5話 不安
「さ、さすがにそろそろ限界。
お昼になるし、少し休憩しよう?」
「え~~~~~~!
まだ半分も見て回ってないのにー」
「私も気になるものが……」
「大丈夫ですわ、レミット様にカレン様。
この露店市は夕刻まで開催されるそうです。
休憩の為、少々場を離れても逃げてはいきませんよ?」
「そうなの?
む~~~~アイレスが言うなら我慢する~」
「ですね」
「俺の意見って……(涙)」
漫画の様に買った品々を沢山抱えた悠馬が白旗を上げる。
悠馬の提案に不満そうに振り返るレミットとカレン。
しかし悠馬の身を慮ったアイレスの取り直しには素直に応じる。
発言力の差をまじまじと見せられ、そっと心の中で涙する悠馬だった。
まあ今は何より休憩が優先だ。
アイレスの手作り朝食(絶品)はしっかり食べてきた。
だが朝から動き回っていた為、空きっ腹が激しく自己主張している。
特にこの露店市は食べ物の露店も出ており、凶悪なまでに食欲を刺激する。
食べ盛りの悠馬にとってそれはある意味一番の拷問である。
朝食夕食は先駆けの仔馬亭で提供されるが、昼は出ない。
意識の高い高級志向の宿を目指してるらしく、朝夕に出す食事の仕込みに専念するからだ。
ならばとお勧めの店を聞いたのだのだが、今の時期は下手な店に入るよりも旬の食材を露店で売る出店の物を食べるのが一番美味いとの事。
そういったお客をターゲットにした飲み物をオーダーするだけで休める店を何軒か聞いておいたので、さっそく向かう。
道中各自好きな物を買い込みまるで縁日の屋台巡りの様だ。
特にレミット達は気取ったところが無い目を惹く美少女達であるし、どこでも可愛がられた。
というか、おまけの方が多いくらいである。
その分話し留められ、買って回るのに時間が掛かってしまうのだが。
これは店主の戦略で、要はレミット達を客寄せのマネキンにしてるのである。
確かに笑顔で談笑する美少女三人を見るとついその場に立ち止まってしまう。
そこにすかさず売り込むのである。
巧みな手口に悠馬も苦笑せざるをえない。
早く休みたいというのが正直なとこだが、三人はご満悦だ。
道中それとなく聞いた話では逃避行は苦難の連続であった事が窺える。
今の活き活きした姿が眩しく、何も言えなくなる。
「お、ここだ」
やっと見つけたのは洒落た雰囲気のカフェだった。
せっかくのオープンスタイルだが生憎の雨の為、人はいない。
悠馬達も庇のある席に腰を下ろし一息をつく。
「いらっしゃいませ~」
よく訓練されたウエイトレスが注文を取りに来る。
「4名様ですね。
お飲み物は何になさいますか?」
「果物を搾った適当なものを4つ貰えるかな?
昼食は買ってきたので」
「ではフレッシュジュースを4つオーダーで。
持ち込みですと別途料金が掛かってしまいますがよろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「ありがとうございます。
それではごゆっくりお過ごし下さ~い」
一礼と共にウエイトレスは厨房へ向かう。
先程述べたが、持ち込みも可能なのがこういったカフェの特色だ。
店内には悠馬達の他にも同様の持ち込みしている客がちらほら見える。
売り上げに響きそうだが、ジュースの料金を少し割増し、回転率を上げる事で機会損失を補う方針なのだろう。
「ふう、疲れたー(ぐでー)」
「もう~ユーマったら。
男の子なのにだらしないんだから~」
「仕方ないだろう。
こっちに召喚される前は帰宅部の学生だったし」
「お嬢様の言う通りですよ、ユーマ殿。
騎士だったら一晩は不眠不休で戦う体力を求められます」
「いや、俺は召喚術師だし」
「ん。でもありがと、ユーマ。
今日は凄く楽しい」
「私もです。
こんな自由を謳歌したのは生まれて初めてかもしれません」
「そうか……ならば良かった。
俺も苦労した甲斐があったよ」
「うん。
だから『今は』ゆっくり休んで、ユーマ」
「そうですね。
午後からもまだまだ付き合って頂きますし」
「……勘弁してくれ」
机に突っ伏してヤサぐれる悠馬。
そんな悠馬を労うも、レミットとカレンは女同士話を弾ませる。
気力を失い掛けた悠馬だったが、そっと耳打ちをするようにアイレスが話してきたので、残された気力を総動員して目を向ける。
「ユーマ様」
「ん?
どうしたんです、アイレスさん」
「今朝頼んだ件ですが……
もう行っていただけました?」
「ああ、はい。
あの後すぐに魔導書から召喚しておきましたよ」
アイレスの頼み事とは、護衛のガーダーを召喚してほしいというものだった。
今朝の会話がすぐにリプレイされる。
『おはよう、アイレスさん』
『おはようございます、ユーマ様。
今朝の朝食は昨夜から煮込んだスープと焼き立てパン、
更にサラダとベーコンハムエッグと香茶になります』
『お~~美味そうですね。
ん?
どうかしたんですか、アイレスさん?』
『え?』
『何だか顔色が優れないようですけど……』
『ええ、実は……』
宿の主人から聞いた話では、何でも昨夜、宿の近くで変死している男達がいたとのこと。
外傷は見られないが、死因が特定出来ない。
高級住宅地に近いこの辺も、最近は物騒になったと嘆く主人の言葉にアイレスは言い様の無い不安を感じた、と。
そこで万が一に備え常にガーダーを留めておいてほしいとの事だった。
この世界は悠馬のいた日本に比べ、治安が悪い。
アイレスの不安は最もだし、久々の宿で自分も油断していたようだ。
朝食後、悠馬はすぐさま適度なガーダーを召喚し、皆の護衛に付けた。
「蜃気楼の護り手<ミラージュディフェンダー>という、不可視のガーダーになります。
直接的な攻撃力はそれほどない。
けど、防御力が高い上にどんな攻撃も一回だけ肩代わりしてくれる。
目に視えないけど大した奴等なんですよ」
悠馬の指摘通り、幻影と惑わしを象徴する蒼のカードに属する蜃気楼の護り手に、直接的な攻撃力はない。
ただ自分のDPを超えるような攻撃を受けようとも、一回だけは確実に無効化できるのだ。
恐るべきことに、それはガーディアンの攻撃さえもだ。
様は相手の攻撃手番を跳ばす事にもつながる。
使いようによってはかなりのアドバンテージ(優位性)を稼ぎ出すガーダーでもあった。
「そうですか……それは重畳。
ありがとうございます、ユーマ様」
「いえいえ。
久々のベットで浮ついてた自分が悪いんです」
「(もう……まったくですわ。
まあこれでわたくしの出番も減りますし、レミット様の身も安泰でしょう)」
「え?」
「いいえ、何でも(にっこり)。
あ、ほら。
ジュースが来たみたいですわ。
さっそくお昼をいただくとしましょう」
笑顔を浮かべ悠馬の腕を抱え身を起こそうとするアイレス。
メイド服越しとはいえ極上の感触が伝わり、悠馬は慌てて身を起こす。
さあ待ちに待った昼ご飯だ。
狂騒曲を奏でる胃袋が、買ってきた串肉やら炒め物やら甘いスイーツやらの到着を今か今かと待ちわびている。
空腹と疲労に目が回りそうだ。
……だから、気のせいだろうと思った。
おっとりと微笑むアイレス。
その可憐な口元の笑みが一瞬、邪まに歪んだ様に見えたのは。
前話の補完的な話を挿入。




