8話 威風
「アレがそうか……」
前方に見える沼地を前に悠馬は足を止める。
連日の雨で増水しているせいか、そこは最早沼地というより巨大な湿地帯と化していた。
濁った汚泥が渦を巻き、全てを呑み込もうとしているかのようだ。
「じゃあ行ってくるよ。
皆はここで待ってて」
「ホントに行くの、ユーマ?」
「大丈夫ですか、ユーマ殿?」
「そんなに心配するなよ、二人とも。
魔導書の準備(調整)はしてきたし、何とかなるさ」
雨具ごしとはいえ激しい雨に晒されるレミットとカレンに悠馬は笑い掛ける。
召喚したガーダーと共に宿で留守番するように言ったのだが、断固として聞かなかったのだ。
悠馬の安全を把握しない内は宿でも休めない。
そう言い張る二人を説得する術を悠馬は持ち得なかった。
素直にいえばこの危険な目的に付いてきてくれた事は嬉しい。
眼の届く範囲に居てくれた方が守りやすいからだ。
暗殺者がどんな事を仕掛けてくるか不明な以上、身近な方が対処しやすい。
さらにドレスアップして超人的な身体能力を得ているとはいえ、精神はいつもの悠馬のままだ。
独りでこのような場所に来る事に臆する気持ちもあった。
だがこんな美少女達に応援されるとなれば嫌でも気力が漲るというものだ。
「ではお気をつけて下さい、ユーマ様。
御武運を」
「はい、行ってきます」
傅くアイレスに脱いだ雨具を預け悠馬は歩き出す。
足元が泥濘に取られようとする為、慎重に沼地へ向かう。
そうして沼地が近づいてきた途端――
『帰って……』
汚泥の上に髪の長い半透明な少女の姿が浮かび上がり、微かな囁き声が脳裏にコダマする。
念話と云う奴だろうか?
鈴の様に綺麗だが、どこか儚げであった。
警告を無視し歩を進める悠馬。
すると少女はこちらに向け指を指し示す。
その瞬間、身体全体が押される様な圧力が悠馬に掛かる。
突風にも似たその力はドレスアップした悠馬でも抗えない程だ。
だがしかし――
「フォースフィールド」
魔導書を用いた力場が発生。
謎の圧力を遮断する。
内心ホッと胸を撫で下ろす悠馬。
超常的な力――この場合は念動力だろう――と、この力場は弾き返すらしい。
驚いた様に俯いていた顔を上げる少女。
碧色の長い髪に隠されていて分からなかったが、整った顔立ちをしていた。
徐々に形を成していく服装もここらでは見ない巫女服に似た着物姿だ。
「俺の名は久遠悠馬。
君は?」
悠馬の問い掛けに少女はスーッと宙を滑る様に後方へ下がる。
そして顔を俯け表情を隠すと、絞り出す様に囁いてくる。
「帰って……」
「俺は君に話があって来た。
少しだけ話をしないか?」
「お願い……帰って……」
「やっぱり何か事情がありそうだな」
「帰って……下さい」
「ふむ。
君の要望は最もだと思う。
……だが断る!」
懇願する少女の願いを悠馬はきっぱり切り捨てる。
悠馬のそんな返答はさすがの少女も予期し得なかったのか、弾かれた様に再び顔を上げる。
眼を丸くする少女に悠馬は不敵な眼差しを向ける。
どうやら会話は成立するようだ。
つまり天災とも形容される幽鬼クラスまで堕ちてはいないという事。
それなら何とでも対処しようがある。
「君が他者に危害を加える気がないのは最初から分かっていた。
この沼地に近付く者に対し、警告と威嚇だけに留めていたから」
「…………」
「てっとり早く殺した方が楽なのに。
この沼地なら近隣の妖魔のせいに出来るのにね。
そのせいか近くの街では噂になっていたよ。
じゃあ何でそんな真似をするのかというと、大体二つ考えられる。
一つ、他者が嫌い。
誰かを殺めるほどじゃないにしても。
これにはテリトリーを守るなどの意味合いも含まれる。
さらにもう一つ。
この沼地に何らかの理由がある場合。
おそらく君か何かが封印されており、その監視や見守りを兼ねているとか」
「貴方は……何者なの?」
「さっきも名乗ったろ?
