27話 覚悟
「ユーマ……」
いつも明るさに満ちた快活さはどこへいったのか?
昏く、か細い声で悠馬の名を呼ぶレミット。
小刻みに震える姿は、まるで主に見捨てられ、雨に打たれている子犬の様だ。
普段のレミットとは懸け離れたそんな姿を見ていられず、悠馬は左右を見渡し誰もいない事を確認。
レミットの手首を掴むと部屋へ招き入れる。
しかし男と女。
鍛えていない悠馬でも筋力の差は明白だ。
「あっ……」
強引な誘いに足を踏み外し、前へよろめくレミット。
学院内の建物は全て大理石に近い素材で出来ている。
転べば怪我は避けられない。
悠馬は慌てて腕を伸ばし抱きとめる。
途端、腕に弾むのは小さいけど確かな感触。
互いに気付き、思わず顔を赤らめる。
「……えっと、これはその~」
「ユーマって意外と胸が広いのね。
それに……何だか温かい……」
突然の御約束。
身を離し弁解しようとする悠馬だったが、悠馬の胸板に手を這わせたレミットの言葉に戸惑う。
普段ならここで二~三発は景気のいい一撃が入る筈なのだが。
悠馬をじっと見上げる濡れた瞳。
見慣れたはずの翠の瞳に何故かドキドキが止まらない。
「だ、駄目だろうレミット?
こんな夜分にさ。
いくら学院内でも危ないし……
俺が召喚したガーダーだって万能じゃないんだから」
「アイレスにそこまで送ってもらったもん……」
「ん? まあそれなら……
じゃなくって!
こんな夜更けにだな、男の部屋を訪れるってのはその――」
「……ダメ?」
「ああ」
「オオカミになっちゃう……から?」
「……そうだよ」
悪戯好きな小悪魔の様に妖しいレミットの問い掛けに対し、悠馬は不貞腐れた様に答える。
悠馬だって健康な男子だ。
こんな美少女と密着して聖人君子ではいられない。
まして恋心を自覚したばかりである。
嫌われたくない一心で必死に自制してるも、先程から己の中にいる荒ぶる野獣が檻の外に出ようと暴れているのが分かる。
そんな悠馬の思いを知ってか知らずか。
レミットは深呼吸後、悠馬に囁く。
「いいよ」
「えっ?」
「あたしの事……欲しいんでしょ?
ユーマの思う通りにしていいよ?」
「何を言ってるんだ、レミット!」
通常では考えられない、どこか自暴自棄なレミットの言葉。
思わず肩を掴み突き放す。
瞬間、双眸を滑り落ちる涙。
留まる事なくポロポロと零れていく。
顔を覆う事もせずレミットはただ茫然と涙を流す。
悠馬はそっと手を伸ばすと涙を掬う。
「うっうう……ユーマぁ……」
その手に縋り、頬擦りをするレミット。
普通なら泣き顔はみっともないものだ。
先程まで漂わせていた妖艶さも掻き消えている。
やはりあれは演技していたのだろう。
素の反応であろう、等身大のレミット。
だが悠馬はそんなレミットを見て、
(ああ、綺麗だな……)
と思う。
やっぱり好きだな、って思う。
けど言葉にはせず労わりを込めて頭を撫でる。
レミットは頭を撫でられるのが好きだ。
道中幾度かおねだりをされ、恥ずかしいけど頭を撫でた事がある。
愛情というよりスキンシップに飢えているのだろう。
親子間でも貴族はそこら辺に厳しい。
自立を促すという意味合いもあるのだろうが、通常は乳母に育てられるのが慣習である。
悠馬の優しさが伝わったのか、泣き止むレミット。
感情的だった自分を恥じたのか俯いてしまう。
触れてる手から感じる温もり。
人肌のそれが、頑なだった心を瓦解させていく。
充分落ち着いた頃を見計らって悠馬は尋ねてみた。
「落ち着いたか?」
「うん……」
「どうしてこんな真似をしたんだ?」
「だ、だってユーマ……
あたし、婚約しちゃったんだよ?
こ、このままだとユーマとサヨナラしなきゃならないんだよ?
そんなのヤダ……絶対嫌だよぅ……」
自分で言ってその事実に衝撃を受けたのか。
またも涙ぐむレミット。
再び浮かび上がった涙を見た瞬間、悠馬は覚悟を決めた。
世界だろうが何だろうが、己の想いを貫き通す。
不退転の覚悟を。
「――馬鹿だな、レミットは」
「えっ?」
「俺は……ずっとレミットの傍にいる。
守ってみせる。
出会ったあの日、そう約束したじゃないか」
「だって――
アレはあたしに同情したから……」
「違うよ」
「え?」
「あの時はそうだったかもしれない。
けど――少なくとも今は違う」
「じゃあ……どうして?」
「好きだから」
「っ!」
「レミットの事が好きだから……
愛しいから、守りたいし傍にいたい。
そう思うんだ」
半ば放心状態でレミットは悠馬の告白を受けた。
内容に、理解が追い付かない。
嬉しくて嬉しくて。
頭が――真っ白になる。
「馬鹿……」
「うん?」
「ユーマの、馬鹿バカばかぁ!
どうしてそんなこと言うの?
そうしたら諦められないじゃない!
ユーマに抱かれたいって。
思い出を作りたいって。
それだけあれば辛くてもきっと頑張れるって。
そう思って――覚悟してきたのに。
あたしの馬鹿……大馬鹿ぁ。
もっと期待しちゃう……
ユーマに望んじゃう……
頑張れない……もう頑張れないよぉ……」
喜怒哀楽。
感情表現の下手な幼児の様にレミットは泣きじゃくる。
そんなレミットの頭を撫でながら、誠心誠意を込めて悠馬は告げる。
「頑張らなくていいよ」
「……えっ?」
「頑張らなくていい。
自分以上に無理しないでいい。
レミットの強さも、弱さも。
少し強情な所も、意固地で可愛い所も。
全てひっくるめて好きだから。
だから……俺の前では無理しなくていい。
貴族の娘とかじゃない。
ありのままのレミットを曝け出してもらっていい」
ゆっくり優しく話す悠馬。
レミットの動きが止まる。
恐る恐る悠馬の胸元に顔を埋め尋ねる。
「いいの、ユーマ?」
「ああ」
「本当に……委ねちゃうよ?
迷惑もいっぱい掛けちゃう」
「全然構わない。
好きな娘に尽くし頼られる。
むしろ光栄だね」
「馬鹿……
ホント調子がいいんだから」
「でさ、レミット」
「なーに?」
「その……レミットの返事は?」
「あら、決まってるでしょ」
上を向いたレミット。
その顔から翳りは消えいつもの快活さが戻っている。
否、それだけではない。
これが本当に先程までと同一人物だろうか?
大輪の花の蕾が咲き開いたかのように、今のレミットは泣き顔だというのに美しく綺麗で……思わず見惚れた。
だから――
ゆっくりと近付いた唇が、自分の唇に優しく重なった事にも気付くのが遅れる。
「……き」
「え?」
「好き! 大好き!!」
等身大の少女の全力告白。
まったく恋する少女は無敵だ。
想い人の気持ちを知った今、もう何も怖くない。
目を見開いて驚く悠馬に、レミットは極上の笑顔を向ける。
「あたしも大好きだよ、ユーマ。
これから……ずっと……
ずぅ~~~~~~っとユーマの傍にいさせてね?」
レミットルート攻略、的な。
リア充は呪われれれればいいいいいと思います(壊れ気味)。




