25話 悪寒
「叔父様……婚約って……」
あまりのショックから立ち直れず、呆然と尋ねるレミット。
そんなレミットの様子をどう勘違いしたのか、いかにも頼りになる親族といった表情を装いエネウスは応える。
「嬉しさのあまり声が出ないか、レミット。
まあ無理もない。
こんな良縁に恵まれる事など、そうはないからな。
皇族だぞ、皇族。
栄えあるランスロード皇家に、再び我らマリエル家が連なる様になるのだ。
なんと素晴らしい!」
「お父様は……なんと……?」
「兄の意見は知らぬ。
だが貴族の娘にとって結婚は政略。
己が一族の繁栄の為に結ばれるものだ。
ならば私の行いに感謝こそすれ、拒否等はあり得ぬ」
「そんな……」
「それに、な。
おお、この話し声は……間違いない。
そろそろ御出でになるようだ。
そこのメイド、扉の前で準備しろ。
かの御方がいらっしゃる」
「畏まりました」
表情を一切見せず、人形の様に扉の前で佇むアイレス。
品のある上品な物腰。
しかし言葉には出てないが感情を隠し切れていない。
悠馬は時折垣間見る、怒りの波動を彼女の仕草から感じていた。
コンコン。
そして間を置かず廊下に響くノック音。
アイレスは機械的に扉を開け、一礼する。
そこにいたのは先程別れたばかりのリカルドだった。
紅のドレスアップ中の悠馬は、熱を操り知覚する事が可能だ。
よって扉から死角になる位置に誰かを佇ませているのを感知する。
暗殺者などの刺客から身を隠す為、高位の者を庇う作法。
その仕草からリカルドより上位の身分である事が窺える。
常々リカルドが言っていた我が主という言葉。
侯爵であるリカルドが敬意を払うべき人物。
ならばそこにいるのは勿論――
「夜分失礼します。
こちらにエネウス子爵とレミット様はいらっしゃいますかな?」
「お待ちしておりました。
どうぞお入り下さい」
「はい。
それでは殿下――」
「ああ、失礼する」
宮廷作法に乗っ取った臣下の礼を行うリカルド。
促され入室するのはリカルドの傍で控えていた青年。
見目麗しい青年だった。
燦然と輝く銀髪。
穏やかで優しく一同を美見渡すエメラルドの双眸。
彫りの深い彫刻の様に整った容貌。
だが何より目を惹くのはその雰囲気だ。
積み上げてきた血脈の歴史がもたらす重厚な完成感。
民を従えてきた実績が醸し出すそれは、もはやカリスマといっても過言ではあるまい。
「我が名はロクサーヌ・ネスファリア・アスタルテ・ランスロード。
誇り高き王の血脈に連なる者だ。
どうかよろしく頼む」
言って気安く微笑むロクサーヌ。
気取ったところがないその微笑は、畏まる者の頑な心を春の雪解けのように溶かす朗らかなものだ。
ただ悠馬は、その無垢ともいえる笑顔に言い様のない悪寒を覚えるのだった。




