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短編闇鍋

202号室

作者: トカゲ

 東京駅から7分程歩いた場所に裏野ハイツというアパートがある。

 1LDKの風呂トイレ付きで家賃は5万と都心にしては安めの家賃になる裏野ハイツだが、事故物件でもないにも関わらず人気がない物件として近隣の不動産屋には有名な曰くつきの物件だった。


 裏野ハイツの築年数が80年を超えている所が人気のない原因なのか?

 それとも外の壁が植物で覆われていて少し不気味な所が原因か? もしかしたら事故物件でもないのに家賃が安すぎるのが問題なのかもしれない。


 外見がボロボロで不気味な裏野ハイツの評判は近所でも決して良いものではなくて、家賃が5万でも高すぎると言われるほどだ。

 そんな裏野ハイツの唯一の空き部屋である203号室に1人の若い男が入居することになった。

 男の名前は水谷 優、上京してきたばかりの夢見る青年だ。


 ご近所問題に悩まされるのは嫌だった優は裏野ハイツの住人には引っ越してきたその日の朝早くに挨拶を済ませている。

 裏野ハイツは外見こそ不気味だけど、そこに住んでいる人達は至って普通の人達だった。

 残念な事に隣の202号室の人には会えなかったのが心残りだが、何時かは顔を見るときもあるだろう。

 実は202号室からは人の気配はするものの、チャイムを鳴らしても住人が出てきてはくれなかったのだ。


 扉の奥からは物音が聞こえてくるので202号室に誰かがいるのは分かっていた優だったが、その人にはその人の事情もあるだろうと挨拶を諦める事にして自分の部屋に戻って部屋の整理をすることにした。


 (何とかして挨拶だけでもしたいんだけどな)


 引っ越してきたばかりで優の部屋はまだ段ボールが隅に積まれている状態だ。

 顔を出してくれない隣人よりも先にこっちを片付けないと不味いだろう。

 そう考えた優は202号室の隣人の事は一旦忘れて荷解きを始めることにした。


 「まぁ、そうは言っても引っ越しの荷物はそんなに多くないから時間はそんなに掛からないけどさ」


 実家から持ってきたのはテレビと服、あとは机くらいのものだ。

 次の休みに冷蔵庫と洗濯機を買いに行かないとな、と優は薄くなった財布を見て溜息を吐いた。薄い財布は頼りないが、新品は無理でも中古なら何とかなるだろう。

 最悪、冷蔵庫は後回しにしてもいい。新しい仕事に慣れるまでは自炊も難しいだろうし、冷蔵庫の出番も少ないだろうから。


・・・


 裏野ハイツでの生活が始まって4か月が過ぎた。

 一人暮らしにも慣れてきた優だったが、4か月も経てば悩みも出てくる。


 悩みの原因は隣の202号室の住民だ。

 未だに優は202号室の住民を見たことがないし、チャイムを鳴らしても住民が出てきてくれる事はない。201号室のおばあさんは何かを知っているようだけど、何度聞いても202号室については詳しい事を教えてくれなかった。


 優は隣人の顔がわからないのはもうどうでも良くなっていた。

 問題なのは隣人が深夜に出す騒音だ。毎日決まって深夜2時頃に何人もの話し声が聞こえてきて、その決して小さくない騒ぎ声が優の睡眠時間を削っていく。

 仕事で疲れて帰ってくる優にとって、この時間の騒ぎ声は睡眠妨害以外の何物でもない。


 1度寝付いてしまえば壁から漏れる少しの話し声程度なら目を覚まさないと思うかもしれないが、何故か目が覚めてしまうのだ。

 これが週に数回なら優もまだ我慢出来たかもしれないが、毎日だと流石に我慢も出来なくなってくる。

 我慢の限界を超えた優は働いている会社から3日の連休を捥ぎ取り、202号室を見張ることにした。優はこの連休の間に202号室で毎晩騒いでいる連中を捕まえて反省させてやると怒りに燃えている。少ない貯金を崩して買った小型の隠しカメラを充電しながら優は隣の壁を睨み付けるのだった。


