26話 自覚
そこから先の事は……よく覚えていない。
ただ――
リカルドの口から正式にレミットとロクサーヌの婚約が告げられた事と、
上機嫌で大騒ぎをするエネウスと事態の成り行きに呆然自失な皆と、
あとは……今にも泣きだしそうなレミットの顔だけは鮮明に覚えている。
ふと気が付くと、悠馬は来客用に用意された一室で照明もつけず寝台に横になっていた。
全身に纏わりつくこのやる瀬ない気持ち。
これは疲労と……倦怠感だろうか?
無理もない。
最近荒事に大分慣れてきた悠馬だったが、今日起きた事は処理能力を大幅に超えていた。
鈍い頭痛と共に動き出す脳。
思い浮かぶのは一日の出来事だ。
旅の終着点、魔導都市<エリュシオン>の威容。
潜伏調査員も兼ねるという受付嬢メイアとの出会い。
傲慢不遜な貴族、イシュバーンの襲撃。
英雄リカルドとの魂を擦り減らす決闘。
そして――知らされたレミットの婚約。
普通ならば祝うべき事なのだろう。
エネウスの言った通りだ。
この世界の貴族にとって結婚とは血の結びつきを深めるもの。
個人の思想や恋慕等、そこには介在しない。
厳密な損得勘定だけがそこにはある。
さらに普通に考えれば良縁だ。
相手は王位継承権2位の皇太子。
しかも微かに残る記憶を辿れば、権力者特有の高慢さもなく性格も良い美男子。
朗らかな笑顔が印象的で品のある好青年だった。
学歴も権威もない自分とは大違い。
きっとレミットの事を大事にしてくれるだろう。
だというのに――
「普通普通って……
普通って何だよ!」
ガン!!
抑えきれぬ衝動を自制できず、悠馬は拳を壁に叩きつけた。
ドレスアップは既に解除している為、皮が破け血が滲む。
通常時の悠馬の身体能力は平均をやや下回るぐらいだ。
部活も中学から帰宅部だった為、身体を鍛えた事はない。
まして治安の良い日本生まれ。
この世界に転移するまで、暴力とは無縁の生活を過ごしてきた。
だからこんな風に何かへ八つ当たりする事などなかった。
ただ……今の自分は荒れている。
制御できない気持ちに振り回されて。
常にクレバーにならなくてはデュエリストなど務まるものではないというのに。
「何をしてるんだか、俺は……」
自嘲する悠馬。
考えるまでもない。
その理由は明らかだった。
レミット。
いつも元気いっぱいで。
快活で明るくて。
でも寂しがり屋で照れ屋な少女。
レミットと過ごしてきた日々が幻燈の様に浮かんでは消える。
出会いは最悪だった。
異世界より召喚され間もない悠馬は足を滑らせ、レミットを押し倒した上にスカートの中とコンニチハした。
数多くある男女の出会いの中でもおよそ最悪のものだろう。
幸いレミット達が山賊達に襲われていた為、うやむやになっていたが。
それから召喚術師として初の戦闘。
フォースフィールドの事も含め魔導書の使い方を教えてくれたのは彼女だ。
更にドラナーとのデュエル、カレンの救出。
共に魔導都市を目指してほしいと誘ってくれたレミット。
嬉しかった。
見知らぬ地で、何も知らず持たない自分を信じ、頼ってくれた事が。
誰かを守る力があると意識するのは、心細い弱気な己を奮い立たせ立ち向かう力を与えてくれた。
その後は本当に厄介な出来事の連続だった。
何者か(今は判明したが)に命を狙われているらしいレミット。
危険に満ち溢れた道中を振り返り、悠馬は苦笑する。
召喚術師の力が無ければ何度命を落としたか分からない。
それでもこの旅が楽しかったと思えるのは、皆と――
何よりレミットが傍にいてくれたからだ。
少女期特有の儚さを一身に具象化したような美しさ。
だが悠馬が惹かれたのは容姿だけではない。
猫の様に気まぐれで、けど甘え下手で愛らしい性格。
目が合えば鼓動が早くなる。
触れ合えば身体が熱くなる。
一緒にいると……何故かドキドキさせられる。
恋愛に興味がなかった自分を変えてくれた少女。
レミットも憎からず自分を想ってくれているのが分かる。
だって――好きな相手に一喜一憂する。
そんな純な反応が、自分とまったく一緒だから。
「馬鹿だな、俺……
こんな土壇場になってやっと気付くなんて……」
カタチになる気持ち。
誰にも譲れない想い。
これが恋でないというのなら――
いったい何だというのだろう?
己が心を悠馬が初めて自覚したその時――
コンコン
というノック音に思考が遮られる。
こんな夜分に誰だろう?
学院の庇護下とはいえ油断は出来ない。
手元にあったデッキを手にドアを開ける悠馬。
そこにいたのは――
「レミット……」
力無く俯き、可憐な唇は震えている。
それは今にも消えてしまいそうな雰囲気のレミットだった。
次回ラブコメパートになります。
苦手な方は1話読み飛ばして下さい。




