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美しきモノ  作者: 空廼紡
ジュリウス・セピールの回想
18/63

ジュリウスとマカニア夫人

 クロニカと一緒にぐゆみを食べたその日から、どうも可笑しい。以前から、彼女のことを考えたりはしていたが、あの日からもっと彼女のことを考えるようになった。

 彼女が女性らしい仕草や、笑顔を見せると直視ができなくなる。それでも、いつも目で追ってしまう。

 それは、ジュリウスにとって大きな変化で、ジュリウスは混乱していた。その行動の意味が分からず、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、日々を過ごしていた。


 今日も母の付き添いで、マカニア邸を訪れた。だが、今日はいつもと違うことをしている。



「前から挑戦したいと思っていたのよ! ねえ、クロニカちゃん。競争しない?」


「いいですよ! 負けませんから」


「そうこなくっちゃ!」



 庭師のじいやが花迷路を新しくした事や、夫人の体調が良い、ということでマカニア邸の名物「花迷路」を見学することになった。

 母が珍しくはしゃぎ、先ほどクロニカとそういう話をしてから、花迷路の中に入っていった。



「ふふふ。二人とも行っちゃったわね」


「そうですね……」



 必然と、ジュリウスは夫人と二人っきりになった。

 ジュリウスは少しばかり居心地の悪さを感じた。会話はしたことはある。だが、それは母を通しての会話だったので、一対一で話すのはこれが初めてだった。



「前からジュリウス君と話したかったのよ」



 夫人は嬉しげに言葉を紡ぐ。



「僕と話しても楽しくはないと思うのですが」


「それは私が決めることよ」



 夫人はクロニカが作った茶を飲む。

 ジュリウスは夫人を一瞥した。たしかに顔色は良いのだろう。だが、前と比べて明らかに顔色が悪くなっている。

 身体が弱い、というより何かの病気に掛かっているような気がした。

 いつもならクロニカがいるから訊ねようとは思わないが、今はいない。ジュリウスは思い切って訊くことにした。



「夫人……どこか患っているのですか?」


「さすがビアンカさんの息子ね」



 夫人がにっこりと笑う。



「心臓がね、駄目みたいなの」


「心臓が……」


「そう。いつ止まっても、おかしくはないのですって」



 落ち着いた様子で語る夫人。悲嘆はしてなく、全てを受容しているようだった。まるで、こうなる事は最初から分かっていたかのように。

 元々、身体が弱いのだと聞いた。だとすれば、夫人は前から覚悟していたのだろう。



「ねぇ、ジュリウス君は疑問に思ったことはない?」


「何をですか?」


「私の夫が何故、クロニカに対してあんなに冷たいのか」


「それは……」



 実は気になっていたのだ。だが、それはこの家の問題であって、事情を知らない、血縁者でもない自分が首を突っ込むのは拙いと思ったのだ。



「私も、あの人が何考えているのか分からないの」


「知らないのですか?」



 てっきり知っているのかと思っていた。



「ええ。でもね、あの人はクロニカが生まれることを心待ちにしていたのよ」


「え」


「もう、待ちきれなくて、よく私のお腹を撫でていたの。でも、生まれたばかりのクロニカの顔を見た瞬間、冷たくなって……」



 その時の事を思い出したせいなのか、夫人は憂いげに息を吐き捨てた。



「でも、マカニアの顔は夫人似ですよね?」



 マカニア公爵が夫人のことを大切に想っているのは、ジュリウスからでも分かる。その公爵が夫人似のマカニアの顔を見て、態度を一変させるだろうか。



「顔というより、瞳、かしら?」


「瞳?」


「多分そう。本当は、私があの二人の架け橋になりたかったけど……」



 夫人は儚げに笑む。



「もう、時間が残っていないから、無理ね」



 そんなことはない、とは言えなかった。そんな気休めにもならない言葉は、かえって傷つくだけだ。それに、確証のないことを言いたくない。

 口を噤む。そんなジュリウスに夫人は、小さく笑声をあげた。



「そうね。もしかしたら、庭師のじいやなら知っているかもね。あの人が一番、長く仕えているから」


「あの人が……?」



 誰も見ていないというのに、華麗に植木の剪定をしていた初老の爺の姿が蘇る。

 そういえば、あの人が一番歳をとっているような気がする。他は若いとはいかないものの、庭師のじいや以外は老人と呼ぶ年齢に達していないように見える。



「ジュリウス君」



 夫人がジュリウスの手を包み込むように握った。



「私が死んでからも、あの子のこと、よろしくお願いね」


「そんな、縁起でもないことを」


「いつ死んでもおかしくないんだから、縁起もなにもないわ」



 反応に困る返答に、ジュリウスは口を噤む。



「ジュリウス君なら、安心してクロニカのことを任せられるわ」


「どうして」


「ジュリウス君だからよ。そのうち分かるわ」



 ジュリウスの手を包み込んでいる手に、力が入った。



「あの子のこと、幸せにしてあげてね」



 その意味を訊こうとしたら、クロニカと母の声が聞こえた。



「負けた! さすが、クロニカちゃん!」


「また今度相手にしますよ!」


「次は負けないから!」



 夫人が手を離す。



「帰ってきたみたいね」



 夫人が手を振って、二人を出迎えた。



(ま、いっか)



 ジュリウスは静かに溜息をつく。

 どうせすぐ見舞いに行くだろうから、またその時に訊けばいい。この時はそう思った。

 だが、その時が来ることは、二度となかった。


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