・・・


 まず1日目は隠しカメラだけで様子見をしてみることにした優は、22時頃にカメラを廊下の消火器の傍に隠して部屋に戻る。


 いつも通り深夜2時に202号室が騒ぎ始めた。

 その日は我慢して毛布をかぶり無理やり眠ることにする。

 これは何時ごろに202号室に集まり何時ごろに帰るのかを確認するためだ。

 翌朝にさっそく隠しカメラを回収した優は映像を確認していくが、202号室に出入りした人間は201号室のおばあさんだけだった。

 他に出入りしている様子はない。これはどういう事なのだろう?

 不思議に思ってチャイムを鳴らすが202号室の扉が開く事はない。

 じゃあ、あの騒ぎ声は一体誰の声なんだろう?

 急に怖くなってきた優は逃げるように帰って再び布団に包まった。


 2日目はおばあさんが202号室に入る前に捕まえることにした。

 昨日、おばあさんは深夜1時頃に部屋に入っていった。

 今日も同じ時間に来るかどうかは分からないけど、余裕を見て23時から自宅の玄関に身を潜めておばあさんが来るのを待つ。


 24時を少し回ったころだろうか、急に寒気が優を襲った。

 夏とは思えない冷え込みは異常としか言いようがない。そもそも数分前までは蒸し暑くて不快だったのに、今は寒くて吐く息が白くなっている。


 ガチャリ


 202号室の扉が開く音がした。

 優が急いで玄関を開けると、そこには201号室のおばあさんがいた。

 おばあさんは勢いよく出てきた優に驚いているのか固まっている。

 これ幸いと優はおばあさんの手をつかんだ。


 「すいません。僕に202号室の住人を紹介してもらえませんか」


 優は震える声でおばあさんにそう頼む。

 おばあさんは少し困ったような顔をした後、仕方がないと頷いて扉を開けた。


・・・


 優が202号室に入ってすぐに感じたのは生活臭があまりしない事だった。

 電気もついていないし、玄関には靴が1つもない。写真立てや置物もない。

 おばあさんはそんな202号室に我が物顔で足を踏み入れていく。

 優は慌ててそのあとに付いていった。

 おばあさんが部屋の扉を開けると何処からかボンヤリとした明かりが部屋を照らし始めた。それは俗にいう人魂というやつだろう。


 暗い部屋を明るくするほどの人魂の数は少なくても10はあった。

 優はその異常な光景を見て腰を抜かしてしまう。

 息が上手くできずに荒い呼吸を繰り返し、その視線はキョロキョロと忙しない。


 反対におばあさんは平然としていて、この光景を見るのが初めてではないことがわかる。

 優が慌てていると人魂はゆっくりと人の形に変化していった。

 その姿は様々だ。侍から着物の女性、軍人らしき男もいればゴリラのような体格の外国人までいる。時代も人種もバラバラだけど、1つ言えるのはその誰もが2癖はありそうな人達だろうという事だけだ。


