11話 布告
「ん。ここまで来れば大丈夫。
魔導学院の門はすぐそこ」
偽装用の光学術式で人相を変えながら夜の街を疾駆する4人。
マリエル侯爵家の第三女、レミット・ウル・マリエル。
レミットの傍付きのメイド、アイレス・ミィール。
マリエル家騎士団の女騎士、カレン・レザリス。
封印の監視者であり招巫女、ティナ・ハーヴェスト。
周囲を警戒しながら呟いたティナの一言に、一同は一息をつく。
ティナの危機感知能力は最早人外の領域だ。
これまでの道中、幾度も助けられてきた。
そのティナが太鼓判を押すなら信用するに決まっている。
ただ盲信はいけないと、緊急時にはいつでも抜き放てるようカレンは鞘と剣の柄に手を掛けながら確認する。
「追手は?」
「ユーマ様が上手く引き付けてくれたみたいですわ。
わたくしたちの後方から来る影は……ありません」
切迫した状況だというのに、のほほんとした表情で後ろを見やるアイレス。
場違いなメイド服が何故か闇に溶け込んで見える。
その隣ではレミットが神に祈りを捧げる敬虔な使徒のように手を組んでいた。
「ユーマ……無事でいて」
自ら進んで囮をひき受けてくれたとはいえ、想い人が危険な目にあってるかもしれないのだ。
それが有効な手段と理解は出来るが、レミットの心は張り裂けそうだった。
「ん。ユーマなら絶対大丈夫。
カードキャプターの必殺呪文は絶大」
「少しも信用できそうにないのだが」
「この子がいる限りユーマは死ぬことがない。
この子の安全はティナが絶対保障する」
薄い胸を張るティナを少し胡乱げに見ながら呆れるカレン。
僅かに膨らむ胸元からは幾重もの結界に守護られた紅色のガーダーがいた。
産まれ立ての雛のようなその小動物こそ、悠馬に不死の恩寵を与えている<不死鳥ラ・リーミヤ>であった。
ともすれば滑り落ちそうになる胸元にしがみついているのが可愛らしい。
ただ空回りする足元はまるで檻の中で歯車を回すハムスターみたいである。
「見て、この快適そうな環境。
さっきから奥に潜り込もうと必死。
ユーマに似て結構エッチかも」
「……あまり居心地良さそうには見えないぞ?」
「そんなことない!
この子は与えられた居住空間に満足している!」
「……やはり掴まる所がないせいでは?
可能なら融通したいくらいなのだが――」
「それは持たざる者へ対する憐れみ?
今のは貧乳界に対する宣戦布告と受け取った!」
豊満な胸元をさり気なく見せつけるカレン。
それに対し、ティナがマジ切れしたその時――
「あ~盛り上がってるところ大変申し訳ないが……
少し、いいかね?」
「あ、貴方は……!」
突如現れた人物の声掛けに、レミットたちは驚愕するのだった。
一方その頃――
「さあ、ここまで逃げれば大丈夫だと思いやす」
「ありがとうございます、ドラナーさん」
「いえいえ。あっしは何も。
感謝の言葉なら、囮役を買って出た兄さんに言って下さい」
「それでも、ですよ。
しかし汚れちゃいましたね。
汗もかいたし……早く着替えたいです」
宿から遠く離れた薄暗い路地裏。
フォースフィールドによって無事に火中を突破したのは眼鏡がキュートな魔導都市の女性職員、メイア・ステイシスと竜使いの末裔にして紅蓮術師、ドラナー・チャンだ。
使い込まれてボロボロのドラナーのローブに対し、汗にまみれ煤を被った洒落たデザインのメイアの服は残念な事になっている。
衣服の状態を確認し顔をしかめ残念そうな表情を浮かべるメイア。
そんなメイアの様子を爬虫類の様な冷めた瞳で観察しながら、
「そうですね……
兄さん達と合流する前に服も何とかしますよ。
あっしの質問に答えられたら、ですが」
感情を交えない声で問い質す。
その手に、戦闘態勢に入った事を示す輝く魔導書を携え。
突然のドラナーの動向に対し、メイアは驚くのでもなく眼鏡の奥に隠された眼を細め、肩を竦める。
「まあ怖い。
それで、いったい何でしょうか?」
「分かってるんでしょう?」
「はて、何が?」
「ならば一つだけ。
姐さん……
あんたはいったい――何者ですか?」
答え方次第では容赦はしない。
悠馬に隷属しているからではなく、真剣に仕える者としての矜持。
ドラナーが示す不退転の意思表示に……
メイアは可憐なその口元に、薄い半月を浮かべ応じるのだった。




