3話 変貌
「おら、出てこいや!」
「早くしね~と馬車ごと潰すぞ、コラ!」
下卑えた怒号を上げるのはレミットに雇われた男達。
その正体はここら近辺を縄張りとする山賊である。
冒険者に紛れ山越えをする者を見定めてから襲うという卑劣な手段を取る為、他の犯罪者達からも疎まれていた。
男達にはその理由がよく分からない。
だってこんなにも効率がいいのに。
自分より強い集団には手を出さず、格下のみを狙い確実に利益を上げる。
後々面倒なので獲物は皆殺し。
幾度も愉しめないのは残念だが、替わりは幾らでもいる。
今回は世間知らずそうな女達を的に掛けた。
危険な護衛を務める者が掴まらないようで、弱り切っていた。
そこで親切そうな顔をして名乗り出たらイチコロであった。
あまりの張り合いの無さに自分達が騙されてるのかと思ったくらいだ。
一応抵抗されてもいいように人気のない場所までは大人しくしていた。
さあ、これからは狩りの時間だ。
先程は謎の発光現象があったが、どうやらハッタリらしい。
頑丈な扉を強引に抉じ開け、中の女達を想う様に凌辱してやろう。
そんな身勝手な獣欲に身を焦がす男達。
と、その前で
ギイイ~~
と重々しい音を立てて馬車の扉が開く。
何だ!?
身構える男達。
警戒の視線が痛い程注がれる中、
扉から出て来たのは情報にない少年であった。
歳の頃は17~8。
黒髪黒目で見慣れない軍服にも似た服を着込んでいる。
しかし……どう贔屓目に見ても強そうには見えない。
おまけにその手に武器はなく、全身が微かに震えている。
(こいつ、チキン野郎かよ!)
恰好のカモの登場に嘲笑を浮かべる男達。
まあ何にせよ男は殺す。
女も楽しんだ後で殺す。
短絡的な思考で刹那の快楽を男達は思い浮かべる。
思い思いの武器を手に、少年に襲い掛かった瞬間――
男達は弾き飛ばされた。
少年の周囲に展開された、不可視の障壁によって。
こんな芸当が可能な存在は男達の記憶の中で一つしか該当しない。
「召喚術師だと!?」
「馬鹿な!?」
思い知らされる驚愕の事実。
変えようのないその現実に、男達の士気は見る見る瓦解していくのだった。
(ふう……どうにかうまくいった、かな?)
弾き飛ばされ狼狽する男達を横目に、悠馬は浮き出た冷汗を袖で拭う。
ぶっつけ本番、レミットという少女から聞いたままに試してみたのだが……何とか発動したらしい。
自分を取り巻く不可視の障壁。
それは魔導書を繰る召喚術師の基本能力<フォースフィールド>という能力。
魔導書を構え戦いの意志を示す事により展開される絶対結界。
この結界内では物理法則は塗り替えられ、通常の攻撃は術師には効かなくなるとの事。
半信半疑の悠馬だったが、実際こうして見ても信じられない。
けど頭の片隅で理解はしていた。
何故なら、
このルールは自分が良く知る<サガ>で語られる設定と同一の――
思考の海に沈みそうになる悠馬だったが、そうは問屋が卸さなかった。
衝撃から立ち直った男達が再度襲い掛かってきたのだ。
剣。
斧。
モーニングスター等々。
直撃すれば命に関わりそうな武器の群れ。
命に別状はないとはいえ、咄嗟に悠馬は魔導書<デッキ>を強く握り締める。
途端、魔導書から溢れる輝き。
煌めく純白の光は悠馬の身体を覆い――やがて美しい長衣となる。
これも魔導書の基本能力<ドレスアップ>というものらしい。
魔導書の特色<デッキ内容>に応じ、主に恩恵を与えるとの事。
そしてこの瞬間より、悠馬はどこにでもいるただの少年から無数の魔を繰る召喚術師へと変貌する。
魔導書から溢れ悠馬の手元に宿る力の欠片。
虹色に輝く符を悠馬は地面へ叩き付ける。
地面へと描かれる幾何学的な魔方陣。
その魔方陣を前に力強く悠馬は宣言する。
「出でよ!
孤高なる灰色狼<グレイウルフ>よ!」
悠馬の意に応じ、鮮やかな灰色の毛を持つ巨大な狼が召喚。
主の威にならんと猛然と男達へと襲い掛かっていく。
為す術もなく瞬く間に制圧される男達。
馬車から様子を窺っていたレミット達も呆気に取られていた。
個々の召喚術師により能力差は生じる。
しかしこれほどのものを儀式補助も無しに高速で召喚する腕前は只者ではない。
「ユーマ……
アナタ、いったい何者なの?」
戦慄すらこめてレミットは独り囁く。
どうにか窮地を脱した反面、今のユーマの姿が神々しくて怖かったからだ。
皇都で行われた御前試合ですら、これほどの術者はいなかった。
ならばクオン・ユーマとはいったい何者なのか?
先程まで何気無い自分の仕草に赤面してた顔と、
倒れ伏す野盗達を冷たく見据える今の顔。
いったいどちらがユーマの本当の貌なのだろう?
複雑なレミットの想いとは別に、ユーマは振り返り穏やかに微笑む。
これが後に7色を自在に操り<虹の召喚術師>と呼ばれるユーマの初召喚となるのだった。
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