23話 福音
入室してきたのは壮年をいくばかりか過ぎた男だった。
鷲の様に鋭い眼。
きっちり切り揃い蓄えられた髭。
整ってはいるが神経質そうなシャープな面差し。
だがどことなくレミットに似た印象を悠馬は受けた。
叔父というレミットの言葉通り、この男こそ魔導都市に隠棲したというレミットの血族なのだろう。
驚く一同を無視し、レミットに近寄る男。
固まっているレミットを無遠慮に触り身体確認。
怪我一つない事を認識し安堵の声をもらす。
何か言いたげなレミットの頭を撫でて沈黙させる男だったが、自らの性急さに今更気付いたのだろう。
釈明とばかりに口を開く。
「急な訪室失礼する。
私の名はエネウス・ウル・マリエル。
ランスロード皇国マリエル公爵の弟で子爵位を戴いている。
そこのレミットの叔父にあたる者だ。
リカルド殿から先程無事に姪が保護されたと聞いてな。
居ても立っても居らず駆けつけた次第だ。
不作法は許してくれたまえ」
悪びれる様子もなく謝罪するエネウス。
謝意があまり感じられ無い為か、やや高慢な印象を抱かせる。
「お、叔父様……お久し振りでございます」
「壮健そうで何よりだ、レミット。
我が兄エネゴリの事は残念だが、お前はマリウス家の希望。
くれぐれも己が身を大事にしろ」
大袈裟ともいえる物言いの後、エネウスはレミットを抱き締める。
感情の入らない労い。
どこか芝居掛かった一連の流れに、悠馬の本能が警鐘を鳴らす。
レミットも僅かに動く首を使い目線で悠馬に助けを求める。
思わず割って入ろうとした悠馬だったが、血気盛んなカレンが急接近。
その勢いに負け、何も言えず押し黙る。
「エネウス様……
質問しても宜しいでしょうか?」
「せっかくの叔父と姪の再会だというのに。
相変わらず無粋な奴だな、お前は。
騎士見習いでなく騎士の受勲を受けたのだったか?
ふん。いいぞ、カレン。
今の私は気分がいい。発言を許す」
「ありがとうございます、エネウス様。
我が主君、エネゴリ様の事なのですが……
残念、とはどういう意味なのでしょう?」
平静を装っているも微かに震えているカレン。
最悪の事態を想定し平静ではいられないのだ。
「言葉通りといっても納得はすまい?
兄の処遇については先程の話の続きになる。
まず、学院が懸念している事項についてだが――
おおよそはそこの自治統制局員から聞いていただろう?」
「はい。
召喚術の乱用によって常識や価値観が攪拌されてしまうとか」
「ふん。
確かにそういった側面もある。
だが一番の憂うべき事はな――
この世界から超常の力が消えていく、という事だ」
「はっ?
それはどういう――」
「文字通りだ。
召喚術を含む各種魔術、
教会の扱う秘蹟、
古代に生み出された魔導具。
世界の自浄機能だが何だか詳しくは知らん。
ただ世界から<力>が掻き消されていってるのだ。
ここ数年、急激にな」
「なっ!?」
あまりの内容に驚愕する一同。
話を中断させられたメイアも沈痛な顔で肯定する。
「確か、なのですね」
「ああ」
「しかし――
その話に、どうエネゴリ様が関わってこられるのでしょう?」
「話は最後まで聞け。
ありとあらゆる<力>の無効化。
それはただ漠然と発生している訳ではない。
基準となるべき発生源。
いや、特異点とでもいうべき者から全ては生じている」
「まさか……」
「お前達も心当たりがないか?
魔導都市に到る道中でそことなく気付いていたはずだ。
その者が持つ特異性に。
我が兄はな。
身柄を引き渡せという再三の要請を断り続けた結果、更迭された。
かの一族を敵に回し皇国で上手く立ち行けるはずがない。
時勢を理解しない愚かな行為だ。
私は違う。
確固たる権威の後ろ盾の下、この機会を逃さずのし上がってみせよう」
「だからそれは誰なんだよ!」
一人悦に入るエネウスを前に堪え切れないとばかりに悠馬が叫ぶ。
感情的な悠馬をまるで虫けらのように見下すエネウス。
召喚術師とはいえ社会的権威の無い者など彼にとって対等に扱う相手ではない。
だが皆の視線が集っている事に気付いたのだろう。
肩を竦め、唇を歪め――告げる。
「レミットだ。
我が姪、兄の娘であるレミット・ウル・マリエル。
この娘の存在こそが全てを歪ませる元凶であり――
力無き者達にとっての福音となるのだ」