 「キヌエ殿、そちらはどちら様で?」


 口を開いたのは軍服を着た男だった。

 体は透けているが、その男の放つ存在感は生きている人間以上だといえるだろう。

 そんな男がおばあさん―――キヌエを尊敬しているような感じで話しているのが優は不思議でならない。


 「この子は203号室に越してきた水谷 優くんよ。仲良くしてあげてね?」

 「ふむ、しかしそれは中々に難しいかと。少年は我々を恐怖の対象としてしか見ていないようですし」

 「それでも、よ。あと、これから夜はもう少し声を抑えましょう。彼が寝不足になってしまうみたいだから」


 優は自分が言いたいことをキヌエが言ってくれたのに内心ホッとした。

 さっきまではこの部屋の住人に文句を言おうと考えていたが、その気持ちも人魂を見た時点で逃げ出してしまっていたから。


 「そうか、それはすまなかったな。お詫びと言っては何だが今日の宴は楽しんでいくといい」


 軍服の男はそう言って頭を下げた後、キヌエの方に向きなおって白い半透明な物を何個か渡していく。

 それは優の顔くらいの大きさがあり、雫のような形をしていた。


 「な、なんですかそれ?」

 「霊魚とよばれる魚だ。幽世にしかいない魚だよ。」


 優のつぶやきに答えたのは軍人の男ではなく壁に寄りかかっていた侍だった。

 難しそうな顔でなにか(多分酒)をチビリチビリと飲んでいる。

 時代劇に出てくる浪人みたいな雰囲気で、中々に近寄りがたい。


 「じゃあ、さっそく調理しちゃいましょうか」


 キヌエは貰った霊魚を籠に移すと台所に持っていく。

 少し気になったので優はキヌエの後に付いて行くことにした。

 霊魚は半透明で実体がないようにも見えるけれど、しっかりと触ることはできるようだ。

 キヌエが包丁で捌いていく霊魚は魚というよりもゼリーに見える。

 キヌエは霊魚を大皿に乗せていき綺麗に飾り付けると、乗り切らなかった分を小皿に分けて優に渡してきた。


 「毎日うるさかったでしょう? ごめんなさいね」


 お詫びのつもりなのだろう。優はありがたく小皿を受け取った。

 毎日の騒ぎ声に苛立っていたのも本当だし、何より霊魚を食べてみたかったから断る理由はない。

 霊魚の刺身を受け取ってようやく落ち着いてきた優はあらためて部屋の中を見渡した。

 半透明の10人を超える人々の異常さに目を奪われて気づかなかったが、よく見ると部屋の構造が自分の部屋と違う事に気付く。

 自分の部屋よりも台所が広く、定食屋によくありそうなカウンターで部屋と区切られていた。

 部屋の方には長机が2つ並んでいて、ここがアパートの一室にはとても思えない。


 この部屋で最も異常なのは左隅にある黒い鳥居だ。

 ずっと見ていると不安になってくる黒い鳥居から優は目を逸らして霊魚の方に視線を戻した。

 魚とは思えない透明度の霊魚の刺身は、半透明ながら存在感があり、箸で掴んでみるとイカのような弾力があるのがわかった。

 恐る恐る口に入れてみると口の中いっぱいに旨味が溢れてくる。

 しかも噛めば噛むほど味が様々に変化していく。5分ほど噛んでいると霊魚は口の中で溶けて消えてしまった。


 「美味いだろう? 霊魚は海の生物の記憶の集合体だと言われているんだ」


 いつの間にか隣に座っていた日に焼けた40代の男が自慢げに霊魚の説明してくれる。

 それを聞いて優は成程、と何故か納得してしまった。


 その後も見た事のない料理が机に運ばれてくる。

 そのどれもが今まで食べたことのない味で、涙が出るほどに美味しいと感じた。


・・・


 「よかったらまた遊びに来るといいわ」

 「ありがとうございます」


 深夜3時を過ぎた辺りで優は帰ることにした。

 残りたい気持ちもあったが、最近の睡眠不足のせいで限界が近かったから仕方がない。

 いつでも202号室に来ていいと言われたのでそう焦ることでもないだろう。


 優はこの時、知らなかった。

 霊魚を食べた事で幽霊を常時見ることが出来るようになっていた事も、裏野ハイツが世界中の宗教団体や悪魔から狙われていることも。


 そしてそれに巻き込まれていく事も、この時の優は考えもしていなかっただろう。

 

最初はホラーを書くつもりだったんです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故か面白いオーラを感じますー がばんってくださいー
[一言] 面白かったと思います。普通の主人公が戦いに巻き込まれて強くなっていくバトル物の臭いがしました。主人公がどんな風に魔改造?されるか気になります(笑)。 書いている内に思っていた内容からずれて…
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