6話 凛然
「いやああああああああああああああああああ!!」
静まり返った街並に少女の悲鳴が響き渡る。
必死に抗う少女だったが、髪を掴まれ力任せに地面へ押し倒された。
道端に残る昨夜吹き荒れた雪の残滓が服に滲みこんでくる。
だがその不快な感触も、胸元を無遠慮にまさぐってくる男へ対する嫌悪感に比べれば軽微なものに過ぎない。
「誰か助けて! 誰かぁ!!」
救いを求め伸ばされる、か細い手。
しかし少女がこれから迎える境遇を憐れむ者はいても応じる者はなく、その声は無情にも無視される。
非情であれ。
無関心を心せよ。
それが今のこの最果ての街<ピエタ>を生き抜く為の最低限のルール。
更に相手が悪かった。
少女に絡んでいるのは召喚術師。
しかもこの街を占拠している<氷嵐の女王>配下の者である。
いくら何でも相手が悪過ぎる。
この街にはもう、住民を守る兵などはいないのだから。
少女と目を合わせぬ様、無表情を装う人々。
なるほど。
氷嵐の……氷の女王とは上手く例えたものだ。
何ら魔術的な処置を伴わず、
こんなにも自分達の心を凍てつかせてしまうなんて。
後悔と諦めが口元より深々と吐き出され、
幾条もの白い煙となり周囲に立ち昇っていく。
「無駄だよ、女。
お前はボクの眼鏡に適ったんだ。
可愛がってやるから大人しくしてろよ」
見るからに高慢そうな若い召喚術師は周囲を見渡し、鼻で笑う。
その間も少女の胸元をまさぐる事は忘れない。
性的な欲求もある。
だが羞恥を浮かべ苦悶するその貌を見る事。
それこそが一番の目的だった。
性根が腐っている……
というより、根っこからゲスな性分なのだろう。
(まったく……どいつもこいつも腰抜けばかりだ。
少しは骨のある奴はいないのかね?
まあ~無理もない。
偉大なる女王陛下から頂いた召喚術は無敵だ。
よもや四天騎の一角たるこのボク<茨槍のラズ>に歯向かう愚か者はいないか。
もしいたら?
無論、また新たな犠牲者の出来上がりだしね)
ゲラゲラ嗤いながら少女を辱める召喚術師ラズ。
好き勝手し放題するそいつに、街の人々が抵抗しない理由。
それは街のあちらこちらに飾られた奇怪なオブジェの所為であった。
股間から脳天を氷の槍で貫かれた鎧を纏った者達。
悪夢としかいえない召喚術によって生み出された百舌の早贄。
この街を守る兵士達は、
たった一人の召喚術師によって全滅していた。
「いやあああああああああ!
お願い、やめてええええ!」
「誰が止めるかよ、ば~か。
それよりボクと愉しむ事に心を注ぎな。
満足出来たら殺さないで飼ってやってもいい」
「やだ! やだぁ!!
神様ぁ!!」
「ふっ、愚か者め。
この世界に神なんていないのさ」
確かにこの琺輪世界に神はいない。
彼等は滅びゆく世界を救う為。自らを世界に同化させ消え去った。
その魂のみが<神を担う武具>に宿り受け継がれている。
ましてここは異世界。
残念ながら仏もいない。
しかし――救いの主はいた。
「離れろ、この糞野郎!」
「ぐほっ!?」
自由落下によりスピードの乗った蹴りが召喚術師の背中に炸裂。
ドレスアップはしているものの、フォースフィールドに守られていなかったその身体は豪快に雪道を転がっていく。
「な、何者だ!
高貴なるボクの背中に蹴りをくれる馬鹿は!」
一瞬の混乱から瞬時に立ち直り、魔導書を構えるラズ。
性格は最低だが、その対応は迅速でかなりの実力を窺わせる。
「何があったか、
どちらが正しいかなんて俺には分からない……」
服装の乱れた少女を背後に庇いながら、俯いていた顔を上げる。
「ただ……
女子供や抵抗できない弱者を嬲る奴、
救いを求める手を踏み躙る様な外道は――
この俺、久遠悠馬の敵だ!!」
その瞳に宿るのは炎。
放たれる言葉は氷刃。
修羅場に慣れたラズをして震えあがる何かを纏わせながら、救いの主――悠馬は凛然と言い放つのだった。




