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西果てのローディ  作者: 中村なめ
20/25

Stage12-2

おねショタこそ至高。

 赤くなった凪沙に先立って歩き、表彰用のスペースの辺りへ移った。人混みの中に視線を巡らせ、不安そうにきょろきょろしている幼馴染を発見した。


「儚!」


 彼女はびくっと反応し、こちらを向いた。目が合うと他の客の間をすり抜けて駆け寄ってくる。春風より頭二つ分ほど小柄な少女が飛びついてきた。


「遅い! 迎えに来るって言ったのに待たせるとは何事?」

「はいはいごめんよ」適当にあしらって移動するよう促す。「ここじゃ周りの邪魔になる。シート貸してもらってるからあっち行くぞ」

「うん……他の人、いるんだ?」

「おう。こいつがナギだよ、遠海凪沙。いつも言ってる自転車仲間」


 儚はここで初めて凪沙に気づいたようで、勢いよく春風から離れた。わざとらしく咳をして自分も名乗る。


「あ、雨宮儚です……ハルとは一応、お、幼馴染です……」

「凪沙だ。……夜露死苦」

「ひっ!?」

「……?」


 凪沙は怯えられた理由が分からないようなので教えてやる。「いつもより怖い顔してるぞ」


「なるほど。でもあたし、初対面の相手に愛想よくするとかゼッタイ無理だから」

「お前、ぶれねーな」

「気安く他人と喋れるハルがおかしいんだ。さっき会ったばかりの、あの……何さんだっけ? 高校生たちとも仲良くなってんじゃん」

「だって二人とも良い人だろ。雪路さん優しいし、黒羽さんとは趣味が合うし。あっ、てか聞いて驚けよナギ。黒羽さんって実は、あのクリスピン・クロの息子らしいぞ」

「うそっ!?」

「まじまじ。あとで写真見せてもらえよ」

「…………二人とも、仲良いんだね」


 久しぶり再会したばかりなのに凪沙とばかり喋っていたせいか、儚がしゅんとしてしまった。儚は嫌なことがあっても怒ることが少なく、たいていは落ち込んでしまう。逆に怒っているそぶりの時は上機嫌なことが多い。


 今日はなかなかのしょげっぷりだ。儚に落ち込まれるとバレー部で孤立していた時期が思い出されるため、春風は努めて明るく話を振る。


「ごめんごめん。んで、今日はどうしたんだよ儚。来るなら言ってくれりゃあよかったのに」

「……だって、ハルをびっくりさせたかったから」

「そっか。じゃあさっきはまんまとしてやられたなぁ。いきなりお前から電話が来たからびびったよ」

「えへへ……ごめんね?」


「いや、謝ることじゃないって。わざわざ応援に来てくれたんだろ? レースは見てくれたのか?」

「うんっ。ちゃんとゴールの近くにいたよ? どうせハルのことだから気づかないだろうと思ってたけど」

「はは……さすがに緊張してたし、客席に気を配る余裕はなかったかな」

「でもかっこよかったじゃん」

「まぁね。それは認める」

「ナマイキー」


 などと言っているうちにシートに戻ってきた。黒羽が満面の笑みでTシャツを脱ぎ捨てて迎える。


「今度はかわいい系! 大歓迎です!」

「黒羽さん、また先生に叩かれますよ? ってかなんで脱ぐんすか」

「細マッチョアピール」

「馬鹿がばれるからやめなさい」


 突然背後から冷気が漂ってきた。関係のない春風までびくついてしまう。


「玲佳先生!? ちがっ、これは……」


 黒羽が何とか繕おうとあたふたしたのち、何を血迷ったかキメ顔でフロントダブルバイセップスを決めた。


「ボ、ボディビル、始めようと思いまして。どうですこの引き締まった肉体は? 齢アラウンドサーティのお姉様から見たら抱かれたい――いや、抱きたい身体っすか?」

「死んで出直して来いッ」

「ぐふ……」

「なぜお前のような馬鹿がうちの高校に合格できたのか知りたいな。それから私は二十七歳だ、アラサーと呼ばれるにはまだ早い」

「ふっ……強がっていられるのも今だけですよ。あと一、二年もしたら先生も立派なアラサー独女! 婚活を焦り出すのさぁ」

「っ……このクソガキ……!」


 ――――やばい。

 ――――まなじりに涙を浮かべたクール系のお姉さん、まじやばい。


 手刀を振りかぶった玲佳を雪路が必死にフォローする。


「だっ、大丈夫です先生! 玲佳先生若くてきれいだし、お料理……はダメか。お掃除……もできないっけ。家事のスキルは全滅ですけど、実はけっこう優しくて頼りになりますし! お酒に酔って甘えてくると、その……か、かわいい、ですし……」

