32話 分岐
静まり返った学院の敷地を悠馬達は駆ける。
魔術の研究機関も兼ねている学院内は、夜も深まったこの時間帯でも明かりが絶える事は無い。
研究塔の窓からは煌々と灯る<持続光>の輝きが漏れている。
今宵も徹夜であやしい真理の探究とやらに取り組むのだろう。
ただ……偏屈な研究者達は己が居城から出る事は滅多に無い。
よって悠馬達はこんな時間に外を出歩く例外者にのみ気を配ればよかった。
無論それは一般人に限る。
治安維持を主体とする警備兵は、羽目を外そうとする生徒を捕獲する為、常に敷地内を巡回し、猟犬の様に目を光らせている。
時折そんな見回りの警備兵に出くわしそうになるも、メイアの手により瞬く間に無力化させられ事無きを得た。
恐るべきはメイアのオンリーギフト<停滞魔術>だろう。
物質の固有時間、ひいては体感時間すら自在に操るこの魔術に掛かっては、悠馬達と遭遇した事を認識すらできない。
阻害系の干渉、つまり悠馬達を捉える五感が著しく減速。
この事によりにより悠馬達の姿が把握できないのだ。
彼等の視界には通常の警邏時と何も変わらぬ光景が広がっている。
認知の及ぶ規格外。
敵対すらできない恐怖。
悠馬達は改めてメイアの恐ろしさ知ると共に、彼女が敵に回らなかった事を心底感謝するのだった。
「見えてきましたね。
あの彫像群が目印です。
台座の1つが可動式になっており、転移装置のある地下室へ入室出来ます」
郊外に立つ神々を模した彫像。
魔導学院創設時よりあるというその彫像は、実在した神々の現身である。
未だ信仰を集めるモノから既に信仰の廃れたモノまでその姿は実に様々だ。
感嘆の声を漏らし彫像を眺める一同を余所に、メイアは軍神と名高き剣の姫こと<剣皇姫ヴァリレウス>の彫像へ皆を導く。
鑑賞に気を取られている暇はない。
早くしなくては自治統制局が本格的に動き出してしまう。
禁忌と称されるS級に匹敵する悠馬を含めた、3人もの召喚術師を含むパーティ。
やり方によっては小国の軍隊とも悠々と渡り合えるだろう。
だが、学院を相手取るのは不可能だ。
確かに力の面では互角以上に持ち込めるかもしれない。
しかし魔導に身も心も捧げた者達の執念。
揺るがない妄執とでもいうべきモノをメイアは知っている。
学院の内部事情を知るだけにメイアはそのおぞましさに身震いすら覚える。
だからこそ、今は一刻も早く皆を案内しなくてはならない。
と、先へ先へと逸るその足が突如止まった。
目指す台座の背後から、ゆっくりと出てきた人物の姿を認めて。
聖騎士印が刻まれた純白のローブ。
神々しいまでのオーラを放つ黒革の魔導書。
見る者に安堵を、敵対する者には畏怖をもたらす精悍な偉丈夫。
「リカルド・ウィン・フォーススター……」
「おやおや……皆さんお揃いで。
こんな夜更けにいったいどこへ行こうとするのですかな?」
この場所にいる以上、すべての事情は把握しているだろうに。
心底不思議そうなその声が。
思わず教えてしまいたくなりそうな気安さが。
メイアの中で最上級の危機意識を呼び覚まし警報を奏で始める。
無意識に後ずさるメイア。
そして戦慄する。
反射的にリカルドへ向け発動した不可視の停滞魔術。
ナンバーズと呼ばれる自治統制局の導師級魔術師達。
術式抵抗に優れた彼等すら捉えたその魔術構成が、悉く崩壊していく。
それは通常考えられない事態だった。
魔力を媒介とし、干渉構成を編み込む事。
即ち、世界法則の改編を願うのが魔術だ。
よって発動後に防ぐ、対抗術式で割り込むなどの対処法は可能である。
けどメイアの知る限り、術式そのものが崩壊させる防御法等はあり得ない。
例外は召喚術師の持つフォースフィールドだろうが……
リカルドは、手に携えている魔導書を『展開していない』のだ。
ならばこれは彼個人のスキルということになる。
ここに到り、メイアは思い知らされた。
稀有なる召喚術師、英雄リカルドのもう一面。
当代一の術師が集うランスロード皇国、宮廷魔術師団<シルバーバレット>の次席を冠するという意味を。
無言で佇む彼女を尻目に、リカルドは鷹の様に鋭く目を細め悠馬達を見据える。
そして聞き分けのない幼子に語り掛ける声色でレミットへ話し掛ける。
「さあ、レミット様。
どうぞお戻りください。
我が主も貴女の身を案じております。
今なら全てを不問に致すと伺って参りました。
エネウス殿の事はまことに残念ですが……婚約解消はしないとの事。
さらにユーマ殿に掛けられた嫌疑。
それも主の働き掛けにより、もうすぐ解消させられるでしょう。
どこの誰かの仕業かは知りませんが浅慮な事ですな。
憂いはございません。
輝かしい未来を失わぬ為、どうか御自愛願います」
「い、嫌です」
「ほう?
