22話 理由
「境界が曖昧になってるって……
それはいったいどういう意味なんだ?
私はそういった知識に疎い。
黙って話を聞いていたが、もう少し理解しやすくしてもらえると助かる」
「質問ありがとうございます、カレンさん。
そうですね、最近懸念されているのは――
価値観や常識の混同化でしょうか?」
「――?
おっしゃることがよく分からないのですけど……」
「ん~具体的な例を挙げた方がいいでしょうか。
例えばアイレスさん、貴女はメイドですよね?」
「あ、はい。
レミット様にお仕えしております」
「じゃあレミット様が外出からお戻りになったら――
何とお声を掛けるのですか?」
「――え?
それは無論「お帰りなさいませ、お嬢様」と」
「それです」
「はい?」
「何でレミット様でなく『お嬢様』なんですか?」
「は、はい?
えっ……だってわたくしは……」
口元に指を添え、煩悶するアイレス。
メイアの指摘によって気付いたがこれはおかしい。
自らの主に対し、何故様付でなくお嬢様などとお呼びしていたのか?
さらにこれが一番の疑問。
侍女として常識であろうそんな誤りを――
何故――『誰も』指摘してくれなかったのか?
「ね、不思議ですよね?
指摘されるまで誰も気付かない。
疑問に思わない。
でも――地球生まれのユーマさんは御承知ですよね?」
「……ああ。
それは俺達の世界のメイド――
具体的にはメイド喫茶のメイドが使う挨拶だ」
「はい、その通りです。
異世界の概念がこちらに及ぼす余波。
その一例ですね」
「しかしそれはおかしい。
メイド喫茶は琺輪世界にも存在する。
父もよく通っていた」
「ティナさんの指摘は最もです。
勿論こちらの世界にもメイド喫茶はあります。
古来のものではなく百年程前からですが。
おそらく地球からの客人によって開設されたものなのでしょう。
でもそれは局所的なもの。
世界全体に与える影響は微少なはずです。
しかしどういった事かその挨拶は今や執事や侍女の間では一般的……常識になってきてしまっている。
既存概念の書き換え。
これは本来恐ろしい事なんです」
「概要は姐さんから聞いてやしたが……
改まって聞きますと厄介な事ですねえ。
常識がリライトされてしまうってのは。
ただ……どうしてそこに召喚術が絡んでくるんで?」
「それは召喚術の特性ですよ、ドラナーさん」
「特性?」
「ええ。
召喚術は懸け離れた世界を繋ぐゲートを発生させる。
時空を超え、次元を超え、縁を結ぶ。
そうしますと世界をカタチ造る認識――<イデア>を揺るがすんです」
「イデア?」
「はい。
世界というのはただそこに在る訳じゃありません。
常世維持機構<琺輪>による統制。
上位位階所持者達による干渉など。
様々な意図と思惑があり、世界は観測されている。
即ち『観る』事による認識。
これにより世界は保たれ、そして隔たれているといえるでしょう。
召喚術はこの境界を揺るがすんですよ。
確かに個人の及ぼす揺らぎなど、世界そのものに比べれば僅か。
大海に投じられた波紋。
世界の復元力とでもいうべき補正に均されてしまう。
ただ――投じられる波紋が多くなったとしたらどうでしょう?
現在の溢れかえる召喚術の施行みたいに。
勿論、世界対個人。
比較にならない力の関係上、いつかは静まります。
しかし修正しきれぬ揺らぎは世界認識を攪拌させる。
混じってしまうんです。
これが魔導学院が懸念している二つの事案の内の一つです」
「一つ?
さらに何が――」
「それが我が兄であるマリエル公爵、
そして姪であるレミットが狙われる理由でもあるのだよ」
「叔父様!」
悠馬の問いを遮るように訪室してきた男の姿に――
レミットは驚きの声を上げ応じるのだった。




