17話 紹介
投了後、崩壊していく不干渉領域。
内面世界を映し出す事が多いこのデュエリスト特有の絶対的な領域は、いったいどちらのものだったのか?
自分が砂漠に縁がない以上、男のものだと悠馬は推測する。
一面砂の山が続くあの景色は雄大で……
けど、どこか哀しく見えた。
特に取り決めはしていなかったが、隷属化や魔導書の一部開示などがデュエルの勝者に与えられた権利である。
それに気になることもある。
先に逃げたレミット達の姿が見えないのだ。
もしかするとこの男が何か知っているかもしれない。
「デュエルの勝者として。
貴方に聞きたいことがあります」
「ふむ。
ユーマ殿に敗北したこの身。
吾輩に答えられる事なら何でもお伺いしましょう」
「では、まず――」
聞きたいことが多すぎて迷う。
しかしまずは皆の行く末か。
悠馬が改めて問いただそうとしたその時――
「ユーマ!」
抑えきれない嬉しさに満ちた叫びと共に悠馬の胸元に誰かが飛び込んでくる。
倒れこまないよう慌てて抱き締め返す悠馬。
宙に舞う、一流の画家が丹寧に描いた様に鮮やかな金色の髪。
少女期特有の、華奢でありながら幻想に満ちた繊細な身体。
何より涙に濡れながらも美しさを失わない容貌を見違える筈がない。
「レミット!」
慣性の法則。
勢いを殺しきれずクルクル舞踏のように回る二人。
たった数時間の別離だというのに、まるで数年も経過したような気さえする。
「無事だったのか?」
「うん! ユーマも怪我とかしてない?」
「ああ、この通りピンピンさ」
レミットを優しく地面に下ろし、傷一つない身体をポーズして見せる悠馬。
確かにフォースフィールドとドレスアップで守られた身体は無事だ。
しかし悠馬は気づいてないが、疲労ばかりは隠し切れない。
幽鬼のように翳が射す悠馬の顔を見てレミットは察する。
自分たちを安全に逃がす為に尽力した悠馬。
それはいったいどれほどの負担だったのか。
胸の内から沸き上がる衝動に何も言えず悠馬の胸元に顔をうずめる。
「あらあら、うふふ。
見せつけてくれますわね、レミット様」
「まったくだ」
そんな二人を微笑ましい表情でにやにやと見守るのはアイレスとカレンだ。
まるで暇を持て余した奥様戦隊みたいに野次馬と化し、談笑している。
感動の対面で分からなかったが現状に気付いたのだろう。
互いに赤面後、慌てて身を引くレミットと悠馬。
レミットは婚姻前の貴族の令嬢として、はしたない位にあられもない姿を晒した自分の姿を恥じ、悠馬は悠馬でレミットに抱き着かれた感触を今更ながら思い出しアレがアレして大変である。
「ぶ、無事だったんだな皆!」
「はい、ユーマ様」
「そちらの御方のお陰で魔導学院の庇護を受ける事が出来たのだ」
「ええ、まこと感謝に堪えません」
「まったくだ」
ユーマの声に男を示し、アイレスとカレンは頭を下げる。
これに悠馬は驚いた。
敵とばかり思っていたが皆を守ってくれていたとは。
何より準貴族位である騎士階級のカレンが頭を下げている事にも。
カレンは気立てが良く真面目な娘だが気安く頭を下げたりしない。
道中謝罪の言葉はきちんと出るも主従であるレミット以外に頭を下げる事はなかった。
悠馬には馴染みのない貴族階級の作法だがそれをしっかり守ってきたのだ。
となれば、この男は余程の恩人。
あるいはカレンが頭を下げなくてはならない程の――
「皆を助けてくれてたんですね?
ありがとうございます」
「いえいえ、吾輩は何も。
我が主の命を受け、当然の事をしたまでですよ」
「そういえば、まだ貴方の名を聞いてなかったんですが……」
「おっとそういえばそうでしたな」
「何言ってるの、ユーマ。
そんな事も知らないの!?」
二人のやり取りにレミットは呆れた様に悠馬を見やる。
「この方こそ宮廷魔術師団<シルバーバレット>の次席にして、
勝利の導き手という称号を陛下から賜った常勝将軍。
リカルド・ウイン・フォーススター侯爵その人よ」
「そんな御大層な異名は身に余りますがな」
どこか誇らしげなレミットの紹介に、
リカルドと呼ばれた男は苦笑しながら肩を竦めるのだった。




