ルーカスに相談
クロニカは自分の部屋で食事する。母が亡くなってから、大体がそうだ。
父はクロニカがいると食堂に現れない。ルーカスが来てからは、たまにルーカスと一緒に食事をするが、時間が合わない時は自分の部屋で摂ることにしている。
今日、ルーカスはいるにはいるが、仕事が一区切りしてから遅めの夕食を摂るらしい。時間を確認すると、けっこう遅くなっているようだ。
こんな遅めに食事を摂ったら、身体に悪い。そう思って、軽食を作って持っていくことにした。ついでに、頼み事もある。
それに今日は、父はいない。ルーカスはいつも父の執務室で、仕事をしているので、父がいる時は絶対に行かない。その父が今日帰ってこない。ルーカスとじっくり話す機会は今日しかない。
軽食として、卵、トマトとレタスのサンドウィッチを作ってもらって運んだ。執務室の前に立ち、深呼吸する。
たとえ、ルーカスしかいないと分かっていても、緊張してしまう。
「ルーカス? いるかー?」
すぐに返答が来た。
「クロニカか? いるよ」
「サンドウィッチ持ってきたんだ。両手塞がっているから、開けてくれないか?」
「ちょっと、待ってくれ」
少しすると、執務室の扉が開いた。青みの掛かった黒髪をボサボサにして、ルーカスは困ったように笑った。
「すまない。こんなに時間が経っているとは思っていなくて」
「やっぱり。すげぇ集中していたんだな」
ルーカスは一旦集中すると、時間を忘れてしまうのだ。クロニカは思わず苦笑する。
「立て込んでいるのか?」
「いや。ちょうど目途が立ったところなんだ」
「なら、ちょうど良かったか?」
「ああ。ありがとう」
ルーカスが笑む。
「あのさ、ついでなんだけど、折り入って相談があるんだ」
「分かった。中で聞くよ」
快く頷いたルーカスに内心胸を撫で下ろして、執務室に入る。
実は執務室に入るのは、これで二度目だ。学園に入る前、父に呼び出されて、男装は止めろ、と言われたあの日以来、一度も入ったこともなければ、それ以前にも足を踏み入れたことがない。
主と同じように暗く厳かで、息苦しい執務室は、ルーカスの机が増えたこと以外、特に変わったところがないように見える。うろ覚えなので、自信がないが。
長椅子に座り、ルーカスもその向かいに座った。
「相談ってなんだい?」
「あのな、今度、長期の休みがあるからさ、その時に領地に行ってみたいんだ」
ルーカスが目を丸くする。
「領地に? なんでだ?」
「領地に一回も行ったことがないからっていうのもあるけど、お爺様たちにも一回も会ったことがないから、会ってみたいなって」
ルーカスは首を傾げる。
「どうして、また?」
「えーと……その前に、確認したいんだけど、父上が帰ってくるのは明日なんだよな?」
「? ああ。王城に泊まるとかで、明日帰るって連絡があったから、間違いなく今日は帰ってこないだろうけど。あの人に聞かれては不味いことかい?」
「……多分」
父が伯父のことを悪く思っているかもしれないが、昔のことだ。今はどれほど嫌いなのか分からない今、父が機嫌悪くなる事は避けたい。
「ルーカスは、父上にお兄さんがいたこと知っているか?」
「えぇ!? 初めて知ったな」
「オレも今日、初めて知った。その人、オレと同じ瞳の目をしていたらしいんだけど、父上、その人のことが嫌いだったみたいで、父上がオレを嫌う理由って、それじゃないかなって思うようになって」
「ああ、なるほど」
「で、その伯父上のこと、知りたいなって。まあ、それも含めて、お爺様たちも存命なわけだから、生きている内に一回でも会ってみたいなって。確実に時間が取れるのは、今度の長期の休みしかないだろうし」
その長期の休みが、クロニカにとって最後の自由時間だ。クロニカには婚約者がいないため、その長期の休みを使って結婚準備に追われることもない。学園を卒業すれば、次いつ時間が取れるか分からないのだ。
「クロニカ、祖父母に会ったことがなかったのか?」
「うん。領地に行ったことがないし、二人とも領地に出てこなかったみたいだから。ルーカスは会ったことあるか?」
ルーカスは腕を組んだ。
「俺もないなぁ。領地に行く時は、御二人がいる屋敷から、かなり離れた場所にある別邸で寝泊まりしていたから。あの人、あまり御両親と会いたくないみたいで」
「そんなにかよ」
思っていた以上に、父は祖父母のことを避けているようで、クロニカは思わず半眼になる。
「御挨拶くらいしたい、と言ったらすごく睨まれたよ」
「父上、お爺様たちのこと、嫌いなのかな」
「そうかもしれないな。それで、馬車の手配をしてほしいのか?」
「頼めるか?」
ルーカスがにっこりと笑った。
「別に御二人に会うのは不味いことじゃないし、いいよ。でも、あの人が知ったら、嫌な顔されると思うけど大丈夫かい?」
「今さらだって。それに、これ以上嫌われることはないし」
クロニカは苦笑した。
「心配してくれて、ありがとうな」
「なに、可愛い妹のためだ」
「オレのこと、妹って思っているのかよ」
てっきり友達くらいかと思っていたので、少し驚く。すると、ルーカスは胸を張って言った。
「もちろん。俺、昔から妹が欲しかったから」
「なんか悪いな。歳が同じなのに、男らしい妹で」
「それはそれで良いと思っているから、大丈夫だ」
「それ、なんか変態っぽいぞ」
「ひどっ!」
ぷっと吹き出す。ルーカスも小さく笑声を上げた。
冗談かどうかはさておき、ルーカスは自分のことを家族と思ってくれているみたいで、嬉しいと思った。
「でもいいのか? 忙しいのに」
「手配くらいどうってことないさ。こっちも渡りに船だし」
「え? ごめん、なんて言った?」
前半は聞こえたが、後半は聞き取れないほど小声で呟かれて、クロニカは催促するが、ルーカスは満面の笑みを刷った。
「ん? 別になにも言っていないけど」
「そうか?」
絶対に言ったと思ったのだが、気のせいだったのだろうか。
視線を逸らしたクロニカは、ルーカスがほくそ笑んでいることに気が付かなかった。




