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西果てのローディ  作者: 中村なめ
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Stage3-2

 放課後。

 凪沙が帰宅するとミナトサイクルから留守電が入っていた。頼んでいたパーツが届いたため取りにきてほしいという。凪沙は制服のまま外に出て、今度はロードバイクに跨った。今日は自宅で練習するので、いつもより時間に余裕がある。


 先ほど帰ってきた道を引き返し、途中で路駐の多い通りに入る。ここ一帯は商店街だ。学校帰りの中高生の姿が見受けられる。信号待ちの間、凪沙は内心得意げに、足を地面に着けずバランスを取り続けていた。

 人の多い場所を走るのは意外と楽しい。

 凪沙にとってロードバイクはある種のステータスだ。他人と違う趣味・特技を持っていることに優越感を抱いている。相変わらず駆けっこは遅いが自転車なら負けない。そもそも春風以外に競う相手がいないのだが。


 ――――あいつは、どこまで本気なんだろう。


 春風は凪沙が一緒でなくても、自分なりに情報を集め、練習しているようだ。前の中学でしていたというバレーボールの経験も活きているのだろう、わずかな間でも確実に強くなっている。このまま練習を続けていけば、いつか間違いなく凪沙よりも……


「……それはないか」


 どうせ凪沙目当ての熱心な求愛だろう。健全なストーカーなんて無視しておけばそのうち諦めるはずだ。凪沙がつい口を挟んでしまうのが問題だが。


 緩く傾斜した道を登り切ったところにミナトサイクルはある。凪沙行きつけの店だ。本来はスポーツサイクルを取り扱っていないが、凪沙がロードに乗り始めた頃から面倒を看てくれている。

 歩道の柵にロードバイク(スタンドがない)を立てかけ、盗難防止のワイヤーを掛けた。大きなガラス扉を開けて店内に立ち入る。


「こんちわー」

「あっ、ナギだ」

「なんでまたアンタが居っと!?」


 入り口奥の作業スペースに春風がいるのを見て、凪沙は背すじがうっすら寒くなった。まさかコイツ、本当にストーカーなんじゃ……。


「何って見ての通りだよ。ナギが走りにいかないって言うからさ、今日は自転車の整備を覚えようかと。すごいのなー、ロードって。こんなにシンプルに出来てんだぜ。神秘さえ感じられるね」

「店長、さっさと部品頂戴」

「シカトかよー……」


 口をへの字にした春風をスルーして店長に歩み寄る。湊店長は五十代後半(独身)の男性で、たいていは作業用のエプロンを着て、つるつるの頭にタオルを巻いている。愛嬌のある顔立ちで見るからに人が好さそうだが、実際、いい人だ。


「あぁ、凪沙ちゃん。ちょっと待っててね、先に春風くんの方を終わらせちゃうから」

「…………」

「すっ、すぐだよ、すぐ終わるって! せっかくしばらくぶりに来てくれたんだし、待ってる間に近況でも聞かせてくれないかな」

「近況なんて」


 凪沙はレジカウンターにもたれ、春風をぎろりと睨みつける。彼はバラバラになっていた部品が組み上がっていく様に夢中で視線に気づかない。

 むかつく。


「とにかくそのストーカーに迷惑してる。以上」

「ストーカー? ……春風くんが? 確かに仲良くしてあげてとは頼んだけど」

「誤解っす店長。ナギはまぁ美人だけど、俺、もっと品のあるおしとやかな人が好きだし、それに年上好きだもんで。こいつだけは無いっす」

「くっ……毎朝毎夕あたしのケツ追っかけてくるくせに、よくもいけしゃあしゃあと」

「人前でケツとか言ってる時点でストライクゾーンじゃないんだってばさ。一緒に走りたいのは純粋に練習のためだっつってんだろ。ナギの方こそ、わかってるくせにイチャモンつけてくんなよ。万が一先生とかに誤解されたとして、また停学になったらどうすんだ」

