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4話 蠱惑

「速い速い!

 凄い速さですわ、ユーマ様!

 景色がまるで流星の様です!」


 力強く翼を羽ばたかせ大空を舞う鷲頭獅子グリフォン

 その背に乗り指示を出す悠馬の腕に掴まりながら、アイレスは大はしゃぎで歓声を上げる。

 普段レミットの傍付きメイドとしてどこか超越した表情を浮かべているアイレスだが、喜色に満ちたその顔は年齢相応の少女にしか見えない。

 一ヵ月を超える道のりを共に過ごしてきた悠馬だったが、彼女のこういった姿を見るのは初めてだった。

 無理もない。

 超常の力で護られた召喚術師たる悠馬ですら苦難の連続だったのだ。

 魔力の恩恵に与れないレミット同様、その心身に掛かっていた負担は相当のものだっただろう。

 まあ全てを曝け出す訳ではないにしろ。

 小難しい顔や悩ましい顔より笑顔の方が百倍いい。

 アイレスのこういった一面を垣間見れた事は、悠馬にとって何より嬉しい出来事だった……のだが、一つ困った事があった。

 小柄なレミットの時はそんなに気にならなかった。

 ただ、手綱というか指示を出す度に標準以上に豊満で揺れるそれが――


「あ、あのアイレスさん!」

「はい、何でしょう?」

「大変言い辛いのですが……」

「?」

「その、当たってます」

「あらあら」

「このままですと、ね。

 その……煩悩が覚醒し、魔王化。

 指示に影響が出ます。

 なので俺がわざと当ててると思われない為に少し離れて――」

「ふふ。

 大丈夫ですわ、ユーマ様」

「え?」

「当たっているのではなく――

 当てているのですよ?」

「余計に駄目じゃないですか!」

「そんなに激しく(抗議)して……

 わたくし、困りますわ(はぁ)。

 やっぱりユーマ様も……

 オトコの子、何ですね」

「その意味深な言い方と溜息は止めて下さい!」

「ふふ。

 冗談、ですわ」

「どこからどこまでが冗談だったのでしょうかね……」

「少なくとも――

 最初に貴方と出会った時からは真摯でしたわ」


 何気ない返答に含まれた声の真剣さ。

 悠馬は思わず脇のアイレスの顔を見る。

 今まではしゃいでいたのが嘘みたいに前を見据える、能面の様に無機質な貌。

 いや……これこそが幾重にも張り巡らされた偽りを除いた、彼女の本質なのか。

 来るべき時が来たのだろう。

 居住まいを正し悠馬はアイレスへ向き合う。

 これから打ち明けられるであろう話を聞き漏らさぬ為。

 アイレスも悠馬の挙動を察し、身体ごと顔を向けた。


「アイレスさん……」

「どうかアイレス、と呼び捨て下さい。

 その名もわたくしにとっては今まで名乗って来た数多くの『名』の一つ。

 でも……貴方にそう呼ばれるのは嫌いではないので」

「じゃあ……アイレス」

「ふふ。

 ありがとうございます、ユーマ様。

 そうですね……

 レミット様から離れている、今この時にしか話せない事があります。

 聞いて頂けますか?」

「はい」

「でも、勘の良いユーマ様の事ですから……

 凡おおよその事は推察されてらっしゃるかもしれませんけど」

「ああ……

 アイレス、貴女が普通のメイドでない事くらいは。

 多分……裏での警護役も兼ねているんじゃないか?