「ふんっ。もういいんだ……誰が嫁になんて行くもんか」

「そ、そんなこと言わないでください。諦めたらそこでレース終了です!」

「無責任なこと言わないでくれ。それともあれか? お前が私のヨメになるとでも?」

「……せ、先生が、待っててくれるなら。ぼく、高校を出たら――」


「はぁーい、そこまでー」

 黒羽が妙にやさぐれた態度で吐き捨てる。頭を割られるよりつらそうな表情だ。「リア充は顔の見えない夜にイチャイチャしてくださーい」

「に、賑やかな人たちだね」


 儚があっけに取られた様子で立ちすくんでいた。春風は苦笑で応じて腰を下ろし、座るように促す。と、何やら儚の呟く声が聞こえた気がした。この人、どこかで……。


「っで、きみ。春風の幼馴染ちゃん」黒羽がにゅるっと儚に近づいた。「お名前とスリーサイズをお教え願えますか?」

「あ、雨宮儚です……えっと、上から順番に――」

「言わなくていいからね!? 黒羽くんなりの冗談だから!」

「そ、そうなんですか?」

「うん。俺クラスの変態になると目測でだいたい分かっちゃうから、実はわざわざ危険を冒して訊く必要ないんだよねぇ」

「黒羽さん……儚が引いてます。めっちゃ引いてます……」


 黒羽がぼけてばかりなので春風がぼける暇がない。よって凪沙がつっこむ必要がなくなってしまい、彼女はむすっとしてスマホをいじっている。雪路が凪沙を気にかけたのか、それとも単純に気になったのか、話題を変える。


「三人とも幼馴染なの?」

「……あたし?」凪沙が話を振られたことに気づき、首を振る。「あたしその人は初対面だ……です。ハルは本土の出身だけど、今年うちの島に引っ越してきて」

「そうなんだぁ。親御さんの転勤とか?」

「まぁ……色々ありまして」


 曖昧に答えると雪路は察してくれたようだった。「そっか……」とだけ言って申し訳なさそうに縮こまる。宙ぶらりんの会話は儚に引き継がれた。


「ハルはまだ、あのこと引きずってるの?」

「……あのことって何のことだよ。ベッドの下に隠してたお宝がお前に見つかって焼き捨てられたことか? あれはまだ根に持ってるぞ」

「はぐらかさないで。直接話してる時くらい、ちゃんと向き合ってよ」

「…………」


 バレー部やもう一人の幼馴染については話したくない。それは儚も分かっているはずだ。ならばどうして話題に上げるのか。


「私、ハルとカズくんにはきちんと仲直りしてほしいの。またバレーをしてほしいとは言わない。ただ、前みたいな関係に戻ってほしい。それでハルに帰ってきて――」

「戻る必要があるかよ。今更あいつと話すことなんてないし、一人で突っ走ったことを謝るつもりもない。あいつに謝られたって許しもしない。もう全部終わったんだ」

「終わったって……なら、また始めればいいじゃない」

「その必要がないっつってんだよ」


 納得してくれそうにない儚に困り、春風は頭をかく。部外者の前でこの話をしたくないのだが……。雰囲気を害することを承知で少しきつい口調になった。


「俺はもう引っ越して、バレーも辞めたんだぜ。あいつと会うことなんて二度とないし、仲直りにも意味がない。過ぎたこと蒸し返してイラつくだけだ」

「そんな……意味がないなんて、言わないでよ」

「だって本当のことだろ。ロードに出会って、一緒に本気で走れる相棒ができたんだ。俺にはもうあいつは必要ない」

「じゃあハルは、昔のことは全部意味がなかったって言うの? あんなにいつも一緒にいて、楽しそうで……ずっと頑張ってたのに。たった一回壊れちゃっただけで無かったことにするの?」

