8話 編成
さて、ここで時間軸は少し遡る。
イシュバーンにより大穴が開いた宿。
ゴウゴウと空気を貪り燃え盛る劫火。
度重なる砲撃により崩壊寸前の建物が軋みを上げている。
一刻の猶予もないとばかりに悠馬達は慌ただしく逃亡手順を決める。
ただこんな余裕がない状況では手順はシンプルにしかならない。
悠馬が囮となり、敵を引き付ける。
その間に召喚術師たるドラナーとティナを基軸に脱走を図ると云うものだ。
ドラナーのグループにはメイア。
ティナのグループにはレミット・アイレス・カレン。
これは守りに長けたティナの方がレミット達をガードしやすいと判断したからである。
同じ召喚術師でも得手不得手はある。
これは得意なデッキの色という形でも現れる。
紅蓮の字名が示す通り、ドラナーなら紅。
結界術を得意とする巫女であるティナなら紫、といったように。
紅のデッキはそのカラーリング通り攻撃的なものが多い。
対して紫のデッキはその大半が守護を与えるものだ。
未だ見ぬ敵の狙いがレミットにある以上、その守りは鉄壁にしなくてはならないだろう。
本当は自分がレミットを守り抜きたかった。
喜怒哀楽に揺れる、利発で可憐な面差し。
少なからず自分を慕ってくれているのだろう。
時折発露する、あまりにもストレートな愛情表現。
そしてそんなレミットを支えるアイレスにカレン。
悠馬にとってレミット達は、もう簡単に切り捨てられるような存在ではなくなっていた。
ただ……あの砲撃に対抗出来るのはおそらく自分だけだ。
だから悠馬は私情を捨て囮役を買って出る。
集合場所はサーフォレム魔導学院。
かの神代より続く学院は世俗から切り離された完全なる治外法権。
相手が貴族だろうが何だろうが門戸を叩く者は絶対庇護するらしい。
ならばそこに辿り着くまでは何としても時間を稼ぐ。
そして何よりも――
悠馬は周囲を見渡す。
自分達と関わったが故に巻き込まれた宿とその従業員達。
悲嘆の叫びがコダマする宿周辺に悠馬の怒りが沸点を越えそうになる。
「ドレスアップ」
口に出す必要はないが、呟く。
その瞬間、悠馬の手にした魔導書が光を放つ。
漆黒のドレスアップが輝きを上げ、悠馬の全身は紅の装束に包まれる。
熱を自在に操るこのドレスアップが今の状況には最適だろう。
意識を凝らし燃える建物を見詰める。
するとそこだけまるで空間を繰り抜いた様に炎が鎮火し空洞となる。
「これで良し、と。
じゃあ皆、後程な」
「ぜ、絶対……無事で戻ってきてね、悠馬?
そうじゃないと――許さないんだから!」
「分かってるよ。
心配するな、レミット」
涙目で真っ赤な瞳をしたレミットの頭を優しく撫でる。
サワサラなのにふわふわという極上の感触。
猫の様に目を細めるレミットを前に、改めて悠馬は決意する。
何をおいても守り抜く、と。
そんな悠馬の心が伝わった訳ではないのだろう。
だが、おっとりとした顔を綻ばせたアイレス。
整った顔を上気させたカレン。
シニカルな笑みを消し真剣な顔をしたドラナー。
そして危機的状況なのにどこかが眠たそうな瞳をしたティナ。
皆が悠馬の元に集い、声を掛ける。
「お願い致しますわ、ユーマ様」
「お願いします、ユーマ殿」
「すいやせん、兄さん。
ここは頼みますぜ」
「ん。任せた」
「――ああ。
二人とも、皆をよろしくな」
「了解ですぜ」
「ん。任された。
泥船に乗った気持ちで待つといい」
「そこは嘘でもいいから大船って言っとけよ……」
「船名はタイタニックにしっておく」
「だから何でそういう知識を知ってるんだよw」
ティナの他愛無い冗談に苦笑する。
さて行くか、と悠馬が踵を返した時――
「では逃げる前に……
一つだけよろしいでしょうか、ユーマさん」
「……?
何ですか、メイアさん?」
「これは確証の取れてない情報。
ですが本当ならば致命的なものになります。
実は――」
メイアから告げられる驚愕の事実。
その衝撃的な内容に、悠馬はデッキの編成を組み直すのだった。