俺の名は久遠悠馬。
流れの召喚術師さ」
「……そう。
なら教えてあげる。
貴方の問いに対する答えは二つとも正解よ。
わたしは人嫌いで、この沼地に封じられてる。
ある役目があるから。
どう、これで満足?」
「いいや。
まだだね」
「え?」
「まだ、君の名前を聞いてない」
「何を……言ってるの?」
爽やかに微笑む悠馬。
少女は顔を逸らすと、頬を染める。
一方遠くからその様子を見ていたレミット達は、
「ユーマのバカ。
ホント無自覚なんだから(ぷん)」
「秒殺……だと?
さすがはユーマ殿。
これは天然と云う恐ろしい才覚なのか……(わなわな)」
「あらあら。
やっぱりナチュラルに女の敵かもしれませんわ(うふふ)」
などと愚痴のように呟いていたが。
赤面する少女だったが、辛抱強く返答を待つ悠馬に根負けした様に口を開く。
「……ティナよ。
わたしの名はティナ。
ティナ・ハーヴェスト」
「そっか、ティナか。
良い名前だね」
「そんな事を言われたのは……初めてだわ」
「じゃあ俺が記念すべき第一人者か。
――うん、光栄だな」
「……変な人」
「ティナは――役目があるからここに封じられてるのか?」
「そうよ。
この沼地には……
いえ、この聖域にはある存在が封じられてる。
わたしは巫女としてその封印を見守る為にこんな姿となった」
「……その存在って?」
「いにしえに災厄を齎した忌むべきモノ。
冒涜なる荒廃<腐嵐王ファイレクシオン>
その異名通り暴風を以って全てを荒廃させ、全てを腐らせていく。
この聖域はかつて豊穣なる大地だった。
しかし現在ではご覧の有様よ」
哀しい目で周囲を見渡すティナ。
荒廃する前の姿を知っているだけにやり切れないのだろう。
そんなティナを見て悠馬は決意する。
「そういえばティナはずっと覚醒していたのか?」
「いいえ。
普段眠りに就いてるわたしが目覚めるのは、この封印が綻び掛かった時。
つい五日前くらいになるわ」
「なるほど」
「これからわたしは全ての力を使って再封印に取り掛からなくてはならない。
その為には外部の者に邪魔される訳にはいかないの。
だから早くここから去って。
貴方も召喚術師なら分かるでしょ?」
「いいや、分からない」
「え?」
「だってそれをやったらティナは消滅するんじゃないか?」
「それは……」
覚悟はしていた。
幽体の身で強固な封印をするには己の存在を全て力に変換するしかない。
だが改めて悠馬から告げられるとその決意が揺らぐ。
「だって……仕方ないもの。
こんな強大な存在を放置できるというの?
だったらわたしが犠牲になるしか……」
「ティナの考えは間違ってるよ」
「え?」
「それだと今は凌いでも、次はどうしようもないじゃないか。
今まではティナがいたから何とかなった。
じゃあこれからはどうなるのさ?」
「それは……」
「それに誰かの犠牲で成り立つ平和なんて所詮まやかしだ。
誤った連鎖はいつかは断ち切らないと」
「じゃあ……貴方ならどうするというの、悠馬?」
「答えは簡単だ。
――俺が、隷属化させる」
「……はい?」
「冒涜なる荒廃<腐嵐王ファイレクシオン>とやらを隷属化し、魔導書に封じる。
それなら何の問題もないだろう?」
威風堂々。
不敵に笑う悠馬の応答にティナは呆気に取られるのだった。
お気に入り登録と評価、ありがとうございます♪
新ヒロイン登場回。
別シリーズの主人公<光明の勇者>アルのように、どうやら悠馬も天然タラシスキルの保有者もみたいですw