それはどういう事ですかな?」
「あたしは……今まで主体性がない生き方をしてきました。
ただ命じられるまま。
与えられたものを甘受して。
それはそれで幸せかもしれません。
でもあたしは……
後悔しても自分で選んだ道を行くって決めました。
もう、迷いません」
「その決断が……
周囲を不幸にすると分かっていても?」
「……はい。
あたしは鳥籠の中の鳥じゃない。
可愛いだけのお人形さんにはなれない。
彼が……
ユーマがそう気付かせてくれたんです」
「……なるほど。
先程までとは違う、大輪の様な笑顔。
明るく華やかでありながら何よりも強い意志。
つまりは……そういう事ですな?」
「はい!」
「これはこれは……
正直想定外ですな。
いや、だからこそ面白い。
まさかその選択肢が存在するとは」
リカルドの問いに元気よく答えるレミット。
一方リカルドは空いてる手を顎に当て、思案する。
悠馬達も黙って見ている訳ではない。
各々武装を構え、場合によっては戦いに応じれる様、臨戦態勢に入る。
しかしその動きはリカルドの気安い問いかけに崩された。
「ユーマ殿。
一つお聞きしたい」
「何でしょう?」
「貴君は……
それで良いのですか?
彼女の重要性は先程の会談で説明した通り。
さらに口約束とはいえランスロード皇国の皇太子と婚約した身。
レミット様を手中に入れる事、結ばれる事。
それはつまり大陸一の大国を敵にするという事ですぞ?」
「……はい。
俺だって馬鹿じゃない。
その危険性、圧倒的な戦力比に打ちのめされそうになった。
けど……彼女はそんな俺の背を後押ししてくれた。
自分を偽ることは出来ない。
心を縛るような真似も。
だからたとえ世界を敵に回そうとも。
これが俺のエゴだとしても。
彼女を守る。
一緒にいる。
俺は……そう決めました」
「……面白い」
「え?」
「ふむ、本来有り得ぬ未来への分岐点。
ここでその可能性が浮き出るとは……」
「……どういう事です?」
「引かせてもらうという事です、ユーマ殿。
吾輩は何も見ず誰にも会わなかった。
そういう事にさせて頂きましょう」
「い、いいんですか?」
「運命すら捻じ伏せる、不退転の意志。
吾輩は貴君に委ねてみたいと思ったのですよ。
無論、刃を交えても構いませんが……」
ここでリカルドは意味深な目線で悠馬を見る。
今までにない覇気を纏いデッキを構える悠馬。
その傍らに寄り添うレミット。
幸福に満ちたその顔。
何も怖くないであろう二人の姿に微笑を浮かべる。
「人の恋路を邪魔する者は何とやら。
馬に蹴られては叶いませんからな。
ここは大人しく退散するとしましょう」
道化の様におどけた仕草で肩を竦め、
英雄リカルドは呆気にとられる悠馬達に道を譲り、颯爽と立ち去るのだった。
お待たせしました。
連休は珍しく休みとれたので各シリーズを久々に更新したいと思います。
勿論このシリーズも魔導都市編終了まで頑張りたいと思います。