 そうでないと不自然な点がある。

 今はマシになったと思うけど、平和ボケした俺や正道しか知らないカレンじゃ、レミットを悪意の魔手から守ってこれなかった筈だ」

「お察しの通りですわ。

 わたくしはレミットの傍付きメイド兼、護衛役として雇われた者。

 その前身は……

 もう気付いてらっしゃるかもしれませんが、暗殺者です」

「暗殺者……?」

「ええ。

 ユーマ様は<ナーヤ>という名を御存知ですか?」

「いや」

「ナーヤは東方の島国にある退魔を生業とする一族です。

 副業としての悪を裁く暗殺業などもしておりますが。

 各地から孤児等を集め、然るべき事態に備え鍛え上げる。

 それがナーヤの存在意義。

 人間としての限界まで鍛え上げる身体能力ハードアビリティ

 個を消失し、標的を容易に仕留める精神制御マインドセット

 感情と勘定を交えぬ腐れ果てた修行と選別。

 脱落者を人として扱わないロクでもない一族……

 わたくしは、その一員です」

「…………」

「幼い頃からこの手で多くの人を殺めてきました。

 法で裁けぬ悪人ばかりとはいえ、それは言い訳にはなりません。

 年端の変わらぬ麻薬密売人から悪徳を重ねる老いた領主まで。

 一族の命ずるまま、ただ盲目的に……

 機械的に殺してきました」

「…………」

「ただ残念な事にわたくしは向いてなかった。

 いえ、逆ですね。

 向き過ぎてしまった。

 人を殺める、その事に悦びを見出してしまうほど」

「…………」

「懸念した一族により、わたくしは暗殺者――ナーヤは始末人と呼びますが――の担当から外されました。

 不良品として殺してしまうには惜しい才能。

 しかし心に危うさのある者を使う訳にはいかぬ、と。

 そうしてたらい回しにされた末に辿り着いたのが――ナーヤにとって恩義があるマリエル公爵様の三女、レミット様の護衛役です」

「…………」

「最初は、つまらない任務だと思いました。

 手を下せば簡単に壊れてしまう少女の御守り。

 血沸き肉躍る命のやり取りに比べ、それは何て退屈な事なのかと。

 時折襲い来るレカキスの暗殺者を始末する時だけが生き甲斐。

 生きている実感が沸くと。

 そう思っていた。

 筈なのに……

 いつの日か、わたくしは変わってしまいました」

「…………」

「レミット様がわたくしに向ける何気ない笑顔。

 わたくしの手を取り無邪気に振る舞うレミット様。

 その御姿を見るだけで……

 心が温かく、安らぎに満ちていく自分に気付いたのです。

 彼女を肉親の様に愛おしく思える自分がいたのです。

 闘争と死に悦びを見出す醜い獣性こそが本性な筈なのに。

 自らの中にある二律背反、いえ自己矛盾。

 わたくしは恐怖しました」

「…………」

「そんな折に起こった此度の逃走劇。

 絶対絶命の危機に、突如現れたユーマ様。

 貴方に出会ったわたくしは驚きました。

 異界からの客人――そして召喚術師。

 優柔不断で、甘くてお人好しで……

 しかし時折見せる、氷の様な合理性。

 鋼のごとき意志力と判断力。

 貴方が持つのは……

 今のわたくしが何よりも欲しているものだった。

 だからこそ、だったのでしょう。

 レミット様の恋心を知りながらも……心惹かれました。

 いけない、と自制しつつも貴方に触れ合いたくなってしまったのです。

 こんなにも汚れた身なのに」

「…………」

「だから拒絶して下さい。

 わたくしを諦めさせて下さい。

 そうすればわたくしは明日からまた……

 盲目的に動く機械になりますから」

「……めだ」

「えっ?」

「駄目だ。

 アイレスを拒絶なんかしない。

 人を殺める自動人形になんかさせるものか!」

「ゆ、ユーマ様……?」

「過去を振り切れ、など簡単に言わないし言えない。

 でも無理に自分を区別しなくていい。

 例え矛盾していようが、それもまたアイレスの大事な一部なんだ。

 だからアイレス、俺と一緒に来い。

 俺が必要だというなら傍にいてやる。

 俺だってレミットだって今のアイレスを必要としている!」

「良い……のですか?

 わたくしが傍にいても。

 これからもずっとお供をさせて頂いても」

「当然だろ。

 これからも未熟な俺達を共に支えてほしい」

「……はい。喜んで」

「ただ……」

「え?」

「恋愛に関しては俺もからっきしで……

 アイレスの気持ちに報いれるか分からない。

 俺が一番守りたいのはレミットなんだ。

 世界を敵に回そうが、それだけは変わらないんだけど……」

「それこそ過分な心配ですわ、ユーマ様」


 口元を上品に抑えたアイレスが微笑む。

 次の瞬間、避ける間もなく重なり合う唇。

 白い頬を赤く染めながらアイレスは悠馬の耳元に囁く。


「レミット様を好きなユーマ様をわたくしは好きになったのです。

 だからこれからもそのままの貴方でいて下さい」

「は、はい!」

「けど……」

「うぇ?」

「お手隙な時は……

 レミット様同様に可愛がって下さいね?

 わたくしの新しい御主人さ・ま♪」


 小悪魔の様に蠱惑的なその言葉。

 悠馬は酸欠した魚の様に口をパクパクしながらも、壊れた人形みたいにカクカクと頷くのだった。







 サブヒロイン攻略的な?

 ちなみにこの後、悠馬は操縦し損ねて墜落し掛けます。

 蛇足かな~と思って消しましたけど。

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