18話 挨拶
「どうにか凌げた、かな……」
局所重力制御を解除。
雪原に降り立った悠馬は楊雲の気配が完全に無くなったのを確認し、安堵する。
いつの間にか額に浮かんでいた汗。
放っておけば凍り付いてしまうそれを無意識の内に拳で拭う。
ドレスアップ効果によりある程度の自律神経作用は調整できるし身体の恒常機能も維持される。
だが今のやり取りによる緊張はその範疇を超えていた。
余裕ぶった態度とは裏腹、本意を押し殺したギリギリの交渉。
相手が自我の希薄な使い魔でなければ、こうは上手くいかなかっただろう。
デュエルに応じる輩ならいい。
しかし交渉が決裂した結果、相手が無差別攻撃に回ってしまった場合、守るべき者達がいる悠馬は圧倒的に不利だ。
単独でも砦を落とせる……やりようによっては一軍とも渡り合えるのが召喚術師なのだから。
それに今のデッキ編成の相性が悪過ぎた。
現在悠馬が纏っているのは、腐嵐王ファイレクシオンを主体とした3色デッキのドレスアップである。
大まかなデッキの傾向は幾枚かの妨害スペルを交えるものの基本最速でガーディアンを召喚し叩きつけるコンボに近い構成。
嵌った時の爆発力は凄まじい。
が、どうしても汎用性というか臨機応変性に欠けてしまう。
対人メタ(対戦相手個人にのみ通じる偏ったデッキの構成)は宜しくないがある程度デッキを特化させる必要があるだろう。
「ユーマ様~~~」
「ユーマさ~ん」
「ユーマ君、無事かね?」
地上に降り立ち思案する悠馬を心配してか、城塞の上空からグリフォンに乗り駆けつけるアイレス達。
城塞へ付き従ってくれたピエタの人達も城壁から笑顔で手を振っている。
彼等に報いる為にも弱さを見せる訳にはいかない。
悠馬の身を案じる者達に向け、強がりでも精一杯の笑顔を返す悠馬。
何はともあれ窮地は切り抜けた。
危機は去ったのだ。
例え……それが一時凌ぎにしか過ぎなくとも。
「はい、これを飲んで。
あとは栄養を摂って安静にしていれば大丈夫」
「ありがとうございます、コーウェル医師」
ギャッジアップしたベッドに横たわるレミットにコーウェルは薬を勧める。
粉っぽいそれを、むせない様に苦心して飲み干し礼を述べる。
粉末状の薬はコーウェルの調合した氷霊病の処方薬だ。
劇的な回復は望めなくとも症状の進行を大幅に遅らせる事が出来る。
「はは。
お礼ならそこにいるユーマ君に言ってあげなさい。
彼の活躍がなければ、私達はこうして君と会う事もなく野垂れ死にしていた。
ピエタの住民は皆、彼には返し切れぬほどの恩義がある」
「えっ……?」
少し距離をおいて成り行きをみていた悠馬にコーウェルは話を振る。
驚きの声を上げるレミット。
思わず咎める様に強い声が出る悠馬。
「コーウェルさん」
「おっと、すまない。
少し口が過ぎたな。
では私はこれで。
後は君に任せるよ、ユーマ君」
「……ありがとうございました。
無理を聞いてもらってすみませんでした。
お約束した通り、この城塞にある物は自由に使って貰って構いません。
部屋割りについては各家庭ごとにお任せします」
「話に聞いていたが……本当に構わないのかね?」
「はい」
「食料、燃料、防寒具を含む清潔な衣服に豊富な医療物資。
先程軽く見てきたが……凄まじい量の備蓄があった」
「これだけの城塞を支える事を前提とした物ですからね。
最大収容人数は5000人。
その人数が1年は籠城できるだけの物資が集積されています」
「当座どころか永住できそうなくらいだな。
分かった、各責任者には私から話しておくとしよう。
ユーマ君はレミット君の傍についてあげるのだろう?
何せ、大切な人らしいからね」
「勿論です」
「……ユーマのばかぁ」
「事実だろ?」
「し、知らない!」
「どれ、馬に蹴られるぬ内にお邪魔虫は去るとしよう。
お大事に」
洒落た挨拶を残し病室を去るコーウェル。
後には赤面するレミットと難しい顔をした悠馬が残された。




