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美しきモノ  作者: 空廼紡
空の向こう
27/63

ルーカスに相談

 クロニカは自分の部屋で食事する。母が亡くなってから、大体がそうだ。


 父はクロニカがいると食堂に現れない。ルーカスが来てからは、たまにルーカスと一緒に食事をするが、時間が合わない時は自分の部屋で摂ることにしている。


 今日、ルーカスはいるにはいるが、仕事が一区切りしてから遅めの夕食を摂るらしい。時間を確認すると、けっこう遅くなっているようだ。

 こんな遅めに食事を摂ったら、身体に悪い。そう思って、軽食を作って持っていくことにした。ついでに、頼み事もある。


 それに今日は、父はいない。ルーカスはいつも父の執務室で、仕事をしているので、父がいる時は絶対に行かない。その父が今日帰ってこない。ルーカスとじっくり話す機会は今日しかない。

 軽食として、卵、トマトとレタスのサンドウィッチを作ってもらって運んだ。執務室の前に立ち、深呼吸する。

 たとえ、ルーカスしかいないと分かっていても、緊張してしまう。


「ルーカス? いるかー?」


 すぐに返答が来た。


「クロニカか? いるよ」

「サンドウィッチ持ってきたんだ。両手塞がっているから、開けてくれないか?」

「ちょっと、待ってくれ」


 少しすると、執務室の扉が開いた。青みの掛かった黒髪をボサボサにして、ルーカスは困ったように笑った。


「すまない。こんなに時間が経っているとは思っていなくて」

「やっぱり。すげぇ集中していたんだな」


 ルーカスは一旦集中すると、時間を忘れてしまうのだ。クロニカは思わず苦笑する。


「立て込んでいるのか?」

「いや。ちょうど目途が立ったところなんだ」

「なら、ちょうど良かったか?」

「ああ。ありがとう」


 ルーカスが笑む。


「あのさ、ついでなんだけど、折り入って相談があるんだ」

「分かった。中で聞くよ」


 快く頷いたルーカスに内心胸を撫で下ろして、執務室に入る。

 実は執務室に入るのは、これで二度目だ。学園に入る前、父に呼び出されて、男装は止めろ、と言われたあの日以来、一度も入ったこともなければ、それ以前にも足を踏み入れたことがない。


 主と同じように暗く厳かで、息苦しい執務室は、ルーカスの机が増えたこと以外、特に変わったところがないように見える。うろ覚えなので、自信がないが。

 長椅子に座り、ルーカスもその向かいに座った。


「相談ってなんだい?」

「あのな、今度、長期の休みがあるからさ、その時に領地に行ってみたいんだ」


 ルーカスが目を丸くする。


「領地に? なんでだ?」

「領地に一回も行ったことがないからっていうのもあるけど、お爺様たちにも一回も会ったことがないから、会ってみたいなって」


 ルーカスは首を傾げる。


「どうして、また?」

「えーと……その前に、確認したいんだけど、父上が帰ってくるのは明日なんだよな?」

「? ああ。王城に泊まるとかで、明日帰るって連絡があったから、間違いなく今日は帰ってこないだろうけど。あの人に聞かれては不味いことかい?」

「……多分」


 父が伯父のことを悪く思っているかもしれないが、昔のことだ。今はどれほど嫌いなのか分からない今、父が機嫌悪くなる事は避けたい。


「ルーカスは、父上にお兄さんがいたこと知っているか?」

「えぇ!? 初めて知ったな」

「オレも今日、初めて知った。その人、オレと同じ瞳の目をしていたらしいんだけど、父上、その人のことが嫌いだったみたいで、父上がオレを嫌う理由って、それじゃないかなって思うようになって」

「ああ、なるほど」

「で、その伯父上のこと、知りたいなって。まあ、それも含めて、お爺様たちも存命なわけだから、生きている内に一回でも会ってみたいなって。確実に時間が取れるのは、今度の長期の休みしかないだろうし」


 その長期の休みが、クロニカにとって最後の自由時間だ。クロニカには婚約者がいないため、その長期の休みを使って結婚準備に追われることもない。学園を卒業すれば、次いつ時間が取れるか分からないのだ。


「クロニカ、祖父母に会ったことがなかったのか?」

「うん。領地に行ったことがないし、二人とも領地に出てこなかったみたいだから。ルーカスは会ったことあるか?」


 ルーカスは腕を組んだ。


「俺もないなぁ。領地に行く時は、御二人がいる屋敷から、かなり離れた場所にある別邸で寝泊まりしていたから。あの人、あまり御両親と会いたくないみたいで」

「そんなにかよ」


 思っていた以上に、父は祖父母のことを避けているようで、クロニカは思わず半眼になる。


「御挨拶くらいしたい、と言ったらすごく睨まれたよ」

「父上、お爺様たちのこと、嫌いなのかな」

「そうかもしれないな。それで、馬車の手配をしてほしいのか?」

「頼めるか?」


 ルーカスがにっこりと笑った。


「別に御二人に会うのは不味いことじゃないし、いいよ。でも、あの人が知ったら、嫌な顔されると思うけど大丈夫かい?」

「今さらだって。それに、これ以上嫌われることはないし」


 クロニカは苦笑した。


「心配してくれて、ありがとうな」

「なに、可愛い妹のためだ」

「オレのこと、妹って思っているのかよ」


 てっきり友達くらいかと思っていたので、少し驚く。すると、ルーカスは胸を張って言った。


「もちろん。俺、昔から妹が欲しかったから」

「なんか悪いな。歳が同じなのに、男らしい妹で」

「それはそれで良いと思っているから、大丈夫だ」

「それ、なんか変態っぽいぞ」

「ひどっ!」


 ぷっと吹き出す。ルーカスも小さく笑声を上げた。

 冗談かどうかはさておき、ルーカスは自分のことを家族と思ってくれているみたいで、嬉しいと思った。


「でもいいのか? 忙しいのに」

「手配くらいどうってことないさ。こっちも渡りに船だし」

「え? ごめん、なんて言った?」


 前半は聞こえたが、後半は聞き取れないほど小声で呟かれて、クロニカは催促するが、ルーカスは満面の笑みを刷った。


「ん? 別になにも言っていないけど」

「そうか?」


 絶対に言ったと思ったのだが、気のせいだったのだろうか。

 視線を逸らしたクロニカは、ルーカスがほくそ笑んでいることに気が付かなかった。


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