17話 退却
「さて、と。
戦う気満々のとこ悪いんだが……
会話する気はあるかい?」
「?」
油断なくフォースフィールドを張り巡らせながら、悠馬はまず問い掛けた。
その質問の意味が分からないのか、小首を傾げる女召喚術師。
風になびくフードから垣間見える顔。
それはあどけない少女のものだった。
年の頃は悠馬より幾分か下だろう。
目の覚める美貌の持ち主だが、雪の様に白い肌と色素の抜けた様な銀髪はまるで人形みたいに現実味がない。
伽藍洞、あるいは硝子玉か。
どこまでも真っすぐにこちらを見詰め返す蒼の瞳。
深淵に吸い込まれそうな恐怖を抱きながらも、平静を装い悠馬は穏やかに喋り続ける。
「こっちは守るべき多くの人がいる。
出来るなら争う事なく撤退してくれると有難い」
「……そういう命令は受けてない」
「命令、か」
「そう、命令」
「ちなみに――
君はどういう命令を受けたんだ?」
「この地に出来た城塞を調査せよ。
歯向かう様なら潰せ」
「……随分と過激だな。
いったい誰のオーダーなのやら」
「母様」
「え?」
「氷嵐の女王こと創造主アナスタシア様の偉大なる命令。
あたしはその配下にして娘であり被造物。
正確にいえばアナスタシア様によって作り出された特別製の魔導人形の使い魔」
「なっ!?」
答える事もあるまいと呟いた独白に返ってきた言葉。
馬鹿正直なその反応はまさしく魔導人形特有のものだ。
だが――まさか女王による使い魔<ファミリア>とは。
使い魔とは自らの肉体を用いた高レベルの霊的被造物である。
術者と肉体的・霊質的な感覚を共有する為、術者のレベル次第では恐るべき力を持つ。
氷嵐の女王によって生み出された<娘>ならば、確かに強大な力を持つのだろう。
それは城塞の迎撃システムが対処した上空を覆う雹からも推察出来た。
隕石落としこと<メテオストライク>に近い術式。
あんなものの直撃を喰らっていたら幾ら城塞が頑丈でも関係ない。
地形が変わり地図からは永遠に姿を消すことになる。
それに使い魔ならば魔導書を用いる事にも納得がいく。
通常であれば<魂を持つ存在>以外、魔導書を扱う事は出来ない。
人族や神族、魔族など種族特性の差ではない。
召喚術の本質。
それは魂から魂に呼び掛ける術だからだ。
命無きモノどもでは召喚の秤に掛けるべき重さがないのである。
しかし肉体的・霊質的な感覚を共有する使い魔は別だ。
自我は希薄で受動的だが、使い魔は魔導書の認識を突破出来る。
厳密には複雑な解呪手順を詐称する事が可能だ。
だから使い魔であるという目の前の少女の力は幾分か弱体化してるとはいえ、実質女王アナスタシアそのものの力といえよう。
その事を踏まえ、どうするか。
強大無比な女王の力の断片を見た今、悠馬も持ち札が少ない。
あの力を見据えたデッキの構成を練らなくては敗北は必須。
救いとしては女王本人ではなく使い魔だという事か。
虚言を弄する訳じゃないが口先に賭けるしかあるまい。
「こっちも城塞とガーダーに大きな損傷を負った。
君も手勢である氷人形達を失った。
ここは痛み分けで手を打たないか?」
「まだあたしがいる。
あたしがいれば敗北はしてない」
「確かに君の力は強大だ。
俺でも正面からぶつかれば正直勝ち目がない。
しかし――いいのか?」
「? 何が?」
「女王の真意を確認しなくて。
彼女の言葉を思い出してみるといい」
「この地に出来た城塞を調査せよ。
歯向かう様なら潰せ?」
「――そう。
調査せよ……それはつまり自分に有意義なら何かしらを得たいという意志の表れなんじゃないか?
君の判断でそれを覆していいのか?」
「それは――ダメ」
「だろ?
加えて俺達に歯向かう予定はない。
これ以上続けるというのなら話は別だが」
「……貴方の言い分は的確。
よってここは一度退却。
母様の意向を確認し直す事にする」
「ああ、そいつは助かる」
「ただ……
あたしからも一ついい?」
「ん?」
「貴方、名前は?」
「久遠。召喚術師、久遠悠馬だ」
「クオン、ね。
あたしは偉大なる氷嵐の女王様に仕える四天騎。
その一角<無垢の楊雲>という名。
貴方の名前は覚えておく」
「あまり長い付き合いになるとは思えないが」
「それは母様次第。
では、前言通りこの場は退却する」
日に反射する氷の煌めきを残し掻き消える楊雲。
先程悠馬達が苦心の思いで発動させた転移術を苦も無く操る技量。
悠馬は無言で宙に浮かび北の地の風を受ける。
フォースフィールドによって守られている身体。
なのに身を震わすのは戦慄だろうか?
無慈悲なその風が酷く冷たく感じられた。
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