「停学?」


 ギクリ、という音が聞こえてくるようだった。春風のへらへらした笑みが固まったのを見て、凪沙はカモを見つけた悪人面になる。


「何よあんた、前の学校で停学食らったの? そういえば転校の理由は聞いたことなかったなぁ……ふふ。停学かぁ。実はあたしよりずっとヤンチャなんだ? 意外かも~」

「走ってる時以外でお前がそんなに生き生きしてんの、初めて見たわ……」


 春風は過去最大級のダメージを受けているようだ。凪沙としてはうっとうしい虫を追い払うまたとない機会。ここで畳みかける。


「ねぇ停学クン。そのことを広められたくなかったらどうしたらいいか……わかってるよね?」

「……か、身体を売る?」

「誰が買うかァ!」


 即座に切り返すと春風がびくっと身をすくめた。身体を抱いて怯える彼が自分よりも色っぽく見えて悔しい。確かにどこかで需要はあるかもしれない。


「ていうかナギ。そもそもお前って、噂を広める友達いなくね?」

「ううううっさいな! 今時ド田舎の中三でもケータイくらい持ってるんだからな、ツイッターで呟いてやるぞ。全世界にあんたの悪評を拡散してやるんだから!」

「へー、ケータイ持ってたんだ。ラインのID交換しようぜ」

「…………ラ、ラインとか、使ってないし」


 実はツイッターもやっていなかったりする。


「そうなん? あ、ガラケーか。じゃあメアドと電話番号――あ、もしかして交換の仕方知らなかったりする? ナギには縁がないかな」

「さすがに知ってるわ! 馬鹿にすんなし!」

「ほーお。じゃあやってみそ」

「さっさと寄越しなさいッ」


 …………。

 ……………………。


「よっしゃあナギの連絡先ゲットーッ!!」

「くっ……」


 まんまとしてやられた。普段なら絶対教えたりしないのに。


「これからは練習行くとき連絡してくれよな。その方が序盤から一緒に走れるし。俺が遅いうちはナギに行き先任せっから、よろしく、相棒」

「……い、今すぐ削除しろ。あたしもあんたのアドレス消すから……」

「やーだね。とにかく登録しとけって。お互いに知ってた方がいざというとき安心だろ。何かあったらいつでも電話してよ、どこに居たって飛んでくから」

「くそっ……こうなったら、何もなくてもかけまくってやる。朝から晩までイタ電しまくってノイローゼにしてやるから!」

「にひひっ。そりゃあ大歓迎だ」


 春風は余裕に満ちた笑みを浮かべた。

 ――――やっぱり、ムカつく!



 組み上がった自転車を押して店を出ていった春風を見送り、店長が言う。

「いい子じゃないか、春風くん。僕は好きだよ。まっすぐで裏表なさそうだ。凪沙ちゃんだって、口で言ってるほど嫌ってるわけじゃないんだろう?」


「はァ? あんなやつ嫌いに決まってんでしょ、大嫌い」

「具体的にどんなところが?」

「…………ぜ、全部……」


 店長は声をあげて笑った。ひとしきり笑った後、凪沙のことをじぃっと見つめてくる。まん丸の子供っぽい瞳は鏡のようにきらめいていて、こちらの心を映し出すかのように思われる。


「今の凪沙ちゃんは、秘密基地に見知らぬ子がやって来た時の子供と似た心境なのかな? と僕は思うんだけど。違う?」

「もっとわかりやすく言ってよ」

「だからさ、こないだまではこの島でロードに乗ってるのは凪沙ちゃんだけだったわけでしょ。凪沙ちゃんにとってロードバイクは、自分だけの秘密基地みたいなものだった」

「あぁ……」


 そういえば先ほど、凪沙もそんなことを考えていたのだったか。ロードバイクは自分だけが持っているステータスだと。しかし、


「全っ然的外れなんだけど」

「ええっ? 本当かい……なんだか恥ずかしいこと言っちゃったかな」


 いつもの調子で否定してみたら、店長はあっさり信じたようだった。彼は外見の通り人が良すぎる、というか純粋すぎる。もう六十近いくせに、無邪気な子供のような発言で凪沙を揺さぶってくる。


「でも、もしも僕が凪沙ちゃんだったら、きっと春風くんを大歓迎するんだろうなぁ。同じことが好きな友達が増えるのってすごくラッキーだよ」

「トモダチ……」

「別に今の凪沙ちゃんのスタンスを否定してるわけじゃなくてさ。僕はただ、誰かと過ごす秘密基地もいいものだと思うんだ。春風くんみたいな子と一緒なら尚更ね」


 友達。

 ――――あいつが、あたしの仲間に? 


「…………ないわ」

「頑固だねぇ」


 店長は「お手上げだ」と言わんばかりに万歳した。


「だけど凪沙ちゃん。ロードレースは個人競技だけど、団体競技でもあるんだからね。これから先のことを考えたら、凪沙ちゃんも他人と協力することを覚えた方がいい」

「これから?」

「自転車部のある高校に進むんだろう? そこで初レースだね。むしろ今までレースに出たことがないってことが驚きだけど、この島に住んでるんだから無理もないか」

「はぁ……またその話題か」

「また?」

「学校でも最近、クマ先生がそんなことばっかり言ってくるんだよ。他人との付き合いも大切にしろってさ。ほんっと余計なお世話だよね」


 唇を尖らすとまたしても店長に微笑まれる。


「凪沙ちゃんはあれだね。ツンデレってやつだね? 姪っ子から聞いたことがあるよ。凪沙ちゃんにぴったりだ」

「あたしのどこにデレがあんのさ」

「……ツンツン、だったね」


 おっさんの可愛らしいしょんぼり顔を見て、ふぅと息をついた。どうして自分の隣人たちはこうもお節介なのだろう。仕事で留守にしがちな父親の方がよほどありがたい。


「あたしは一人でいいの。必要に迫られたら誰かを頼るかもしれないけど……今は一人で構わない。チームワークとかは高校で勉強するさ。島にいる間は強くなることだけ考えてればいいでしょ」

「他の人と走った方が、効率が良かったりすると思うけどね」

「ハッ」


 笑い飛ばし、凪沙はカウンターを離れた。ガラス戸に向かって歩きながら、背後の店長にひらひらと手を振る。


「あいつがあたしより速くなったら、そん時は、考えてやらなくもないけどね」

「あ、ちょっと凪沙ちゃん――」


 店長の声を無視して外に出た。クールだ。

 …………あれ?

 ロードバイクに跨って気づいた。ここに来たのは談笑するためではなかったはずだ。


「っっ……!」


 慌てて店内に駆け戻る。ドアに映った仏頂面は真っ赤に染まっていた。

舞台の五島列島福江島はいいところです。

海がきれい! めしが美味い! 車が少ない!

東京から輪行すると丸一日かかりますが、船旅も楽しいです。

友達と展望デッキで海と空を眺める・・・めっちゃ青春っぽいですね!

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