせたくない。けど、答えがまだ分かっていない。揺蕩う想いを掴むことが、こんなに難しく感じたことなどなかった。

 自分の気持ちが、よく分からない。


「そこまで分かっているんなら、もう少しで分かるんじゃないかしら?」

「いやいや、そこまで分かっていないですって」

「どれも違うってことは、けっこう絞られているってことよ」


 絞られている意味が分からなくて、首を傾げる。確かに選択肢は減ったが、だからといって新しい選択肢が出来たわけではないのに。


「案外、もう答えはあるんじゃないかしら?」

「そう、でしょうか」

「私はそう思うわ。気付く切っ掛けがないだけで。焦らず、ゆっくりと見つけてあげなさい。そういうのって、ふとした時に見つかるものだから」

「探しているものが探していない時に。見つかるような感じに言われても……」

「あら、本当にそういうものよ?」


 ココアを優雅に飲みながら、アリーシェが朗らかに笑う。なにか確信したような、含みがあるように見えて、クロニカはさらに首を捻らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