「……そうだな。今思えば時間の無駄だったか。もっと早く自転車に出会ってたら――バレーに費やした時間を自転車に使ってたら良かったのに」


 もちろん、バレー部でトラブルが起きなければ春風がロードバイクに乗ることはなかっただろう。だからこれはただの願望だ。言葉にしたところで儚を傷つけるだけの、無意味な願い。


「あの……」


 雪路が控えめに手を挙げた。少し春風に怯えている様子。やはりここで話すべきではなかったのだと悔やまれた。春風は黒羽を真似てにへらっと笑顔を作る。


「や、すいません変なこと話しちゃって。俺ら向こうで話してくるんで……」

「待って待って!」


 立ち上がろうとするがシャツを掴まれて止められた。四つん這いの雪路が上目づかいで見つめてくる。


「あのね、春風くん……ぼくは春風くんのこと、まだ全然知らないし、昔何があったのかも分かんないけど……バレーボール頑張ってたんでしょ?」

「はい」


「それはきっと、無駄だったなんてことないよ。自転車を始めるのが遅かったなんてこともない。自覚があるかは分かんないけど、春風くん、スプリントのフォームがすごくきれいだったよ。我流でやってるとは思えないくらい」


「そうすか……?」


 自分のフォームは普段外から見られないため分からない。凪沙に視線で意見を求めると頷かれた。


「ダンシング中も全然身体がぶれてなかったもん。体幹の筋肉とバランス感覚が良いんだよ。それにほら、身体のバネすごいし。そういう才能は元々生まれ持ったものだろうけど、開花させたのはバレーじゃない?」


 雪路が言うには、バレーボールは空中でボールを打つため、不安定な状態で身体を動かすセンスが磨かれるのだと言う。春風は今まで、そんなことを考えたためしがなかった。


「つらかったことも嫌なことも、全部含めて自分でしょう? だから、ね。たとえ失敗に終わったからって、自分の努力に意味がなかったなんて言わないで。ぼくはお友達との関係には口出しできないけど、これだけは覚えててほしいな」

「……はい」

「良いこと言うじゃん、ユキ。玲佳さんより先生に向いてるんじゃねぇ?」

「そ、そんなことないよっ……せ、先生もグー握らないでください!」


 からかわれて慌てる雪路を見て、春風は目を細めた。良い人だな、と思う。下心からではなく純粋に、一人のルーキーとしての意見だ。こんな先輩の下で練習できたらいい。


「とまぁ、良い感じにシリアス脱却できたしさ。今日はこの辺で勘弁してくれよ、儚。駄々をこねるのはまた今度な」

「うー……」うるんだ瞳が悔しそうに睨んでくる。「だってハル、明日勝ったら進路決まっちゃうんでしょ? 引き留めるには今日しかないから……」

「いや、んなこと言われてもなぁ……地元帰ったって自転車部のある高校はねぇし」

「あるの!」

「はぁ?」クレーマー並みの詭弁強弁が始まるのかと警戒する。「いやいやいや、俺らんちの近くにはないじゃん。ちゃんとネットで調べたぞ」


「でもあったの! こないだ新聞に、インターハイ選手の写真と紹介が載ってて……ほら、これ!」


 新聞の切り抜きを突き付けられた。静岡県内のインターハイ出場者の名前と学校名、そして大会の結果が載っている。


「小豆餅高校って書いてあったんだから!」

「アズキモチ?」


 つい最近見た覚えのある校名だった。記憶の糸を手繰り、黒羽と雪路のユニフォームを思い出す。そうだ、彼らの背中のロゴは――



『小豆餅』



「……え? え? あの、私何か変なこと言いましたか……?」


 一斉に驚きの視線を向けられて、儚がきょどきょど狼狽える。ただ一人冷静に見える玲佳が咳払いし、淡々と告げた。


「小豆餅高校の自転車競技部なら、私たちのことだが」

「えっ」


 儚がぽかんと口を開けた。春風が耳をふさぐより先に彼女の悲鳴が響き渡り、何事かと係員が飛んできた。

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