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美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
30/63

初めての領地

 夏休みを告げる終業式が終わり、同級生たちと数少ない時間を過ごした翌日。クロニカは、ルーカスと使用人に見送られながら、ルーカスが用意してくれた馬車に乗って、領地へ向かった。


 ジュリウスは見送りに来れなかった。なんでも、どうしても外せない用事があるらしい。ルーカスと使用人の前でみっともない姿を見られなかったことに安心したが、なんだか少し残念だった。


 丸四日の旅。御者と馬、そして女中一人という、公爵家の一人娘としては少人数すぎるが、これで十分だ。一人でも大抵のことは出来るし、荷物も少ない。女中と御者は、旅に慣れているらしいので、これが初めての遠出となるクロニカにとっては、とても心強い。だから、これで十分なのだ。


(課題があったら、荷物が多くなったけど、最後だからないし)


 夏休みは卒業式前の、最後の長期休暇。その間に卒業する生徒は輿入れなどの進路の追い込み準備で忙しいため、卒業生は課題がないので、荷物は少なく済んだ。あったらたくさんの本を持っていかなくてはならなくなる。


(それにしても)


 クロニカは顰めっ面で、唸る。


(こ、腰と尻がいてぇ!)


 遠出をしたことがないので、クロニカは今まで馬車に乗ったことがなかった。出掛けるのなら徒歩で、少し遠くに行くのなら馬に乗っていた。友人たちから聞いていたが、まさかこれほどまでとは思ってもみなかった。


 一日目はまだ良かった。だが、二日、三日、四日と過ぎていくと、馬車の中でも立っていたくなるほどに痛みが増していった。だが、動いている馬車の中で立つと危ないので、結局座るしかない。尻の下に座布団があるが、気休め程度しかなっていない。まだ、初めて見る領地の景色を眺めているほうが気が紛れた。


 そこら辺の貴族よりも、体力と丈夫さに自信があったのだが、馬車の前にするといかに無力なのか分かった。


「大丈夫ですか? 休憩を取りますか?」

「いいよ。さっき休んだばっかりだし。それに屋敷までもうすぐなんだろ? それまで我慢するから」

「分かりました。あまり、ご無理をなさらずに」

「ありがとう」


 心配そうに自分の顔を覗き込む女中に、クロニカは微笑んでみせた。

 着いたのは、半刻後のことだった。すでに昼を回っていて、青い空に入道雲が掛かっており、日差しがとても強かった。


 屋敷の門前に着くと、馬車が止まった。門番が御者に駆け寄り、話しかけてきた。どうやら、何処の者なのかの確認らしい。話し終わると、門番が門を開けた。馬車はそのまま門を潜り、玄関前まで移動した。

 玄関前に止まると、御者が馬車の扉を開いた。


「お嬢様、到着しました」

「ああ。ここまで、ありがとう」


 御者にお礼を言い、立ち上がる。エスコートはない。クロニカが断ったのだ。女扱いされるのは、なんだか抵抗を感じるからだ。

 ふらつく身体を女中に支えられながら、地面に着く。地面に着くと、とても安心した。

 次の瞬間、玄関が勢い良く開かれた。遠くの方で「奥様!」という悲鳴混じりの声も聞こえたような気がする。


 飛び出してきたのは、一人の老婆だった。老婆といっても初老というべきだろう。白髪交じりの黒髪は一見、灰色のようにも見えた。背はクロニカよりも低い。顔は、若い頃は美人だったのだろう、という面影が垣間見える。吊り気味の目は、少し冷たい印象を与えた。瞳の色は緑色だった。


 老婆はクロニカを凝視している。着ているものから、使用人ではないことは一目瞭然で。

 クロニカは、この老婆が誰なのかすぐ分かった。


「えーと……お婆様、ですか?」


 話しかけると、老婆もとい、アリーシェ前マカニア公爵夫人の目が潤み始めた。


「あ、あの」

「クロニカ……よく、来てくれたわね」


 アリーシェが微笑みながら、クロニカに駆け寄る。そして、荷物を持っていないほうの手を取り、その手を優しくぎゅっと握った。


「疲れたでしょう? さ、はやくお入りなさい。荷物は女中が部屋まで持っていってもらいましょう。美味しいお菓子を用意したの。甘い物好き?」

「は、はい。大好きです」

「よかった。お爺様もね、甘い物が好きなの。三人でお茶をしましょう。あ、少し休んでからのほうがいい?」


 心配げに眉尻を下げるアリーシェに、クロニカは慌てて頭を振る。


「い、いえ! お爺様にもお会いしたいので、お茶しましょう!」

「ありがとう」


 アリーシェの笑みが深くなる。その笑みが破顔しているように、クロニカは見えた。


「さあ、行きましょう。お爺様が今か今かと待っているだろうから」

「はい」


 妙齢の女中が来て、お荷物を運びます、と言われ、荷物を預ける。


「クロニカ」

「はい?」


 アリーシェがクロニカを真っ直ぐ見つめながら、もう一度微笑んだ。


「改めて、いらっしゃい。ずっと、貴女に会いたかったわ」


 暖かい声色が移ったように、胸が暖かくなる。


――本当に、自分を心から歓迎してくれている


 それが伝わってきて、ずっと胸の奥で疼いていた不安が消えていき、クロニカは初めてはにかんだ。

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