9話 復元
魔導書が展開するフォースフィールドとは何か?
その事について説明する前に、まず位階というものを語らなければなるまい。
位階とは天使や悪魔、幻想種等の高位次元存在が持つ存在強度指数。
対高位次元存在戦闘の要ともなる概念である。
人族とは懸け離れた存在達は、世界に存在する力<イデア>が強大だ。
イデアとは世界が認識するその存在の意義。
これが強固なものほど壊れにくく、そして滅びにくい。
更に厄介な事に、位階が低位な者によるものならば物理的に破壊してもすぐに復元してしまう。
軍隊を率いても妖魔王や魔王クラスの敵に通用しないのはこれが理由である。
分かりやすく言えば、世界と云う物語にどれだけ自らを顕示出来るかがイデアなのだろう。
雑魚キャラでは名のある役には太刀打ち出来ない。
だからこそ英雄叙述詩の勇者や騎士達は伝説の武器などを装備し、仇敵に立ち向かうのだ。
それらの武器に秘められた名声値が位階差を埋めてくれるから。
この琺輪世界では神担武具と呼ばれる神々の魂を宿した武具等がそれに値する。
神々と云うネームバリューに加えて、その神性が担い手を補助してくれるから。
そうでないかぎり高位魔族や邪神の眷属に対し人は抗えないのが定めだ。
しかしそれが同一か近似の位階ならば――話は別となる。
時として表舞台に出てくる聖人や英雄は生まれつき高い霊格(高イデア指数)を宿す。
これがどういうことかというと、彼等ならば人ならざる者に対抗できるのだ。
彼等の振るう武具は容易に魔族を傷付け、
彼等の唱えし魔術は揚々と邪神を滅ぼす。
世界が定めた絶対主役補整。
それこそが霊格であり位階と云うイデアなのだろう。
ではこの事を踏まえて、フォースフィールドとは何か?
それは擬似的な位階上昇の障壁である。
正確に言えば障壁が攻撃を遮断するのではない。
障壁内の存在、この場合魔導書所持者の位階を詐称的に引き上げるのである。
こうする事により障壁内部に限り低位な損傷等を無効化するのだ。
無論、弱点もある。
上記の様に障壁内の向上した位階を遥かに超える存在による攻撃。
あるいは同じ理論により展開された障壁等による中和などである。
召喚術師には召喚術師しか対抗出来ないなどというのはその最たる例であろう。
だがここである異端論者がいた。
魔導書を持つ者を一方的に討つ術はないか、と。
通常ならフォースフィールドに攻撃が遮られる。
いにしえの魔導文明最盛期でもそれは変わらない。
しかしその理論は判明している。
全ては位階差による現象だ。
ならば位階を強制的に上げ、遠方より狙撃できればいい。
その理屈を元にどのような狂気が施行されたか……
それは詳しくは述べまい。
ただ、おびただしい犠牲と共にそれは完成した。
魔導式位階補整狙撃砲<パニシャーズディード>
それは大気のマナを吸収し、内臓されたチャクラフィルターを濾す事によりフォースフィールドを貫く事を可能とした武器。
大戦期には多くの召喚術師を血祭りにした悪魔の兵器でもある。
イシュバーンの手によって撃たれた破滅への導き。
多くの高位存在の怨念が込められたそれが今、悠馬に牙を剥く!
「がはっ!」
胴体に開いた大穴。
向こう側が見えるくらいの穴が身体にあるのを信じられないとばかりに見下ろす悠馬。
幾重に展開した障壁を今の砲撃は易々と貫いた。
障壁により幾分か威力を軽減できたのは幸いか。
身体ごと消滅という危機は避けられたようである。
だがそれでも自分の胴体を貫くのは防げなかった。
これは間違いなく致命傷である。
そう――通常ならば。
「ふっ……流石は陛下より賜わりし魔砲。
かの召喚術師とて他愛もない――」
驚きに眼を剥くイシュバーン。
腹を抱えた悠馬が笑っているからである。
いや、それだけなら驚かない。
間近に迫った死の恐怖に、気が触れたかと思うだけだ。
イシュバーンが驚いた訳。
それは塞がっていくからである。
悠馬の身体に開いた穴が、逆再生の様に。
魔術師の扱う回復魔術とは違う。
まるで時間の巻き戻しのような異常な再生能力。
それは高位次元存在固有の――
「――復元能力!
何故貴様がそれを持つ!!」
驚愕に激昂するイシュバーンに、悠馬は不敵な笑みを深くするのだった。