3話 笑顔
「ううっ……酷い目にあった」
「じ、自業自得なんだからね。
エッチな事をするユーマが悪いんだから」
ソファーにつっぷし、ぐてーっと身体を弛緩させる悠馬。
苦言を言いながらもそんな悠馬の隣りに付き添い、甲斐甲斐しく世話をするのはレミットだ。
破廉恥体質を持つ悠馬に対する正しい制裁とはいえ、そこは惚れた弱み。
悠馬の状態が気になるらしい。
コントロールできないと言えば、それはレミットも同様だった。
ここ数日で怒りっぽくなったと自覚はしてる。
けど他の女性に気を取られる悠馬にイライラしてしまう自分がいる。
でも不思議な事にこうして接してると凄くドキドキして満たされる。
しかし呼吸が苦しくなるほど胸が熱くもなるし、正直訳が分からない。
初めての感情に情緒不安定でお年頃なレミットであった。
「カレン様の裸体をたっぷりと観賞したのですし……
安い授業料だったと思えば良いのではないでしょうか?」
そんなレミットをおっとり微笑ましく見守りながら応じるのはアイレス。
カレンの食事の準備も終えた為、今は洗濯物の乾き具合を確かめながら取り込み中だ。
「まあ確かに……(うんうん)
って、何を言ってるんですかアイレスさん!
違うぞ、カレン。
俺は決してやましい気持ちは……」
「あら?
まったくないんですの?」
「そりゃまあ――
ない、とは……
完全に断言は出来ないけど……」
「む~~~!(怒)」
「あっ、こら。
ポカポカするなレミット!
動く度にスカートが少し捲れてきてるから危険がデンジャラスだろ。
っていうか!
さっきのは事故だったろ、どうみても」
「良いのです、ユーマ殿。
そんな無理にフォローをしなくとも。
所詮私は哀しい脱ぎ要員。
何かある度に痴態を晒すのが役目……
うう~(涙)」
必死に弁解する悠馬に何やらメタ的な返答をしながらパスタを頬張るカレン。
ここ一週間で汚れ無き初心な自分はすでに消えてきた。
もはや彼女に残されたのはいかに瞬間の美(お約束)を晒すかという事だけ。
それが自分の役割というかロールなのかと自虐的に悟る。
鬱々とした感情の行く先は妄想と食欲に向けられていた。
「まあ何はともあれさ。
こうして宿にいても仕方ないし……
落ち着いたら明日は街を見て回らないか?
風は酷いけど雨は大分収まってきたみたいだし。
レミットが聞いてきてくれた、その沼地の悪霊とやらについても詳しい情報も集めたいしな」
「む~?
何だか上手く誤魔化されてる気がする~」
「そ、そんな事はナイヨ」
「何で語尾がカタカナなの?」
「嘘が下手な方ですね、ユーマ様は」
「私にはヒロインとしての人権なんてないんだ……
こうなったら食いしんぼキャラとして確立するしかないんだ。
うう~(涙)」
三者三様。
騒がしく混沌とした夜は、こうして更けていくのだった。
深夜――
「準備はいいか」
「おう」
黒づくめの服装に覆面。
いかにも暗殺者といった体裁の男達が、悠馬達が宿泊している先駆けの仔馬亭近くの路地裏に集っていた。
その手に握られているのは毒が塗られたナイフだ。
直接的で正統な戦闘力はないが、夜闇に乗じる術を男達は持っていた。
今回獲物の生死は問わないという達しがきた。
よって毒は即効性のあるものを選んだ。
あとは僅かでも傷をつければ標的を殺す事が出来る。
「部屋は三階のスイートルームで間違いないな?」
「ああ」
「例の召喚術師は?」
「この時間なら寝てる筈だ。
護衛の女騎士も隣室にいるが、駆け付けるまで時間が掛かる」
「ならば頃合いだな」
じゃあ行くぞ――
そう言い掛けた男達の動きが止まる。
気付いたのだ。
いつの間にか、身動き出来ないほど束縛されている自分達に。
「な、何だこれは……」
「動けな……」
「皆様、今は丑三つ時でございます。
深夜に騒ぐのは――少々賛同しかねますわ。
わたくしが仕える方の安眠を妨げないでいただけます?」
「お前は……」
驚愕する男達の前に物陰から現れたのは、メイド服を着込んだ黒髪の女性。
アイレスだった。
いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、楚々たる佇まいは崩さない。
それがこの場にはあまりにも場違いで……
童女のように愛らしい笑みなのに、男達は言い様の無い恐怖を感じた。
「いったい貴様は何者……」
「マリエル家に仕えるメイドですわ。
今は、ね」
「我々にこんな真似をして、ただですむと――」
「あらあら、うふふ。
面白い事をおっしゃいますのね」
「?」
「死人が……
いったい何をされるとおっしゃいますの?」
「がっ!?」
胸部を押さえ倒れ伏す男達。
瞬時に心臓へ繋がる重要な血管を縛り上げられ、心筋梗塞に陥ったのだ。
指で胸を掻き毟り何が起きたのかを把握しようとする。
その動きに鋭い痛みが伴う。
よく目を凝らせば斬線と共に血の跡が宙を奔っていた。
ここにいたって初めて男達は気付いた。
自分達を束縛してるのが目に視えないほど細く丈夫な鋼糸である事に。
その鋼糸が自分達の体内にどうしようもないほど潜り込んでいる事に。
さらにその鋼糸が、目の前に立つメイドの手元に集約されている事に。
苦しむ自分達を無慈悲に見下ろすメイド。
そこには命を奪う事に対する何の感慨も見い出せない。
ただ結果を見定める研究者の様な冷淡さがあった。
その眼を見ながら男達はとある伝説を思い出す。
遥か東方の地。
退魔を生業とする暗殺者の一族。
その中に、魔導処理をした鋼糸を扱う者達がいるという事を。
何があっても、そいつらには敵対してはならない。
関係者間では真しやかに囁かれる御伽話だったが、男達は一笑に伏してきた。
そんなものはただのまやかしである、と。
だが噂は本当だったようだ。
耐え難い苦痛から酸欠の様に喘ぎながら、男達は激しい後悔と共に絶命した。
「こちらは終わりましたわ、ユーマ様」
静かになった路地裏でアイレスは一人呟く。
まるで自分に言い聞かせる様に。
「ただ……あまりわたくしに手間を掛けさせないでほしいものですわ。
暗殺者が動くのは夜が基本。
ちゃんと護衛用にガーダーを召喚しなくてはなりませんでしょ?
まあ……今まではわたくしが対処してきたのですけど。
明日からは進言した方が良いかもしれませんわね。
レミット様を陰から護るのがわたくしの務め。
とはいえ、人を殺めるのは気持ちが良いものではありませんもの。
昔を思い出して歯止めが効かなくなると……
ちょっと困りますの。
ええ、とても。うふふ」
おかしそうに口元を押さえるアイレス。
その可憐な唇には少し歪んだ半月が浮かんでいた。
少し早いですけど、アイレスの闇部分。
ホントは怖いアイレスさんでした。
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